勝てない(ペンがへし折れる音)
ヒュトロダエウスは寒がりな方だと思う。
暖房器具をつけるとその前から動かなくなるし、真冬の海へ行ったときは「エメトセルクーー!!」と絶叫して凍えていた。哀れだったので上着を貸したが、なぜ私の名を叫んでいたのかはわからん。まったく、世話の焼ける……。
そのくせ寝入るときは風邪でも引いているのではないかと思うほど発熱する。夏場は本当に近付きたくない。体温調節が下手なんじゃないのか……?
ヒュトロダエウスとの体温の差はついこの間にも綴ったような気がするが、私より高い体温の手に触られるといつも火傷したような気持ちになる。それくらい私とヒュトロダエウスの温度が違うということなのだろうが。
私はどちらかというと暑いのより寒い方がマシだと感じるタイプだ。……先に言っておくが、冷たい手で触ればいいとかそういう問題じゃないからな。あくまで気温の話だ。
まあ、だが季節としては冬より夏の方が好きだ。空は青い方がいいし、夜は短い方がいい。だからこれから訪れるであろう季節を今はここで待っている。冬から夏も、秋から春も、私たちにとっては一瞬の巡りだが、そのひとつひとつに意味を見出せない日はない。なにを手にしても、なにを失ってもきっとそうだ。
夏が終わって、冬がきたらまた寒がりなお前の話をするのだろう。そうやってずっと、続いていく。
ヒュトロダエウスとともにいると、心の中までもが視えているのではないだろうかと考えることがときどきある。
昨日も行為の最中に、「なにか考え事してる?」と見透かされてしまった。上の空のように感じると。……事実、私はうまくできるかどうかとそのことばかりを考えていて、目の前の相手のことをあまり考えられていなかった。とても、失礼なことをしたと思っている。
最近の私は何かとそういう雰囲気になると身構えてしまう傾向にあり、ヒュトロダエウスに与えられるものを取りこぼすことが多かった。……要は緊張していたわけだが、今更になって緊張する意味が分からない。どれだけの付き合いだと思っているんだ……。
心はヒュトロダエウスと交わりたいと思っているのに、体が付いていかない。疲れているのだろうか……。挙げ句、ヒュトロダエウスに「気分じゃないんでしょ」などと言わせてしまい(本人はあっけらかんとした物言いだったが)自分の情けなさに腹が立つ。そんなこと悟らせたくはなかった。ヒュトロダエウスが私に触れたいと思ってくれるその気持ちを無下にしたようで、申し訳ないことをしたとずっと考えていた。
そんな調子でここ数日ずるずるやってきていたからな、昨日は時間があったのもあり「今日こそは」と意気込んでしまった。それが余計に考え事をしているなどと、不安に繋がるようなことを思わせてしまったとは……。
ヒュトロダエウスの期待に応えたい。嫌々ではなく、私もこの行為を望んでしているのだと伝わってほしい。普段口で言うことが少ない分、態度で伝えなくては。だというのにこの有様だ。
うまくやろう、うまくやろうとする度にヒュトロダエウスは「うまい下手じゃないよ」と言ってくれるのだが、私にとってこの行為は正解不正解があるものだ。あくまで私基準であり、「私がヒュトロダエウスにしてもらうときの」正解というだけなのだが。……ああ、そういえばお前はこの言い方をするときもいつも訂正してくるな。事後に感謝すると、大抵困ったように笑って「こういうのって、感謝するようなことじゃないと思うんだけどなぁ……」と言う。そうはいっても、ヒュトロダエウスが私に与えてくれるこれは当たり前ではない。なにか変なのだろうか……と毎度首を捻るわけだが。
……話が脱線した上にいろいろ考えていたら纏まりのない文章になってしまった。
昨日も結局私の考え事が原因で中途半端になってしまったからな……次こそはちゃんとする。
ヒュトロダエウスが私を求めてくれるように、私もヒュトロダエウスのことを求めているのだと伝えたい。
昨日海の話をしたからな……今日は山の話をするとしよう。
ヒュトロダエウスと滝を見に行った。ずいぶん前にも一度来たことがある滝だ。高低差があまりなく、水量も多くはないため迫力には欠けるが、この滝のいいところは近くで見れるというところだ。服が濡れても構わなければ滝壺まで行くことも容易だろう。……私は絶対に厭だが、アゼムなら突っ込みかねないな……。
