羽風先輩に日記を教えた。パスワードは教えてね〜……けど、どうだ?見つけたか?俺様のいちばん好きなもんの名前がパスワードだって、ちゃんと気付けたかよう?
お〜い、わんこ。わんこや。何をそんな隅っこでくさくさしておるのじゃ。おいでおいでおいでっ♪我輩がボール遊びをしてやろう♪……はて、『AⅡE』によって生み出された偽物わんこは大喜びで拾いにいったというのに……あれは潜在的なものではなかったのかのう?あの子は晃牙の脳内をインプットされていたというよりは、確実に『犬』の血をひいておったけれども……おぬしもおぬしで『わんこ』じゃし、似たようなものかと……あ痛っ!無言で脛を蹴るのはやめておくれっ?そこ蹴られるとめちゃくちゃ痛いから!「犬じゃなくて狼だっ!」って、怒るとこそこかえ……っ?
揶揄うのはこのくらいにして、昨夜からどうにも様子がおかしいのう。わんこ……いや、すまぬ。今のおぬし、垂れ下がった耳と尻尾が見えるのじゃもの。飼い主はどうした?迷子かえ?……怒らんでおくれ、これはもう性分じゃ。かわゆい後輩を構いたくて仕方ない先輩の気持ちを汲んでここは抑えておくれ。
晃牙。うっかり涙が零れる程に、薫くんのことを愛してしまったのじゃな。心地好いと同時に不安じゃろう、我輩も身に覚えがあるからのう。人ひとりを愛することは存外難しい。我輩らのような『魔物』は特に、愛し方が人のそれとは違うが故に愛する者を傷付けて、傷付いて、暗く深い感情に飲まれやすいから。けれどそんな闇を払うように手を掴んで引っ張りあげてくれるのがおぬしの大好きな『羽風先輩』なのじゃろう。なにも心配は要らぬよ。いつだって光で照らしてくれる。怖がることはない、ふたりで築くのじゃよ、幸せな未来を。
「幸せすぎて涙が止まんね〜」って言ってた昨夜。
「体調悪いって言ったきり連絡来ね〜と思ったら帰って来ていっぱい喋り掛けてくるから安心しちまって泣きそう、あいつが風呂入ったら一旦水分出す」とか言っておる今。くくく、これぞ恋愛の醍醐味。偶には涙を流すことも大事じゃぞい♪おぬしは特に、のう。晃牙。今『しあわせ』じゃろ?幸せの涙なら存分に流すが良い……♪
「可愛い」って言葉を賞賛の言葉だと思うのは難しい。俺様は世界一カッケ〜ロックな男になろうと常日頃から意識してんだよ。可愛いとは程遠い生活を送ってるはずなのに「可愛い、可愛い」って連呼しやがって……!!ただでさえファンの奴らにも「UNDEADの中で一人だけ背が小さくて可愛い♪」とか言われて馬鹿にされてるみて〜でむしゃくしゃしてるっつ〜のに……。いや、分かってんだよ、愛されてるって事なんだろ?羽風先輩はいいじゃね〜か、愛嬌あって可愛いって言われんのも分かる。でも俺様に「可愛い」は似合わね〜だろうが!っつ〜か背のことは言うんじゃね〜!俺様が小さいわけじゃなくて周りがデカすぎんだよ。クソ!少しは縮みやがれよ、俺様に合わせやがれ!俺様だって毎日牛乳飲んでるんだっつ〜の、努力してんだよ!人の努力を「可愛い」で済ませるんじゃね〜よ!ぐぁるるるる!!
……話が逸れたけど問題はあいつ、羽風先輩のことだよ。「可愛い」が口癖になってやがんの。そのうち俺様が歩くだけで「可愛い〜♪」とか言ってきそうだ。いや、分かってんよ、最初は後輩への「可愛い」だったのがいつしか恋人への「可愛い」に変化してることに気付いてんだ。でもどうにも素直に受け取れなくてよう。プライドが邪魔しちまうんだろうな……だって俺様はカッケ〜だろ?可愛いなんて言われたって喜べね〜よ。可愛いって何だ?どういう意味なんだよ?その「可愛い」には何が含まれてるんだよ?
