数日前からエメトセルクと旅をしているんだ。今回は、彼の座の仕事もワタシの用件もどちらも関係していてね、ゆっくりとした旅行というわけではないのだけれど。それでもアーモロートを離れて遠出をするのはどこか特別に感じるよ。
今回も旅程はエメトセルクがしっかり組み立ててくれた。……フフ、彼ってば面倒見がいいというかなんというか。出かける前、それぞれ旅支度を整えていたんだ。出発予定の時間はあらかじめ聞いていたんだけどね。
「……おい。なにを悠長に本を読んでいるんだ?」
エメトセルクの低い声が聞こえてきて思わず肩をすくめてしまった。
「言っておくが、私の支度を待ってからお前の準備を始めるんじゃ間に合わないからな?」
……おっしゃるとおりのご指摘で。先に釘を刺されてしまっては、支度を始めざるを得ない。本の続きは気になるけど旅から戻ったらゆっくり読むことにして栞を挟んで置いてきたよ。
それにしてもさすがはエメトセルクだよね。ワタシがやらかしそうなことをよくわかってる。彼のおかげでワタシもどうにか出発時刻に間に合わせることができた。旅支度を含めて、余裕をもって時間設定してくれるところとか、本当にきっちりしているなぁ。
「……私が苛立たないように、先手を打っているだけだ」
フフフ……ワタシやアゼムに任せていてはいつまで経っても出発できないなんてよくあることだものね。短くはないつきあいだし、こういうところも旅慣れてしまったようだ。フフ、エメトセルクの盛大なため息が聞こえてきたよ。
さて、そんなこんなで順調に旅を続けているわけさ。……うん、今は旅をするのにいい季節だ。道すがら、休憩がてらに木陰で食事をしたのも気持ちがよかったな。エメトセルクって、普段ならそういう食事のとり方はあまり好むタイプじゃないんだ。いつ外敵に襲われるかわからないし、落ち着いて食事ができる環境じゃないって思っているみたい。だけど今回は「たまには悪くない」なんて言っていたくらいさ。フフフ、アーモロートでもピクニックくらいはできるかな?今度お弁当を持って出かけてみようか。
今日はもう少し足を伸ばして、郊外の町を訪ねる予定だ。エメトセルクにせっつかれる前に、そろそろ身支度を整えておこうかな。
最近は光る釣竿を手に入れたり、天気を先読みしつつ次に釣れる日をメモしたりアラームをかけたりしている。もはや仕事が釣りに合わせるしかない。
監獄……と呼ばれがちなところは何ヶ所か回ったがあっさりと釈放されてしまった。ただ私の場合比較的簡単に釣れると言われている場所で足止めをくらう傾向にあるので、今もよくわからない川で釣りをしている。この間は釣れなさすぎるあまり発狂して、近くにいた水のプネブマに喧嘩を売っていた。見せ物じゃないぞ、散れ……!
アゼムの飼っている犬が先日誕生日だと聞いて気づいたんだが、うちで保護しているやつと生まれた日がちょうど半年違いらしい。いや、だから何だというわけではないんだが……覚えやすくて助かる。人の誕生日などいちいち覚えていないからな、動物なんぞなおさらだ。……というかアゼムの誕生日と近いな、犬……。
奴を保護したときに紐状の遊び道具をいくつか用意したんだが……先日、少し目を離した隙におもちゃをみっつも体にまとわりつかせていた。絡まっていたようだったからすぐに助けてやったが、どうしたらそうなるんだ……。
☀️「エメトセルクの子だからなあ……」
……?
私はそんな阿呆な真似はした覚えがないが……?
♊️「どういう意味だ……?」
☀️「好きなもの自分の周りに並べがちだろ?」
…………はぁ?
なんだか無性に腹が立ったというか、心当たりがなさすぎてプライドをずたずたにされた気分だったので無言で小突いておいた。
自分の知らない一面を指摘されると妙に焦るものだな……。
エメトセルクのことを考えて思い浮かべたのは、今はその髪の感触かな。彼が座の仕事に出かける直前まで撫でていたから。ちょっと癖のある髪質で、撫で心地がいいんだよね。フフ、思い出したら触りたくなっちゃった。
彼がおとなしく髪を撫でさせてくれるまで、それは大変だったんだよ。そもそも他者から触れられるということが基本的には不快に分類されてしまうタイプだからね。スキンシップの類はことごとく鬱陶しがられてしまう。
彼と打ち解けて、一緒に過ごす時間が増えて、少しずつ慣れていってくれたんだ。ギリギリ鬱陶しがられないラインを探って少しずつ撫でたり触れたりして。「ヒュトロダエウスはこういうスキンシップをしてくる奴だ」と半分諦めさせてしまえばこちらのものさ。フフフ、要するに粘り勝ちだね!