いくつかの橋を越え、「そういえばこんな道だったな」とふたりで話しながら歩く。この時間は嫌いじゃない。一度は訪れたことがある土地の、思い出と時間を拾っていくような会話だった。
山の麓に差し掛かったあたりで、ガサガサと何かが動く音がした。明らかに何か生き物がいる、……といっても音の感じからして小さい生物なのは見当がついていたんだが。静かにしていると、爬虫類のようなものが素早く岩陰に潜むのが見えた。とはいえあまり脅かすのも悪いだろう、とヒュトロダエウスとすぐに去った。
が、帰り道。また同じ場所でガサガサと音がするので、いよいよヒュトロダエウスが興味津々に"眼"を使ってそいつを視始めた。こうなったら長いぞ……と肩をすくめざるを得ない。
「ああ、トカゲか……おや、あちらにもいるようだよ」
よく見たらそこらに4匹はいた。ヒュトロダエウスは目がつぶらで可愛いとはしゃいでいる。目……目か、まあ、わからないでもないが……。
自然は行く度に違う発見がある。この滝にも、また期間を置いてから来るとしよう。次に来るのは、どれほど先になるのか……変わらず隣にお前がいるのであれば、私はそれでいい。
私には気に入っている浜辺が3ヶ所ある。
ひとつは生き物がよくいる場所で、洞窟もある。ほかふたつの海よりアーモロートから近く(あくまで比べての話であって距離的にはそれなりに遠いが)よく行く浜辺だ。
もうひとつは浜辺と言っていいのかわからないが……石の多いところで、高台から海を一望できるという特徴がある。
そして最後のひとつは入り組んだ地形のところにある小さな浜辺で、海藻や魚の類がよく獲れるのか釣りをしている奴がときどきいる。そういった場所だ。
ヒュトロダエウスとは本当によく海へ行く。この数日で上に書いた場所すべてに赴いたが、どこもそれぞれのよさがある。共通しているのは人がほとんどいないことと、水が透きとおっていることだな。
今日書くのはひとつ目とふたつ目に挙げた海の話だ。朝と夜、それぞれを1日で回ってきたんだが……改めて考えると凄まじい移動距離だな、今に始まったことじゃないが。
朝に行った洞窟のある海はちょうどいつもより潮が引いている時間だったらしく、普段は見れない小魚の溜まり場を発見できたりとなかなか楽しかった。綺麗な青色をしていたのが印象的だ。
夜に行った、高台のある海ではヒュトロダエウスが大量のシーグラスをくれた。「手を出して」と言うので両手を差し出すと、青、白、緑と色とりどりの欠片が降ってきて思わず目を見開いた。ずっと石のあるあたりをうろうろしているな……とは思っていたが、まさかここまでの量を集めているとは。……この長い付き合いの中で、ヒュトロダエウスからもらったシーグラスは数えきれないほどある。そろそろ今の入れ物だと小さくなってきたな……新しいものを用意するか……。
最近の悪いヒュトロダエウス3選①
♊️「……なんだこれは(※ヒュトロダエウスの本の上に私の本が重ねてある)」
🏹「ああ、それかい?ほら、ワタシって作業をしてても近くに気になる本があるとそれを読み始めちゃったりするじゃない?だからキミの本で蓋をしているというわけさ!」
人の私物を重し代わりに使うな。
最近の悪いヒュトロダエウス3選②
〜諸事情でヒュトロダエウスの記憶を過去視中〜
♊️「…………猫が大量にいるな……」
🏹「そうそう、猫がたくさんいる土地で……」
(一瞬映り込む私の寝顔)
♊️「!?」
🏹「……あ、あと海の、」
♊️「待て。今なにかべつのものが視えたようだが?」
🏹「……あ〜……。……フフフ」
笑って誤魔化そうとするな。
最近の悪いヒュトロダエウス3選③
♊️「ヒュトロダエウスに追いかけられる悪夢を見た……」
🏹「エメトセルクに悪夢も見せられるのか……ワタシのポテンシャルすごいな」
自己肯定感が高すぎないか?
ヒュトロダエウスの悪事をときどき記録しているんだが、直近だけでもこんなにあるとはな……。どれも些細なことではあるが、文句を言わずにはいられない……。
だがこういう些細なことこそ、どこかに記しておかねば忘れてしまいかねん。いつか読み返したときに、こんなこともあったなと少し笑えるくらいが私たちにはちょうどいい。