水の中にいるような気持ちになる。ゆっくり外の気配と遮断されて、音が、全てが、世界が遠い。肌の上を滑るなめらかでひんやりした感触。うっとりと目を閉じて感じ入ってみる。暗闇の中に溶けいるように、ゆっくりと落ちていくように。
༓ ࿇ ༓ ࿇ ༓ ࿇ ༓
真夜中に耳を澄ますと遠くに街の明かりを、人の営みを感じて不思議な気持ちになる。こんなに遠くからでも気配がする。分厚い高気密な二重窓ごしにも、金曜の夜の熱気を感じとることができそうだ。
本当の暗闇を知らないんだ、と昔言われたことがある。明るい夜に育って、本当の暗闇を、本当の夜の星を知らないのだと彼女は笑った。人の気配のない夜を知らない。雑踏とざわめきと、喧騒とバイクの唸り声が子守唄。夜は、昼よりも騒がしい場所で育った。きっと音のない夜では眠りにつけないだろうと言ったら彼女は笑っていた。彼女の田舎では虫とカエルと土鳩の鳴き声に変わるらしい。
つん、と静かな寝息を立てる隣の男の頬をつついてみる。それからゆっくりと手のひらで撫でて、鼻の頭にキスをした。いつか、二人でこの街を抜け出して何処か遠く、誰も知らない場所へ行こうか。そんな話をしたことを、眠れない夜のたびに思い出す。その時はどこか小さな島の、潮騒とうみねこの声と汽笛が煩い港町にしよう。オマエの好きな、海辺の町にしよう。