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380.戦隊学園 ~虹光戦隊コボレンジャー~
 ┗25-32

25 :げらっち
2024/05/04(土) 14:35:24

第3話 白日夢


 私と楓はバスに乗って、寮のある北部から校舎などのある中央部に向かっていた。
 どうやらこのバスも含め、学園の乗り物は電気で動いているらしく、排気ガスの悪臭は一切無い。この時代化石燃料はほぼ底をついているので当然だが、これほどの電力をどこから供給しているのか、ちょっと疑問に思う。

 すると隣の座席で新聞を読んでいた楓が言った。
「七海ちゃん、見てコレ!!」
 楓が読んでいるのは報道戦隊シンブンジャーが発行している《週刊☆戦隊学園》。昨日寮の自室に勧誘が来て、愚かな楓は定期購読を申し込んでしまい、月500円、私も割り勘で250円を払う羽目になってしまった。くだらないイエロージャーナリズムに1円も払いたくないのだけれど。
 この新聞は毎週月曜に発行されるらしく、昨日貰った分を読んでいるのだ。
「今年度の各クラスの担任が載ってるみたいだよ!!」
 興味ある内容なので、楓と2人、紙面を覗き込んだ。


 ○????クラス
 ○格闘クラス 代田大五郎(だいだだいごろう) 45歳
 ○化学クラス 青竹了(あおたけりょう) 41歳
 ○武芸クラス 緑谷筋二郎 39歳
 ○機械クラス 黄瀬快三(きせかいぞう) 38歳
 ○生物クラス 桃山(ももやま)あかり 36歳
 ○魔法クラス 赤坂いつみ
 ○忍術クラス 和歌崎女(わかさきくのいち)
 ○スペシャルクラス 水掛葵子(みずかけあおいこ) 29歳


「???クラスって何だろ~」
 それよりも私はいつみ先生の年齢が気になった。書いていないという事は不詳なのか。少年の様な溌剌さがあるあの方は一体何歳なのか……?
 そしてこの表にブラックアローンと思わしき名前は無かった。ダイゴロウが彼という可能性も捨てきれないが、あんな邪悪なイロの持ち主がこんなふざけた名前とは思えないため恐らく違うだろう。

 私もこのクラスのうちのどれかに所属することになるのか。入りたいクラスはあるが、将来に関わる重要事であるためもう少し考えてから結論を出そう。
 戦隊学園の授業はクラスごとの「専門科目」と、全員が受ける「必修科目」に分けられる。クラスが決まっていないうちは必修科目だけを受ける。「戦隊の歴史」「戦隊体術基礎」「名乗りの作法」などなどだ。

 楓は紙面の脇にある4コマ漫画を読み耽っていた。


 バスが中央校舎(セントラル)前に到着。多数の生徒と共に私と楓も降車。
 この校舎は学園の中で最も大きい建物であり、コの字型になっており建物に囲まれた所は庭園になっている。9階建てと高く、真ん中だけ10階建てになっており、その部分には学園の校章が描かれている。

 校舎に吸い込まれて行く生徒たち。キャッキャウフフと楽しそう。
 男子同士は余り無いが、女子同士、もしくは男女で手をつないだりなんかしちゃっている。何が楽しいんだか。
 その刹那、何か熱い物を手に感じ、急いで振り払った。隣を見ると、楓が顔を引きつらせていた。この女は私の手を握ろうとしたらしい。私が殺意をみなぎらせると、楓は命乞いした。
「ご、ごめんって! そんなに嫌がられると思わなかったから……」
「許可も無く人の体に触れるってどういう神経?」
「許可取ればいいってこと?」

 そうは言ってない。

 私は人に触れられるのが大嫌いだ。私は手を握り締める。冷たい。心もおんなじで、氷のように冷たい。

「行こう、遅刻する」

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26 :げらっち
2024/05/04(土) 14:39:12

