chapter 13.風化した 思い出したようにそれを辿ってみた。 自分が傷つくこともまた闇に堕ちていくことも承知で、沿線を上った。 目に入ったのは幸せそうな、幸せそうな…そうや、昼間の日差しが穏やかに降り注いでいて、ベビーカーを押す影が揺れる。 幸せを絵に描いた様な光景。聖母。マリア?美しくて鬱くしくて、見ただけで思わず涙が溢れそうになった。 「…白石くん?」 「…お久しぶりです。」 「どうしたの?あの人なら今は居ないよ。会いに来たの?」 「あ、ちゃいます。えっと…特に用事なくて。その、」 「断罪のつもり?」 「…いや、それもちゃいます。俺はただ自分自身をどうにかしたくて。」 「こんなストーカーみたいな真似をして自分自身が助かるとでも思ってるの?」 マリアは笑う。真っ白な肌にピンクの唇。口角を上げて、笑う。 「見て。このジュエリー、あの人に買ってもらったの。私達が再出発する証よ。」 「あ…そう、なんですね。綺麗です、とても。似合うてはります。」 「もうあなたが存在する意味はないの。」 気付いていたし、知ってもいた。 しかしそれを確認せずに居られなかったのは、自分の中のあの出来事がどれだけ風化しているか知りたかったからだ。 (もうあなたが存在する意味はないの。) (貴方はあの人に近づいちゃ駄目なの。) (貴方を傷つけたのはあの人だから、もう近づくのはやめなさい。) 帰りの電車の中でその言葉を思い出していた。 2ヶ月前に感じた炎のような感情は、もう沸いてはこなかった。 ただ思い出になりつつあるその出来事をうっすらと思い出して、心の中で神に深く謝罪をした。 神なんて信じていない。だからこそ、神に謝罪をした。 こんな時に浮かぶのは「ありがとう。」とか「ごめんなさい。」とか凡そ日常生活でよく使われるありふれた言葉だけだ。 それでも何回も心の中で唱えた。唱え続けた。 もうあの事は、現実ではない。 闇には堕ちなかった。 俺の中の全ての悪になると言った悪魔は、もう居ない。 俺は、生きてる。 |