日記一覧
あい にー みい .
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74 :渡邊オサム
2011/01/03 02:54




愛。
(拝啓、ハネムーンは楽しんでいますか。)






祖母が、他界した。
――なんて、今日昨日の出来事でも無ければ、新年早々言うモンでも無いンやが。10月末に、失くなった。そら相当悲しい事やったンやけど、もう悲しみも薄らいで来たなァ。忘却やのうて、乗り越えるっちゅう響きがしっくり来る。(人間は、忘れる事が出来るから、生きて行ける生き物らしいけども。)俺依りも母親ン方が大変で、憔悴が目に見えて感じてたンやけど、それも最近では少ななった。そんな中、俺は何故か近しい人間と死別すると、自分の将来を考える。まァ二十幾歳に成ったンやから、未来を見据えなアカン年齢でもあるンやと思うンやけども。人間――動物としての本能なんか否かは知らんが、何故か。つらつらと考える。後数年で三十歳に成って、嗚呼孔子の三十にして立つっちゅう言葉が耳に痛いなァ、せやけど結婚してぬっくい家庭持つ姿も想像出来んわァ、そういえば俺の両親の出会いとか聞いた事無いなァ云々。立て板に水の如く、それこそ「心に移り行くよしなし事」を流しながら思い至った事を、尋ねてみた。つまりは、親の恋愛話。多少の羞恥やむず痒さも覚えたンやが、中々楽しい話やった。俺の好きな、親が死ぬ迄にしたい55の事っちゅう本で紹介されてた。親の恋愛話を聞く。あれは初恋やったかも知れんが、親と会話する事は、やっぱり一つの親孝行やと思う。俺よりも人生長く生きてて、尊敬出来る親。やからこそ、話したり聞いて貰ったり考えたりっちゅう行為は大切やろ。折角新年を一緒に迎えたンやしなァ。祖母も今頃祖父とハネムーンやろか、なんて、非現実的な事を考える。死後の世界が在るンか如何か知らんが、在るなら。夫婦っちゅうンは、幾つになっても夫婦で居って欲しいと、思う。なァ、おばあちゃん。おおきにな。大好きやで、とか何とか。柄にも無く、想う。そうそう、父方の祖父母は一昨年他界したンやが。祖父が失くなった一週間とちょっと後、祖母が失くなった。連れて行かれたとか、響きの悪い風にも取れるが。俺は、何ちゅうか…なァ。一緒に居たいて、祖母が思ったンちゃうやろか、て、解釈した。これも勿論非現実的やが、何かなァ。夫婦やで。ロマンチストと呼ばれても、そうであって欲しい。(男なら浪漫は大事にせんかい、ハッハー。)
何はともあれ、喪中です。祝いは出来んが、去年お世話になった感謝と、今年の期待を込めて。自分(とは相手の事やでェ)にとって、充実した日々になる様祈っています。素敵な一年であります様に。
そういえば、去年は愛と恋の違いについて語った。或る人は、「愛は、例えば私の為に死んでって言われたら、二秒で首を刺して自害出来る位の気持ち。恋は出来無い。自己の方が大事。」と語ってくれた。亦或る人は、「愛は生まれた時から持ってる。ほんで他者と出会って、関わりを持つ中で生まれるのが恋。」と説明してくれた。亦或る人は、「愛は不特定多数に向けるもの、恋は唯一に向けるもの。」と教えてくれた。どれも素敵な意見で、同時にオモロくて、しかもあったかい気持ちになった。どれが正しいとか、逆に間違ってるとか、有るンか無いンかさえも俺には判らんねん(…先生かて判らん事位有ります。)けど、何や言うてもどれも胸を打ちました。本真、言葉って好えなァ。




(今年も宜しくお願い申しあげます。)
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