 私たちは校舎に入り、ロッカーで上履きに履き替える。
「戦隊の歴史のクラスは2階だね」
「戦隊の歴史? あれぇ?」
 青いネクタイを締めている楓は、自身のブレザーのポケットを探し、Gフォンを見つけると、スケジュールを確認した。
「あ! あたしは1時間目、名乗りの作法の授業になってるよ! なして!?」

 ……それは恐らく、1年生は1001人も居るため、一斉に同じ授業を受けられないので、何個かのグループに分けて別の科目を受けさせているのだろう。
 私と楓は別グループに振り分けられてしまったみたいだ。

「えー、七海ちゃんと別の授業!? さみしっ!」
 楓は縋るような目を向けてきた。
「しっかりしてよ楓」
「う、うん……じゃあまた後でね!」
 楓は手を振って、自分の教室の方に向かって行った。

 1人きりになった瞬間、心に木枯らしが吹いた。

 マズい、どうしよう。

 楓はあの性格だ。なんだかんだ言って、すぐに友達を作り、集団に溶け込めるだろう。
 他方、私はツンケンしてしまっているが、これは人との距離を縮めるのが苦手なだけで、内心楓に依存していた。1人友達ができればもう怖くないと思っていた。だが、孤独に出戻りだ。余計に寂しく感じてしまう。
「しっかりする!」
 私は両手で自分の両頬を叩き、気合いを入れた。
 気丈にしていれば大丈夫だ。上手く行けば新たな仲間を見つけられるかもしれない。
「じゃあ行くよ楓」
 あ、居ないんだった……


 教室に到着すると、黒板に座席表が貼られていた。自由席では無く指定席になっており、ランダムに席順が決められているようだった。
 私の席は教室の一番後ろだった。そこに向かおうとした瞬間、吐き気がした。

 偉そうに足を組んで座り、ニヤついて私を見ているのは、天堂茂。その隣が私の席だった。

 ああやだやだ。だが避けるのも面倒なので、黙って自席に行き、座ると、バッグから教科書や筆箱を出した。
 教室の生徒たちは私の姿をチラ見しては「入学式の時の白い子だ……」とか「あの子白い……」とか「こわ……」とか「病気?」とかひそひそ囁いていた。小声の配慮をどうもありがとう。余計によく聞こえる。病気ではないこれは障害。耳に瞼があればぎゅっと閉じたいが、そんな便利な物は無いし、フィルタリングも無いため、全部筒抜けになって、私の心を曇らせた。

 まあいい。いつものことだ。
 授業に集中すればいいだけのことだ……

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27 :げらっち
2024/05/04(土) 14:39:33

 戦隊学園の授業は、変身したり、敵と戦ったりと、そのような「楽しい」科目だけではない。

 忍耐も必要だ。

 眠気との戦いだ。

 1時限目であれば尚更だ。


「戦隊の祖とも呼ばれる戦闘部隊ゴリンジャーの結成は、1990年4月5日。ですからぁ、54年前となります。当時、アカリンジャーこと落合輪蔵は、15歳の若さでした。今の皆さんよりも若いっちゅうわけです。ゴリンジャーは正義のヒーローとして一躍有名になりました。翌1991年には、天堂任三郎(てんどうにんざぶろう)が誕生します。彼はゴリンジャーの影響を色濃く受け、22歳に、つまり大学を出ているわけですが、日の丸戦隊ニッポンジャーの隊長、ニッポンレッドとなります。これはっちゅうと、2013年のお話ですね。皆さんの産まれる前です。ニッポンジャーは護国戦隊として有名になりましたが、その発端は2020年5月13日、星十字軍を倒した採石場の戦いです。これは重要なのでテストに出ます。この戦いを機に天堂任三郎は大きな力を持つようになり、戦隊連合の議長になり、翌年に開校した戦隊学園の理事長にもなりまして……ゴホッ、ゴホッ、ゲホ! ゲホ! 堪忍して下さい、唾で誤嚥しました。ごえんなさい。私ももう歳でしてねぇ……私が産まれたのは、1963年です。これは、テストには出ません」


