ヒュトロダエウスはやたらと例の生き物が私に懐いていると書いているようだが、べつに私だけ、というわけでもない。ヒュトロダエウスにもちゃんと懐いている。
ただ、ヒュトロダエウスの手足にだけじゃれついたりしているのを見ると、相手によって態度を変えているような気はする。ヒュトロダエウスは甘すぎるんだ……以前からどうにも生き物にはナメられることが多い、と少し悩んでいたこともあるくらいだ。ヒュトロダエウスは優しいからな、こいつなら怒らないだろうと思われているのかもしれない。……私はそういうところを気に入っているんだが。きっと私とは違う役割を果たしているのだろう、この生き物に対してもな。そこに優劣は存在しなく、どちらも必要な存在のはずだ。証拠にふたりで帰ってくると、私たちの周りを喉を鳴らしながら歩いてすり寄ってくる。そして最後には座っている私たちの間に幸せそうに挟まって落ち着く。
……正直、こいつを飼うとなったときはどちらかにしか懐かなかったらどうすべきかと考えもしたんだが、杞憂だったようだな。
それにしても成長速度が早すぎる……。奴はミルクトレッドをするときなぜか首を踏んでくることがほとんどなんだが、普通に急所だぞ……。喉仏のあたりを的確に踏まれるとさすがに苦しい。今のところまだ耐えられているが、ここからさらにでかくなると思うとぞっとするな……。
思ったとおり、あの創造生物はエメトセルクによく懐いてくれた。
ワタシとエメトセルクが同じベッドで眠っていると、例の生き物もまたベッドに上がってくるんだ。たいてい、構ってほしくてじゃれついてはエメトセルクに怒られて、ワタシは隣で笑ってるんだけどね。たまに甘えんぼモードで擦り寄ってくるときもあってさ。……フフ、そういうとき、行くのはかならずエメトセルクの方なんだ。彼がどんなに眠そうにしていても、眠っているエメトセルクの上によじ登って、喉を鳴らしながら彼の顔を舐める。ものすごく迷惑そうにはしながらもちゃんとその毛並みを撫でてあげるところが、懐かれる所以かもしれない。
「別に悪いことをしているわけじゃない、こいつにとっては甘えているだけだろう」
なんて言いながら毎回撫でてあげているんだから本当に律儀だよねぇ。
この日は、よく眠っているエメトセルクのところに創造生物くんが甘えにきた。いつものように彼の上によじ登って顔を舐め回そうとするものだから、抱き上げてワタシのところに来てもらったんだ。普段は眠りの浅いエメトセルクが、こんなに熟睡しているなんて珍しい。彼の貴重な安眠を邪魔されてしまうのはちょっとね。
仕方なく妥協してくれたらしいその子は、エメトセルクの隣で横になっていたワタシの上に登ってきた。そうやってしばらくはワタシが撫でていたんだけど、数分もしないうちにワタシのところから降りて、またエメトセルクに擦り寄っていっちゃったんだ。そこまでの愛情を見せられたんじゃ、さすがにもう止めるわけにもいかない。フフ、ワタシじゃ代わりにならないくらい、エメトセルクに懐いているみたい。……やっぱり、この子の預り主は彼で正解だ。
……睡眠を妨害されて、エメトセルクはさぞ迷惑だっただろうって?ところが、エメトセルクってばあの子が上に登ってゴロゴロ喉を鳴らしていてもいっこうに起きる気配もなく、身動ぎさえしないほど熟睡してたんだよ。偉大な魔道士様とはいえ、あれだけエーテルを消耗していればしばらく目を覚ますことはないだろう。消耗させた張本人が言うんだから間違いなしさ!
ひとつきほど前にヒュトロダエウスと花を見に行ってきた。比較的どこでも見かける黄色い背の高い花だが、面白いのは太陽の方に向かって咲くという点だ。花には興味がなかったんだが、たまたまアーモロートにほど近い場所で群生しているという情報を得られたから見に行くことにしたんだ。
早めに家を出て、到着したのは午前中だったがすでに気温が高い。暑すぎる……と思わずフードを深く被り直す。
遠くから見る花畑は圧巻だった。ただ、その光景を妙に恐ろしくも感じた。花の黄色と空の青は決して混ざり合わずひたすらに境界線を描き、空が普段自分の知っている世界とするならば、今自分の立っているこの場所は異世界のようだ、と。加えて花のひとつひとつは大きくて目立つものだ。その花たちが一斉にこちらを向いている。もちろん素晴らしく、いいものであるというのは前提での話だが。
もっと近くで見てみよう、とヒュトロダエウスに手を引かれ、花の隙間を縫うように群れの中へと潜り込む。あまり乱暴に分け入ると折れてしまいそうで、慎重に歩いた。
中に入ると、よりこの花の異質さが際立つ。珍しい花ではないはずなのに、この世のものではないようにすら感じる。
……などという私の気持ちをかき消すように、ヒュトロダエウスの「エメトセルク、こっちを向いて」という声が聞こえる。振り返ると、仮面越しでも優しい顔をしているのがわかった。
ヒュトロダエウスは私と花の組み合わせが好きだ。今もきっと、花よりも私をずっと目で追っていたのだろう。
