【いいヒュトロダエウスの話】
私はヒュトロダエウスのことを優しい奴だと思っているんだが、本人はそうは思っていないようだ。ヒュトロダエウスいわく「ワタシはどちらかというと合理的なタイプだし、キミが思うほど優しくはないよ」らしい。
確かにヒュトロダエウスは興味のない相手に対しては割とわかりやすく雑な対応になっていたりもするが……。怒ったりしない分、私には優しく見える。
前にも書いたかもしれないが、私はヒュトロダエウスの穏やかなところが好きだ。嫌なことがあって悲しんだりしても、怒ることはほとんどない。それにポジティブだしな。そういう部分に救われている。
きっと、私が思う優しいとヒュトロダエウスが思う優しいは違うのだろうな。
【悪いヒュトロダエウスの話】
ヒュトロダエウスは変な食べ物が好きだ。今日も見たことのない色をした香辛料を口にしていたから、そんなものは初めて見たぞと言ったら「そうかな、そのへんによくあると思うけれど」と返ってきた。
「そのへん……?どこにあるんだ」「……考えてみたけど、ワタシも今日初めて見たかも!」おい。
発言が適当すぎる……雰囲気でものを言ってるんじゃないだろうな、という私の小言も「けどおいしいよ!」の一言で一蹴されてしまった。
「……お前な、そういうところが、」「え?そういうところが好き?ありがとう、ワタシもキミのことが好きだよ!」人の話を聞け。
ポジティブすぎるのも考えものだな……。
さて。今回の旅について書いておこう。
ワタシとエメトセルクは今回、少し長めに時間をとってアーモロートを離れていたんだ。
エメトセルクが色々と準備を進めていてくれたおかげで楽しい旅になったよ。彼と出かけると完璧なプランを組んでくれるのがすごいんだよね。ちょっとした遠出もそうだけど、今回のような普段よりも大掛かりな旅になってくるとその手腕が際立つ。転移装置を使えない場所も通らなくてはいけないからね……エーテル操作は不得手だけどがんばったと思うよ!それもこれも、エメトセルクのおかげさ。
フフ、彼ってば飛行獣への騎乗が必要になるたびに、かなり細かく丁寧に指示を出してくれてね。分岐をひとつ越えるごとに「順調だ、ちゃんとできてるぞ」「ノーミスだったな、やるじゃないか」なんて褒めてくれるんだよ。あいかわらず優しいなぁと思っていたら、途中でふと真顔になって、「……私がノーミスだったなどと言ったことが余計なプレッシャーになっていないか?別にミスしても構わないからな……?」とか、本気で心配してくれるものだから笑ってしまったよ。毎回言うけど、律儀だよねえ……フフフ。どんなに眉間の皺が深くて目つきが悪くても、こういうところで人柄のよさが滲んじゃうんだよね、エメトセルクってば。
……実は出発の直前、管理局でちょっとしたトラブルがあってね。対処に少し時間がかかってしまったから、今回の旅への影響を懸念していたのだけれど、どうやら杞憂だったみたいだ。エメトセルクがゆとりをもった時間配分でプランを組んでくれたおかげさ。慣れない飛行獣でも安全に目的地まで辿り着くことができたよ。彼には改めて感謝しないとね。
星海を観測できるとされている地点はさほど多くはない。ワタシたちのような目を持つ者はともかくとして、それを正確に捉えるには様々な条件が必要になってくるんだ。
今回訪れたのはその拠点のひとつ。視えかたの確認と調整の手伝いにね。しばらく滞在して作業を行いながら、色々な話を聞いた。そこの職員が結構な情報通というか、知識を得ることに長けた人みたいでね。なかなか興味深い話ができて面白かったよ。あと惚気が多くてほっこりした。
……うん、エーテルの流れも綺麗に視える。観測地点としての役割は十分に果たせるだろう。この拠点を訪れたのは初めてだったけど、いい体験になった。
どうやらエメトセルクのほうでも同じ感想を抱いたらしい。その後の道すがら、ここの観測地の話をよくしていたもの。フフ、また訪れる機会があるといいね。楽しみに待つとしよう。