 座学って大嫌い。お尻がかゆいぜ。

 若かりし頃はとある戦隊の司令官として腕を鳴らしたらしい村田とかいう老教師の、おっそろしくつまらない授業を聞きながら、クラスメイトたちは黙々とノートを取っている。
 1963年生まれという事は81か。四捨五入すると死ぬ年だ。シルバー人材雇用の対象にでもなったのだろうか。老害はさっさと引退するがいい。
 聞く価値の無さそうな授業であるが、せっかく虹を見られる希望が湧いたのに、テストで赤点を取って退学などになったら元も子も無い。一応勉強はしておかなければ。私はうつらうつらとしながらも、何とか目を開けようとしたが、瞼がひとりでに閉じてしまう。

 集中だ!!

 目を見開いて黒板を見るが、教室の一番後ろの席ということもあり、よく見えない。
 窓からチラチラと射し込む陽光が私の視線をディフェンスをする。せめてカーテンを閉めてほしい。
「先生!」
 私は挙手した。
 しかし耳の遠い老教師は、黒板を向いたまま答えない。
 私は立ち上がって叫んだ。

「先生!! あの!!!」

「えぇ~……」
 やっと気が付いた。しわだらけ染みだらけの老体は、老眼鏡を掛けたり外したりしながら名簿と私の顔を3回ほど交互に見た後。
「アズキさん」

「アズサワです。私目が悪いので、一番前の席に替えてもらえないでしょうか?」

 アルビノは目が悪い。
 それをあの老人ときたら、呪文のような講義をしながら、豆粒ほどの文字を黒板にびっしりと書くのだ。

「そりゃぁね~、生徒が1人なら、いいんですよ」
 白痴のジジイはゆっくり喋って私をイラつかせた。

「目が悪い子は他にも居るんですよ。みなさん前の席には行きたいわけですし、1人だけヒイキするなんてことは、私の教師としての、ぷらいどってもんが許さないわけです。それに最近の子は、てれびの見過ぎなんですよ。それで、目が悪くなるっちゅうもんです。アズキ・サワナミさん」

 まさかぎなた読みの対象にされようとは。
「アズサワ・ナナミです」
 話にならない。
 私は諦めの意思表示に着席した。
 と同時に、隣の席から声を掛けられる。

「大丈夫か? ノートを見せてやろうか?」

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28 :げらっち
2024/05/04(土) 14:59:08

 天堂茂は、自分が主役であると主張するかのように、真っ赤なネクタイを締めていた。

 学園の生徒のネクタイは、それぞれのカラーに準じて配布される。つまりネクタイを見れば、その生徒が何色の戦士に成るか、一目でわかるという訳だ。日曜日、1年生全員にネクタイが配布され、私には白いネクタイが渡された。でも私は、それを一度も付けていなかった。
 私は見た目の時点で白いのに、わざわざ自分は白ですと表明するのは無駄だし馬鹿らしい。
 そもそも、ネクタイって大嫌い。自分を社会に同化させる、媚び売りの象徴だ。第一息苦しい。ただでさえ息苦しい世なのに、私はそんな物結ばない。

 私は前を向いたまま、言葉だけを奴に投げる。

「あなたがそんな親切をしようと思ったのはどういう動機?」
「来月2日、最初のテストが行われる。そこで赤点を取ればすぐにでも退学だ。お前とお別れするのは寂しいからな小豆沢。ああ、涙が出そうだ」
 天堂茂がわざとらしく泣くジェスチャーをしているのが、視野の隅に見えている。視界の真ん中に置くのさえ汚らしい光景だ。
 そりゃあ、見下す相手が居なくなれば寂しかろう。
「戦隊の学校ならペーパーテストだけが実力ではないんでしょ? こんな授業聞いても無駄だし」
「テキストを軽んじるな小豆沢。僕の父上の功績も語られているのだぞ。教養の薄さがお前の色の薄さにつながったのではないか? 将来頭髪も薄くなってしまうかも知れないな! かつらを進呈して差し上げようか!!」