……自意識過剰というか、あまり自分の口から言いたくない話ではあるんだが。ヒュトロダエウスに、もっとそういう風景を見せてやりたいと最近思うようになってきた。
ヒュトロダエウスは自然の中にいる私を好む。だから、そういう私が見れる場所に……つれていきたいんだ。花に興味のない私が今回ここに来たのはそういう理由もある。
きっと私がこの星のすべてを美しいと思えるのは、この男の存在が大きいのだろう。私が何を見て何を感じようとも、変わらずそばで微笑んでいてほしい。そうすれば私はヒュトロダエウスの愛してくれた私でいられるはずだ。
エメトセルクの部屋を訪ねたとき、彼は書斎で仕事中のようだった。例の創造生物くんはリビングにある自分の棲み家に入っておとなしくしていたよ。おそらく、仕事の邪魔だからって部屋に入れてもらえなかったのだろうね。この様子では、エメトセルクは集中して仕事を片付けているのだろう。そう思って、しばらく創造生物くんと戯れていたんだよ。
少し時間が経って、そろそろエメトセルクに声をかけてもいいだろうっていう頃に、書斎に入ってみたんだよね。
その途端、
「……私がいつ、そいつを棲み家から出すことを許可した?」
ものすごく低い声音が聞こえて、エメトセルクが睨みつけていた。うーん、たしかに、保護している彼の許可なく勝手に遊んでいたのはよくなかったのかな……?ごめんねって謝ったけれど、エメトセルクの眉間の皺は深いままだ。フフフ、そういうことか。
「…………ごめんね、エメトセルク。訪ねてくるなりあの子をかまっちゃったけど、キミを先にしておくべきだった」
ぴくりと眉根が動いた。彼なら、ワタシが部屋にきたのはすぐにわかっただろう。それなのにいっこうに自分のところへ顔を見せず、居着いている創造生物ばかりを相手にして。彼にしてみればおもろしくない気分だったようだね。
改めて抱きしめると「……フン」と目を逸らされる。ああ、どうやら図星みたいだ。彼のプライドを考えてみても、まさか創造生物を優先されたことでモヤモヤしてしまったなんて自分から言えるはずもない。こちらが気づかなければきっとその些細なモヤモヤをしばらくひとりで抱え込んで苦しむことになったのだろう。そうなる前に察することができてよかった。
謝り倒してたくさん抱きしめて撫でていると、彼からも控えめに抱きしめ返してくれた。ようやく気持ちが収まってくれたようだね。強ばっていた体の力が抜けてこちらに凭れてきてくれる。……この愛しさに勝るものをワタシは他に知らない。
フフフ……ワタシの冥王様は寂しがりの甘え下手なんだから。そういうところが本当にかわいいなぁっていつも思うんだよ。
ヒュトロダエウスは何かと私に一口を与えようとしてくる。
私はどちらかというと偏食気味な方で、それなりに栄養がとれていればバランスはさほど重視していないタイプだ。
ヒュトロダエウスは逆に様々なものを口にするタイプだ。栄養バランスを考えているわけではないが、気になったものは興味本位で手にとる。よく新しく考案された食品なんかを選んで食べているのがいい例だな。創造物管理局局長のさがなのかもしれないが。
そしてヒュトロダエウスが選ぶものは基本的にはずれることがない。なんでもかんでも手を出しているように見えてきちんと視ているのだろう。私と好みが近いのもあり、ヒュトロダエウスから一口もらうときはだいたい「うまい」という感想になる。
だからだろうか、やたらと私に一口を与えたがる。昨日、なぜそんなに頻繁に私と食べ物を共有したがるのかと聞いたら「エメトセルクは放っておいたら食べるものがかぎられてくるからね、ワタシがその手伝いをしてあげたいのさ」「貴重な経験にもなるだろう?」と返ってきた。やれやれ、もう子どもじゃないんだが……あいつの中で時が止まってるんじゃないだろうな?
ヒュトロダエウスがくれる一口は絶対にはじめの一口だ。私が、一度誰かが口にしたものは食べたくないからだ。それは相手が恋人であろうと変わらない。それを知っているからヒュトロダエウスは一番はじめの、一番おいしい部分をくれる。しかも、うまいから絶対食べた方がいいと押し付けてくるのではなく、一口いるかい?と優しく聞いてくれる。……そういうところが好きだ。
あと最近好きだと思ったのは、いつものようにヒュトロダエウスに一口いるかと聞かれたとき。「いらん」と答えたんだが、改めてヒュトロダエウスが持っているものを見ると、割とうまそうに見えなくも……、……。
まあ、だが一度断った手前、やはり寄越せというのも品がないだろうと気にしないことにしたんだが……また「食べる?」と。
「……もらう」「フフフ、どうぞ」
すごいのは、この間あいつは一度も食べ物に手をつけていないことだ。ものの数分の出来事で大した時間ではないが、私が欲しがるであろうことを見抜いていたとしか思えん……。
子どものころは苦手だった一口が、ヒュトロダエウスと付き合うようになってからは好きなものに変わった。一口だけで味を知り、ヒュトロダエウスの想いや優しさを知れる。そんな小さなもので私の世界は大きく変わった。意外に一口、というのも侮れないな。