なんてうんうん唸ってたら、俺様は俺様で羽風先輩に「可愛い」って言ってることに気付いた。自分だって言ってんじゃね〜か。こういう時自分に置き換えてみると今まで悩んでた問題があっさり解決しちまうんだよな……。好きで、愛しくて、堪んなくなって、つい口から出ちまうんだ。好きすぎて可愛く見えちまうんだ。抱き締めたくなる、キスしたくなる、それと同じ衝動みて〜なもんなんだろ。なら許してやる……、……とはならね〜よ!世界一カッケ〜って思わせてやるんだからな!可愛いなんて言われね〜男になってやる。
そんで世界一カッケ〜俺様が、テメ〜のことめいっぱい可愛がってやんよ!
軟弱な自分を晒すみて〜で言いたかね〜が、俺様はずっと寂しかったんだ。ほんとうに誇り高き孤高の一匹狼で居られたらどんなに良かったか。大好きな朔間先輩に置いていかれて、棺桶の中に引き篭っちまった吸血鬼ヤロ〜に「早く生き返ってくれよ」って叫び続けて、どうして俺様はひとりぼっちなんだ?どうして誰も一緒に歌おうとしてくれね〜んだって、野生じゃ生きてけね〜ような、飼い主に「待て」を食らった飼い犬の如く、待って、待って、待って……それでも俺様は叫んでた。ロックは、孤独も、不安も打ち消してくれっから、大音量でギターを掻き鳴らして、情けね〜鳴き声をかき消して、吠えて回って手を差し伸べる奴には牙を向けて、「俺様は孤高の一匹狼だ!誰にも俺様を扱えね〜!もう置いていかれんのは懲り懲りだ!友情ごっこも恋愛もクソ喰らえ!俺様はひとりがいいんだ!」そうやってステージの上で暴れ回ってたんだ。
でもよ、あんたが俺様の寂しさを理解して、「もう寂しくないよ」って毎日、毎日抱き締めるから俺様は、頑なだった俺様の心は……あんたに解されて……もう一度歩み寄ってもいいかもって思ったんだよ。いつもなら野生の勘で判断すんだけどこればっかは勘じゃどうにもなんね〜からな、あんたが毎日与えてくれる愛情ってもんを受け取って、段々と、少しずつ、互いに歩み寄って、「こいつなら平気だ」って思えるようになった。なぁ、あんたもそうだろ?
人間ってもんは悲しきかな心変わりをする生き物だ。そうじゃね〜やつもいるだろうが俺様はそういう奴しか知らね〜。過去の俺様もそうだったかもしれね〜し、過去に出会った奴もそうだったからな。って言うとテメ〜のことも不安にさせちまうかもしんね〜けど、今の俺様は違う。っつ〜か、そういうのって結局相性なんだよ。需要と供給の釣り合いっつ〜のか?俺様が欲しいだけの「想い」を相手がどれだけ与えてくれるか、逆も然りだ。多くても少なくてもダメで、だからこそ需要と供給の釣り合う奴を選ぶ。ちょうど良かったのがあんたで、俺様なんだろ。んでもって、人はこいつを『運命』って呼ぶ……とか、恥ずかしいこと言ってる自覚はあるけど、俺様はそう思ってんよ。
羽風先輩。抱き締めてくれてありがとな。寂しがってた過去の俺のことも、今の俺様のことも、あんたは抱き締めてくれたんだ。俺様も同じだけ、いや、それ以上にあんたに与えたい。……抱き締めさせてくれよな、これからも、ずっと。(俺様を置いてった朔間先輩のことは許してね〜けど、今『UNDEAD』として四人でいられる今が俺様は好きだからな。結果オーライで辛い過去は忘れてやんよ。)
満月の夜は血が滾る。そういや月は魔力が宿るとかなんとか朔間先輩が言ってたっけ?魔力がどうとかは分かんね〜けど、大安?みて〜なことだろ。何やっても上手くいく!そんな今日、何気ないことだけどよう、羽風先輩と「月が綺麗だ」って一緒に空を見上げたんだ。ふたりで笑いあってさ、この時間がずっと続けばいいと思った……陳腐な言い回しだけど、俺様は本気でそう思ったんだ。これを幸せって呼ぶんだろ?
月が綺麗だ、なんてことを伝え合える距離が何より心地好い。