 嫌味には嫌味で返してやろう。御中の字を付けてね。

「怪人が現れた時、一目散に逃げたのは誰だったっけ?」

「っっ!!」

 奴の顔色がみるみるうちに赤く染まるのが視界の端に見えた。赤を気取るあんたにはお似合いだ。

「口を慎め!!」

 天堂茂は立ち上がり、私の机から、水色の筆箱を払い落とした。
 シャープペンの芯や消しゴムがばらばらと散らばる。振り向いて笑う男子生徒、ひそひそ話をする女子生徒。老教師は見向きもしない。
 物にあたるのは初歩的ないじめだ。100はやられたので効かない。私は黙ってしゃがみ込み、それらをかき集める。

「僕を誰だと思っている? 日の丸戦隊ニッポンジャー・天堂任三郎の長子、天堂茂だ!! 将来は父を継ぎニッポンジャーの隊長となる。戦隊連合の議長になる。日本のトップの赤となる!! そんな僕に対し、冒涜も良い所だ! 見せてやる!!」

 奴は授業中であるに関わらず、戦隊証を掲げ、「ブレイクアップ!」と変身の呪文を唱えた。
 奴の赤が増幅したので、私はついそれを直視してしまった。赤い衣装が奴を包み、戦隊の主役と言える、赤い戦士が生まれた。奴は天を指さして名乗った。

「真っ赤な戦士、エリートワン!!!」

 うらやましくなんかない。

 ……いや、うらやましい。

 奴は両腕を広げ、私に自慢の姿を見せつけた。ゴーグルの下は裸眼、眼鏡はいつの間にやら外されている。
「見ろよレッドだ。選ばれし者だけがこのカラーを手にするんだ。それだけじゃない、特別に教えてやろう。僕は選ばれし生徒だけが入ることのできる、《エリートクラス》に入ることが決まっている!!」

 新聞の????クラスとは、そのことだったのか。

「……いくら赤でも偉くても、そんなに性格悪きゃ、仲間できないんじゃない?」

 天堂茂は「聞いたか今の!!」と大袈裟に言った。教室中から嘲笑が湧き起こる。
「僕は学年一のエリートだ。誰もが僕とユニットを組みたがる。まあ僕は選び抜かれた相手としか組まないがな。お前の方こそ、誰1人として組みたがらないのではないか?」

 チクリ。心が揺れる。確かに、7人のメンバーを集められるという確証は無い。未来は不安の不透明。でも現在、
「私には友達が居る」
 楓の笑顔を思い浮かべる。

「友達だと? どうだかな。そいつも裏ではお前のことを、気持ちの悪い白い奴と言ってるんじゃないのかな?」

 バンッッ!!

 私は握り拳で机を叩き、その反動で勢い良く立ち上がり、天堂茂の赤いスーツに掴み掛かった。
「そんなはずはない!! 楓の悪口を言うな!!」
 天堂茂はゴーグルの下で驚いた目をしていたが、次の瞬間には元の、私を見下す卑しい目に戻り、私の手を振り払った。

「何だ? いきなり手が出るとは頭がおかしいのか? それ程ムキになるという事は、図星だったのだな?」

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29 :げらっち
2024/05/04(土) 15:02:20

 く、くやしい。衝動的な怒りを抑えられなかった。これでは奴の思う壺だ。いじめに屈したも同じだ。
 奴の言う通りだ。楓が裏で私のことを嫌っていないという確証はどこにも無い。むしろ、赤の他人の私とすんなり友達になってくれたことを怪しく思うべきだった。疑心暗鬼の蔓はどんどん蔓延って私の心にきつく巻き付く。バク、バク、心臓は血液を全身に循環させるポンプの役割を果たしている。

