「お前なんかもう知らんわ」と電話口で怒鳴られたのは数日前。口論の原因など覚えてもないが、遠征中のあいつが寂しさを拗らせるのはいつものことで、俺がそれに無配慮なのもいつものことや。つまり仲直りの手順もいつも通りで、形ばかりの怒ってますアピールをしながら帰ってきた片割れに「お帰り、お疲れさん」と笑顔を向け、作りたての飯を食わせてやればええ。仕上げにデパ地下で買うてきた1つ1233円の高級プリンを出せばもう完璧や。まあ、このプリンは俺が食うんやけども。

12月。誰も彼もが忙しなく駆けずり回る12月。店を訪れる客も、気のせいか疲れた顔をしとる人が多い。
先日は、カウンターに座ったスーツの客が何やら深刻な顔でスマホを操作したかと思えば盛大な溜息を吐いて頭を抱えたもんやから、つい「大丈夫ですか」と声をかけてしまった。その人が言うには、娘さんへのクリスマスプレゼントで困っとると。つまりアレやな、サンタミッションや。何でも、娘さんがサンタさんにおねだりしとるのは、とあるアイドルととある大衆的人気キャラクターがコラボしたぬいぐるみらしい。……そういうジャンルにさっぱり疎い俺でも分かる。そんなん無理や。案の定、店頭もネットも瞬殺で狩り尽くされた代物らしく、毎日フリマアプリを覗いてみても出品などないと。困り果てる気持ちも分かる、サンタパパも大変やなぁ。「あんな得体の知れない男どものどこがええんや」て半ギレしとったのは笑ったけども。
帰り際のお会計の時に「店長はいつまでサンタを信じとったんですか」と聞かれたから「今でも信じてますよ」と答えたら、えらい動揺した顔をされてしもた。慌てて「ほら、信じる者は救われる的な？」て取り繕ったけど、フォローになってへんかったなコレ。まあ、小さい子とは違う意味での『信じる』やから、あのパパさんには悪いことをしたかもしれへん。でも俺ほんまに信じとるしなあ。

サンタさんへ。今年のクリスマスは、非課税の現金8000億円と、いくら食ってももたれない胃と、いくら飲んでも壊れない肝臓と、永遠に虫歯にならない歯と、永遠にハゲない頭皮と、それから俺のことを愛してやまない恋人を、ください。きっと俺のサンタさんは「最後以外は自分でどうにかせえブタ！！」とかぷりぷり喚きながら、一番欲しいプレゼントをくれるはずや。

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自己肯定感。この辛く厳しい社会を生き抜くにあたって、最も必要なもの。書店に行けば『自分を肯定するための10のメソッド』といった本が山積みにされとるし、SNSを開けば恋人に尊厳を踏み躙られたインフルエンサーの悲痛な叫びが流れてくる。この世が生きにくくてしゃあない人、きっと大勢おるんやろな。その点俺はほんまに恵まれとる。何でかって、そんなん、侑がおるからや。
侑は俺を大切に扱う。大切で、大事で、宝物なんやといわんばかりに。でっかい掌で優しく頭と背中を撫でられて寝かしつけられとる時、いわゆる『お姫様扱い』てのはこういうことなんやろかとぼんやり思ったりもする。190近い大男にお姫様もクソもなけりゃ、断じて侑も王子様なんて柄でもないが。バレーやってへんかったらただのドチンピラやぞあいつ。口が悪くて、考えるより先に手が出る俺達はしょっちゅう衝突する。時には顔面だって容赦なく殴る。それでも、お互いの否定だけは絶対せえへん。だって俺は「真夜中に豚骨ラーメンなんざ食うなや、共食いやぞこのクソデブ豚」てぎゃんぎゃん罵倒しとる時の本音が「いっぱい食べる治かわええなぁ」なの、知っとるし。前に「靴下に穴開いとんの気付かんくて今日一日親指コンニチハ状態で働いてしもたけど、まあ俺生きとるだけでかわええからOKやろ」て言ったら「何でそんな頭ハッピーなん？怖いわ」てドン引きされたけど、誰のせいやと思っとるんや。言葉で、視線で、仕草で、かわええて伝えまくっとるお前のせいやろが。
この世に生を受けて二十数年。ずっと隣におる男が散々甘やかしてくれるモンやから、俺はすっかり頭ハッピーの自己肯定感エベレスト男になってしもた。更にここ数年は本来異性に向けるはずの愛まで加わったからいよいよ怖いものなんて何もあらへん。育ててくれた両親のことを思うと心が痛むけども、もう俺は一生ハッピー近親クソホモ野郎なんやろな。
侑。かわええ俺のかわええ侑。ドチンピラの王子様。6年ありがとう。これから先もずっと、お前も一生ハッピー近親クソホモ野郎でおってくれ。くたばる時まで愛してる。

皮膚は1ヶ月、血は4ヶ月、脳は1年、骨は4年。これ、何の数字やと思う？正解は細胞の入れ替わる期間。ちなみに胃の粘膜は3日で生まれ変わるらしい。食べ放題で張り切りすぎて胃が死んでも3日空ければまた行けるっちゅうことや。で、俺と侑は双子やからDNAは一緒。でも確かに別の人間で、それが心地良いけど腹立たしい時もある。侑は小さい頃から俺らを同一視しとったから、後者の時の方が多いんやないかな。俺がバレー辞めるって打ち明けた時の癇癪、凄まじかったし。もしあのブチ切れで発電できたら、日本のワンシーズンの総電力賄えたんやないやろか。つまり侑は、心の底では俺らの道が分かれたことをきっと納得してへんねん。それを申し訳ないとかはこれっぽっちも思てへんけど、たとえば、十の指先がボールに触れて、離れて、その軌道の先が俺ではない誰かの掌やった時。俺ではない誰かの呼ぶ声に、全身と全霊で応じる時。あいつは俺のものなのにな、と思う。ただ、俺はあのコートにはおらへんから。自分だけのフィールドで戦うしかないから。──よって俺は、4年かけて侑を作り変えようと、決めた。
察しの悪い侑クンでも流石にもう分かったやろ。お前が毎回うまいうまい言うてアホ面晒して食うとった飯。俺がどんなに疲れててもせっせと健気に作り続けた飯。あれらはお前の皮となり血となり脳となり骨となり、今やお前の全ては俺によって作られとるんや。どや、嬉しいやろ？口ではキショがっても心の中で喜んどんの、バレバレやで。そういや今日は俺らの誕生日やけど、クッキー焼いたるわ！てなぜか突然張り切って材料買っとったな。ド素人の手作りなんかどうせ上手く行かへんのやろけど、どんなに不恰好でも、固くても、焦げとっても、全部食うたるから。胃は3日で復活するし。
せやから、なぁ、侑。俺も4年後、全部お前の作ったもので生まれ変わりたい。俺達は別の人間で、でも確かに『おんなじもの』なんや。誕生日のたびにそれを実感したいねん。俺のお願いならお前は聞いてくれるやろ？ハッピーバースデー。