髪に触れただけで「やめろ、触るな、鬱陶しい」って眉間に皺を作っていたエメトセルクだったけど、今ではおとなしく撫でさせてくれるようになった。それどころか、髪を撫でられると落ち着く……っていうくらいまで気に入ってくれたよね。
お互い仕事が忙しかったりしてなかなか一緒の時間が作れずにいるとき、ほんの短い時間ではあったけどふたりきりになれた。近況なんかを話したり互いを労ったりしていたんだけど、久しぶりに恋人と会えたんだもの、やっぱり触れたくなるじゃない?ふたりきりとはいえ往来で大それたスキンシップなんてしたら照れ隠しにメテオが降り注ぐかもしれない。せめてという気持ちでその髪を撫でたんだ。すると彼は厭がることもなく身を寄せてぼそりと呟いた。
「……ああ、本物のヒュトロダエウスだな……」って。
「フフッ、キミってば……ワタシを頭で認識していたの?」
「そうらしい……」
それを聞いたらたまらなく愛しくなっちゃって。思う存分彼の髪を撫で回すことになるのも仕方ない。はじめは気持ちよさそうに撫でられていたエメトセルクもさすがに鬱陶しくなったみたいで、最後は「おい、もういい、いい加減にしろ!」って怒っていたけどね。
今日はエメトセルクと一日中一緒に過ごせそうだ。といっても済ませるべき用事もあって、なかなかのんびりとはいかないだろうけど。だからこそ、たくさん撫でて労わってあげなくてはね。
最近はずいぶん仕事が忙しいみたいで、ちょっとお疲れ気味だったんだ。だからかな、無性にエメトセルクを甘やかしてあげたくなっちゃって。甘やかすなんて言っても、普段とさほど変わらないんだけどね。いつも以上に彼のそばでよく視て、ささやかな望みを叶えられるようにする。……もともと、ワタシにできるのはそのくらいさ。
エメトセルクってけっこう神経質なところがあるじゃない?眠りにくいし、すぐに目が覚めちゃうんだよね。いくら冥界から無尽蔵にエーテルが流れ込んでくるといっても、少しくらい眠らなくては身が持たない。それで、ワタシがいるときは音楽を流しながら体を解してあげるのがお決まりなんだ。専門的な知識はないから、彼が気持ちいいと思ってくれるところに力を加えて解す程度なんだけど……フフフ、彼はたぶん、こうしてワタシが体に触れていると安心するんだろうね。
いつか、眠くて仕方ないときに彼がうわ言のように呟いていたんだ。「ヒュトロダエウス……私をおいていくな……」って。というのも、ふたりでベッドに入るといつもワタシのほうが先に眠ってしまうのさ。一方のエメトセルクは、眠りそびれるといつまでも眠れなくなってしまうタイプだ。疲れているときはなおさら、先に寝られると困るんだろうね。マッサージもどきを施していれば、少なくともそれをされている間はワタシが起きているとわかる。それで安心して、眠くなってくれるのかも。目が覚めたとき「今日はよく眠れた」ってすっきりした顔をしていたから、ワタシも役に立てたのかな。
……寝ている途中、エメトセルクが預かっている創造生物がやってきて、彼の上に飛び乗ってじゃれついたり甘えたりしてたけど、そんなこともまったく気づかないほどよく眠れてたみたい。フフフ、なによりだよ。それにしてもエメトセルクってば、ああやって甘えられると無意識のうちに撫でてあげちゃうんだねぇ。懐かれるのも道理だよ。
祈りというのはどこからどこまでをさすのか。
神を信じれば祈りになるのか、神に呼びかければ祈りになるのか、その名を崇めれば祈りになるのか、毎日決まった言葉を唱えれば祈りになるのか、……心の底から願えば祈りになるのか。
内容はどうだろう。世界平和を願う高潔なものから「あいつを殺してほしい」……なんて、呪いじみたものまで神を頼ればすべて祈りになるのだろうか。
答えなんてものはどうだっていい、なんだっていい。蛮神が願いの数だけいるように、祈り方に正解などあるはずもない。結局人間どもが進化する過程で定めたルールに他ならない。重要なのは何を信じるかだ。
私は私を信じている。家族や友や恋人が信じてくれた私自身を信じている。だから私は間違わない。違えるはずもない。
祈りと正しさは似ている。……というか、祈りがそれを信じている人間にとっての正しさそのものであることは多い。要は正義だ。
なにが正しいのかなんて、祈りのやり方なんて、答えはない……。そう、どうだっていいし、なんだっていい……。願いさえ本物なら、きっとそれでいいはずなんだ。