 心の隙を見抜かれた。赤い戦士は私のみぞおちに、鋭い前蹴りを喰らわした。一瞬呼吸が止まり、背中から机に突っ込んでなぎ倒した。ブザマに後ろに転げ、頭を打つ。
 教室中からヒューヒューと歓声が上がった。老教師に関しては、未だに学級崩壊に気付かず、黒板に向かってブツブツ話しながらハムラビ法典を綴っている。

 天堂茂は宣言した。
「教室の全員が証人だ。小豆沢七海が先に手を出し、僕は正義の名の元に、悪を退治した」

 そこら辺の席の男子生徒が私を蹴って「何倒れてんだよ!」と言った。女子生徒が「キモチワル!」と言った。テンプレ通りのいじめだ。
 アドレナリンにより痛みは感じない。それよりも、悔しい。
 赤い戦士は人差し指と中指を立て、くいくいと曲げ、挑発した。

「どうした? 変身しろよ、小豆沢七海。それとも負けを認めるのか?」

 負けてたまるか。
 私は起き上がり、唇からつたう血を拭くと、戦隊証に、声を吹き込んだ。

「ブレイクアップ!!」

 私は白い戦士に変身した。

 すると、教室中の生徒が笑い転げた。

「見ろよみんな!! あの真っ白な姿を!」
 天堂茂は膝をバンバン叩いて笑っている。それに合わせ生徒たちがどよめく。空き缶が飛んできて私の頭にぶつかった。これで先生が気付かないのが不可思議だ。

「じきに奴は校則違反か落第点で退学するから今のうちに見ておいた方がいいだろう。あれが世にも珍しい白の戦士だ。色の無いあの姿で変身と言えるのか!? あれこそがそう、失敗作と言うのだろうな!!」

 煽りがワンパターンだ。だがどうしても挑発に乗ってしまう私が居た。
 寝ている時のみならず、起きている時も、いつでも私の前に現れる白昼夢。白いからといじめられた日々のフラッシュバック。この心の傷が癒えることも無いし、閉じた心の扉が開くことも無い。
「あああ!!!!」
 私は無我夢中で掴み掛かるが。
「ファイアペンシル!」
「あつい!!」
 私は頭を庇い、もう一度尻餅を突いた。天堂茂は炎でできた赤鉛筆で、宙に✕を書いていた。体表を熱が駆け抜けたが、変身していたお陰で助かった。もし素の姿なら火傷を負っていただろう。
「見たか? これがレッドの戦い方だ」
 天堂茂は気取ってペン回しする。炎が尾を引く。教室中から持て囃す声。
 奴はいつみ先生のような、炎の術を使った。入学してまだ間もないのに。認めたくは無いが、悔しいが、エリートを自負するのも少しはうなずける。
 でも負けない。私は何度でも立ち上がる。
「しつこい奴め。お前は✕! 0点の赤点だ!!」
 天堂茂は赤ペンで✕を書きまくった。次々に爆発が起き、私は相次いで被弾した。火の粉が散り、教室から悲鳴が起こる。
「最後に僕のサインをくれてやろう。ニッポンジャーの隊長となった暁には価値が跳ね上がるだろう。有難く受け取れ!」
 天堂茂は炎でシゲル・テンドーと綴った。字が次々に私にぶつかってきた。
「うぎゃあ!!」
 変身しているとはいえ、バーナーで心臓を焦がされるような衝撃を受け大きく吹っ飛び、机を幾らかなぎ倒した。熱を振り払うべく転げ回った。
「あつい……あつい……」

 あれ?
 どうやって戦えばいいんだ……?

