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1627.stay foolish
 ┗8

8 :岸/辺/露/伴
2025/03/10(月) 01:40

オーケストラよりきみの下手くそなソロ
 そいつはいつも通りだらしなく身体を横たわらせて、けれども唐突に「ヴァイオリンを弾いてみたい」と言い出した。成長期のガキでも目を剥くほど一日に何十時間と惰眠を貪り、尚且つそれに抵抗も罪悪も感じない怠惰の具現化のようなそいつはそういう時だけやけに行動的で、きっと通販サイトやら比較サイトやらで手頃な価格の弦楽器でも調べていたんだろうが、その次には「え?ヴァイオリンって手入れが必要なの?しないよ、手入れなんて」だとか、「音が鳴ればいいから高いものじゃなくていいけれど、子供向けのおもちゃみたいなものは嫌だ」だとか続けるものだから、それまで黙々と原稿のチェックをしていたぼくも思わず「君の元に運ばれてくるであろうヴァイオリンも、え?私手入れしてもらえないんですか?マジ?なんて戦慄しているよ。あーあ、可哀想になァ。きみってすぐに飽きるだろ、どうせそいつもきみの部屋の隅に乱雑に置かれて埃をかぶることになるんだ。」と反応してしまった。それがいけなかった。ぼくのちょっとした皮肉ごときじゃあものともしないヤツだから、──間髪入れずに「楽器だしね」と、まるでぼくの思惑を理解しているような声色でそいつは笑った。……オイ、まるでぼくが戦慄と旋律をかけたバカバカしいダジャレを言う男みたいじゃあないか。絶句しているぼくに気付いたようで、またそのバカはころころと楽しそうに喉で玉を転がす。何がおかしいんだよこのクソッタレ……。

でもさ、きみのその下手くそなヴァイオリンの音を一番近くで聴いてやってもいいよ。甘美なオーケストラの一員さながらとびきり上手くなりたいわけでもなくて、ガキが音の鳴るおもちゃで遊ぶみたいに、文字通りヴァイオリンの音をその手で奏でてみたい。そんな突拍子もないけれど愉快なきみの音色ならどんなに聴くに堪えないものでもきっと耳障りには感じなくて、ただ「下手くそだなァ」なんて当たり前の感想を口にして、それから。そのヴァイオリンと違ってきみに飽きられることのないぼくは、きみの安っぽい音色に負けないくらいの安っぽい優越感にひとり笑ってやるんだ。



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