……おっと、話が長くなってきたね。今回はほかにも色々な場所を訪ね歩いたんだ。もう少し書いておきたいけどいったんペンを置こうかな。続きはまたあとで。
創造魔法で今までになかったものを創り出し、創造物管理局で審査してイデアとして登録する。アーモロートの市民なら当たり前にやっていることだ。
繊細なものの創造ともなれば、管理局に届け出る前段階でもワタシやエメトセルクの眼を頼られることがある。新たに創造したもののエーテルに違和感やほつれがないかを確認するためにね。これは局長を務める者としての業務ってわけじゃないし、ましてやエメトセルクの業務でもない。あくまで、本来の仕事に支障のない範囲で、ときどき手伝わせてもらっているんだ。
知ってのとおり、創造魔法で創り出せるものは多岐にわたる。そのなかでもとくに見応えがある……というか、個人的に面白いと感じるのは生き物の創造かな。
以前エメトセルクと訪れた実験施設も楽しかったな。このとき視た生物たちは比較的活発なものも多かったね。気温の下がる冬場は不活性になる生き物の創造が一般的ではある。倒木の隙間に身を潜めているものもあれば、他の個体と密集して寒さを凌いでいるものもいる。巣穴に入る前の小型生物や、屋内で調整中の個体まで視せてもらえたのはこの時期にしては幸運だったかもしれない。体毛が生え変わるように作られていて、夏場とはまた違った形状になるんだよね。ふっくらしてるっていうか。視点を変えても、彼らが非常に丁寧に創られているってことがよくわかったよ。
今回ワタシが気になったのは大型の生物だった。鈍い動きかと思いきや意外と器用なものでね。好奇心の強い子だったみたいで、屋内の調整室でもなかなか活発で見ていて面白かったよ。
エメトセルクいわく、ワタシは結構巨大なタイプの生き物に興味を示すことが多いらしい。うーん、たしかにそうかも。以前、別の場所で海域に暮らす創造生物を視たときも、巨大な生物を面白がっていたのを覚えているもの。大きく創造すれば必要なエーテル量だって基本的には多くなる。体を支える設計や、他の生態系との兼ね合いも綿密な調整がいるだろう。そこを踏まえてギリギリ存在させられる大きさに挑戦するのって、こう……なんというか並々ならぬ熱意を感じるじゃない?生物としての合理性は管理局へ申請される段階になってから厳格に審査するとして、業務外で視るぶんにはすごく面白いと思うんだよね。
エメトセルクがかなり真剣に見ていた生物は、独自の社会を形成する特徴のある、群れを成して暮らすものたちだった。真剣に見入っていたから、そのときはワタシもあまり声をかけずにいたのだけれどね。
「なんだか恐ろしいような気がした」
エメトセルクはあとからそう話していた。
「あれらの行動には、どこか知性あるものを感じさせるような動きがあった。……なぜかそれが無性に恐ろしく思えてな」
彼の話を聞いても、正直なところワタシにはいまいちピンとこなかったんだ。単なる創造生物を自分たちと重ねるような見方をするなんて、言われたところで簡単には考えられるものじゃない。
エメトセルクはときどきちょっと不思議な視点で周りの事象を視ているなぁと感じる。……エメトセルクなりの視点というものなのかな。
ワタシは、ワタシとは異なる彼の捉え方が好きでね。だからこそ、こうして彼の行く先々へ同行しているんだ。隣で同じものを視て、そして彼の視た風景を彼の言葉で聴く。
……ワタシがもっとも興味を示すものは、今隣にいる彼に他ならないのかもしれないね。
エメトセルクはね、それはそれはたいそう律儀で真面目な性格なんだよ。どんなに疲れていようと居眠りなんてもってのほかだ。いかなるときもその姿勢は変わらない。たとえ遠方での激務を終えて、ワタシと彼のふたりだけで帰路についたという、この上なく眠くなりそうな状況であろうとね。
フフフ……この前はかなり極限状態だったんだろうねえ、エメトセルクってば!