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30 :げらっち
2024/05/04(土) 15:10:24

 床に突っ伏す私に、天堂茂は詰め寄ってきた。

「言ったろう、テキストを軽んじるなと。カラーと属性の関係については教科書に載っていた。僕はきちんと予習しているんだ。どうだ? 僕が口だけでは無いことを理解したかな?」

 私はよろよろと立ち上がり、ゴーグルの下から、奴を睨(ね)め付ける。

「理解したかと聞いているんだよなぁ? 自分の非を認める潔さを持ったらどうだ!! 火球カースト!」

 私は熱を感じ、天井を見上げた。
 そこに太陽があった。光彩がはち切れそうになり咄嗟に目を瞑り手で覆い、屈んだ。室内に太陽があるわけが無い。太陽のレプリカ、火球である。それが私の体に、容赦なくのしかかった。
 ドンッ!!
「ぐうぅっ!!」
 まるで岩に押し潰されているかのような重力と、背中に受ける灼熱。背中の皮膚が全部剥がれてしまいそうだ。
「ぎゃああ!!!」
 重さに熱さに抗えず、私は両膝と手を突いて、土下座のような形になった。炎が割れて教室中に降り注ぎ、あちこちに燃え移る。逃げ惑っている生徒たちの姿が辛うじて見える。だが光熱に、目は霞んで潰れた。
 視界は無い、ただ熱くて苦しい中で、天堂茂の声だけが聞こえた。

「お前など簡単に潰せる。父上の力で、お前の死など簡単に揉み消せる。小豆沢七海、死にたくなければ非を認め、さっさと退学することだ」

 退学すれば、楽になれるかな。


 いやだ。


 痛くても辛くても、戦い続けるんだ。虹を見るんだ。こんな所で諦めてたまるか!!

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31 :げらっち
2024/05/04(土) 15:15:03

「ああああああああああ!!!!」

 私は床に突いていた両手を持ち上げ、拳を作ると、思い切り振り下ろした。教室が大きく揺れた。
 私の中の冷たい部分。周りと境界を作っていた氷の壁が、トラウマをぼかしていたアイススモークが、血管に貼り付いていた霜が、心を覆っていた雪の結晶が、床に流れ込み、空間を凍て付かせた。室温が下がり、あちこちで燃えていた炎が、ピキピキと凍り付いた。私を押し潰していた炎も消えた。
 天堂茂は「何だ!?」とうろたえた。
 そんな奴の背後に、天井から、つららが迫っていた。奴は鋭い氷の刃の接近に気付いていない。
「死ね!!」
 私は愚直な願いを吐いた。
 次の瞬間、つららが腕となって、天堂茂を鷲掴みにした。
「うぎゃああ!!」
 天堂茂はクレーンゲームの商品のように、天井から吊られる状態となった。氷の腕が奴を握り締め、侵食するように凍らせていく。
「やめろ小豆沢! 僕をこんな目に遭わせたら父上が!! 父上が黙っていないぞ!! お前もお前の家族も、全員一生牢獄行きだ!!!」
 残念ながら私に家族は居ない。
 ついには赤い戦士の顔面までもが氷に閉じ込められようとしている。そのまま氷像となり、死ねばいい。

 あなたは、私の、死ぬほどつらい記憶を呼び覚ましてくれた。だから、あなたも死んで、これで公平でしょう。


「はい、そこまで」


 落ち着いた声がした。あたたかみのある声だった。
「ゆきどけ」
 極寒の大地に春が来るように、教室に南風が吹いた。つららはどろっと溶け、天堂茂は床に落ちた。奴は変身が解けていた。そして、私も、冬季を過ぎた雪だるまのように、ほどけて、変身が、溶け落ちた。

「いつみ先生」

 Gレッド、いつみ先生が教室に入っていた。
 ……最悪の状況を見られてしまった。私は肩で荒く息をしながら、マスクに覆われた先生の顔色をうかがう。
 先生は、大の字に倒れたまま動かない天堂茂に近寄り、言葉を投げた。
「父親の権力だか知らないが、他生徒を脅すというなら、こちらも打つ手はある。以後気を付けるように」
 次に先生は、ゴーグルの下の赤い瞳を、私に向けた。
 咎めるような諫めるような見透かすような不思議な目。

「七海、何をした?」

「ごめんなさい」

 私は即座に謝り、震えながら、深く頭を下げた。
 感情的になって、喧嘩してしまった。教室は幾つもの机が焦げ、あちこち水浸しになり、滅茶苦茶だ。いじめられたと言っても誰も私の言葉など信じないだろうし、クラスに居た生徒たちは、口をそろえて、天堂茂が正しい、私が先に手を出したと証言するだろう。これでは、よくて停学、最悪、退学になるかもしれない。
 それよりも、いつみ先生に嫌われる、失望されると思うと、辛かった。悲しかった。

 でもいつみ先生は、怒るでもなく、一言、
「素晴らしい魔法だ」
 と言った。

 私は顔を上げた。いつみ先生はじっと私を見ていた。見つめられているのが恥ずかしくなったので、

「先生。保健室に行ってもよろしいでしょうか。頭痛くて」

 そう言って、教室を飛び出した。

 老教師は、一部始終に気付かずに、ずっと黒板に向かって、1人だけで授業をしていた。

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32 :げらっち
2024/05/04(土) 15:21:18

 私は氷の魔法を使った。
 原理などわからない。ただ感情の赴くままに、負けたくないという思いだけで、あのような大きな技を使った。それに対しいつみ先生は素晴らしいと言ったのだろうか。

「やほー!」

 廊下を歩いてると、楓と鉢合わせた。
 私は手を振って応えた。
「やほ。戦隊の歴史、抜けてきちゃった。退屈過ぎて、ダメダメだ」
 トラブル云々には触れないでおくことにした。
「そっちは?」
「名乗りのサッポウも最悪だぁー。必修科目ってクソつまんなくね。オナカイタイって言って抜けてきちゃった」

 私と楓はお互いの顔を見て、ニヤッと笑った。何だ似た者同士だ。

「もうこのままクラス見学行っちゃおーよ! 専門科目の方が、大事だよね!」
「同意の合意」
 私たちは反対の方向から来たわけだが、今度は、同じ方向に歩き出す。
 学校探検は、やはりワクワクする。アメリゴ・ヴェスプッチも未開の地を踏む時、こんな気持ちになったのだろうか。

 私たちは廊下を歩いて行く。

「ね、手つないでいい?」

 楓がそう言った。さっきは許可無く握って怒られたので、今度は律儀にも許可を申請してきた。この子にそんな学習能力があるとは。
 しかし私は、
「だめ」
 と断った。

「なんで……? 七海ちゃん、あたしのこと嫌い?」

 楓は歩を止め、私を見た。
 別にそういうわけではない。むしろ愚かな人類の中であなたは好きだ。でも私は、人に触れられること自体が苦手で嫌いだ。それに。

「私、氷属性らしい。唯一の友達を凍らせちゃ、困るから」

 楓はプッと笑った。
「なぁんだそんなことか! 全然大丈夫だよ!! 凍ったらお湯掛けて溶かして!」
 楓はぎゅっと、私の手を掴んだ。
「あ」
 その不意打ちに、ドキッとした。
 楓は両手で私の右手を掴んでいる。真っ白な私の手を、程良い肌色の楓の手が包んでいる。
 とっても温かい。逆に私の手が凄く冷たいという事だ。楓もそう思ったのか言った。
「たしかに、冷たいね」
 私の手は冷たい。心とおんなじで。

「でも、握ってれば、あったかくなるよ!」

 楓は柔らかく笑って、私の手を握って、ぎゅっと指を絡めた。
「ちょ、ちょっと」
「行こう行こう七海ちゃん!」
 楓の左手と私の右手が絡み合ったまま、私は楓につられて歩き出す。手のひらを通じ、彼女の熱が、ぬくもりが伝わってくる。
 意外と悪くない物だった。
 私の心の扉は、凍て付いて錆び付いて鍵だらけで、もう二度と開かないと思っていたけれど、でもちょっとだけ開いた。
 手は握っていればあったかくなる。

 心もおんなじか。

「じゃ、行こうか」

 私と楓は、手をつないで、歩き出した。


つづく

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