遠方から仕事の帰り。ワタシたちはクタクタになりながらも飛行獣で移動していた。とくにエメトセルクはここ最近、立て続けに厄介な案件を任されちゃっててね。かなりお疲れの様子だったのさ。ちょっとうとうとしちゃうのも、まあ無理はないよね。以前、エメトセルクは眠くなると色々とネジが緩んで素直になるって話をしたけれど、今回のはそれ以上。ほんとにたくさん面白いことを話してたけど、諸々の都合上一部だけ抜粋して紹介させてもらおう。
♊「ヒュトロダエウス……お前がいてくれてよかった」
🏹「そう? フフフ、唐突だねえ」
♊「今回も同行してくれて感謝している」
🏹「どういたしまして」
♊「なにか……礼の品物を渡さなくては……」
🏹「えーなにをくれるんだろう」
♊「スプーン2個」
🏹「(吹き出す)」
突然のスプーン。その後もすごかった……。思わずワタシが笑っちゃったことで少し目が覚めて、しばらくは普通の会話をしていたんだ。だけどそれも数分くらいしか持たなかったね。
🏹「明日も忙しくなりそうだねえ」
♊「そうか?」
🏹「そのあとの予定が大丈夫だといいけど」
♊「明日の仕事は早く帰る」
🏹「ワタシも早めに切り上げるようにするよ」
♊「ああ、諦めるなよ」
🏹「そうだね」
♊「最後まで投げ出さずに……」
🏹「?」
♊「それが、すべての始まり……」
🏹「???」
♊「あーそうだったそうだった、たしかにな……」
🏹「……フフフフ(堪えきれずに笑っている)」
♊「(ハッ)……ここはどこだ?(飛行獣が風にあおられて少し揺れたことで、一瞬だけ覚醒)」
🏹「今はね、森の上を飛んでるところかな」
♊「なぜ?」
🏹「アーモロートに向けて移動中だからだよ」
♊「そうなのか……アンビストマの森なのか……」
🏹「……うん???」
♊「ヒュトロダエウスとしては、ここは何の森なんだ?」
🏹「えっワタシ?? えーっと……フフフフ」
♊「ライオンか?」
🏹「フフッ……そうだなあ、じゃあ、イルカとかかな?」
♊「ああそうだな、イルカは可愛いからな……」
🏹「うん(笑ってる)」
♊「それなら私は、ここは貝にしておこう」
🏹「(笑ってる)貝か、貝もかわいいね」
♊「そうだな……zzz」
🏹「(笑ってる)」
フフフ……いやー、あのときのエメトセルクを思い出すと今でも笑ってしまうよ。
彼は律儀だからさ、同行者のワタシがいるのに移動中に眠るだなんて絶対に避けたいのだろう。彼としては、自分はちゃんと起きていてワタシとしっかり会話をしているつもりだった。そうあろうと努力した結果が……フフフフフッ……いや、笑っちゃ失礼だね!フフ……。
隣にいて同じくらい疲れているはずだったのにワタシのほうは全然眠くなる気配もなかった。フフ、あれを聞けるのは本当に稀なことだからさ。多分、他の人が同行しているときなら彼もこうはなっていないんじゃないかな。エメトセルクのこんな面白い話、誰からも聞いたことはないからね。さすがの彼も、これだけ長い付き合いになる親友の前では気が緩んでしまったんだろう。
部屋に帰りついてからはあっという間にぐっすりだった。フフフ、あの寝顔も、中途半端に意識を保った極限状態の寝ぼけ方もワタシが有難く堪能させてもらうから、エメトセルクにはぜひ今後も気を抜き続けてほしいね!
真夜中、目が覚めるとずいぶん寒いような気がした。こんなに寒く感じるのは彼が隣にいない夜だからだろう。エメトセルクの体温が恋しいよ。
最近は冷え込む日も多いね。日差しが注いでくれる日中はともかく、夜や明け方なんかはとくにそう思うよ。ワタシはこうやって季節を感じることも嫌ではないんだけどね。
もともと寝付きのいい方ではないエメトセルクにしてみると、この寒さは結構深刻なようでさ。ひとりで眠ろうとしても寒くてなかなか寝付けないなんてこともあるみたい。寝不足気味でちょっと心配なんだよね。
「お前がいれば眠れるんだが」
彼ってばうんざりした様子でそんなことを言うんだ。フフッ……夏にあれだけ暑苦しいって遠ざけられてたのに、今の季節はワタシの体温がちょうどいいみたい。
昨日もそうだったなあ。先に寝室へ行ったエメトセルクが一言、「……寒い」とぼやく。……名前を呼ばれたわけでもないけど、これってつまりワタシを呼んでくれてるんだよね。本人に確認してしまったら恥ずかしがって否定されちゃうかもしれないけど。急いで眠る支度を済ませて、同じ寝台に横になる。抱きしめると彼は大人しく腕の中に収まってくれた。……フフフ、どうやら間違いじゃなかったみたいだ。
そうやって寄り添って眠るのが心地いいのは、もちろん寒がりの彼だけじゃない。互いの体温を感じること、ワタシはどの季節でも好きだなあ。
明日はお互いゆっくり過ごせる予定だ。寝不足のエメトセルクを甘やかすにはもってこいの日というわけさ!忙しかったぶんと、この休日が終わったらまた忙しくなるぶんも前借りするくらい、しっかり抱きしめて甘やかして過ごさなくてはね。