もし兄貴がいなかったらどんな人生だったんだろう。
オレを不良の道に引き摺り込んだのは兄貴だから、多分今よりはまともな人生を歩んでいた気がする。ひょっとしたら真面目に勉強してたり部活に励んでたりしたんじゃないだろうか。まあ喧嘩っ早い性格は変わってないだろうけど。とにかく、きっと、『普通』寄りの人間になっていたはずだ。それなりに顔も良い方だから、それなりに学校生活も人生も楽しんでいただろう。間違っても刺青なんて入れてない。
でも揺るぎない現実として、オレには兄貴がいるわけで。オレより約1年5ヶ月早く生まれたこの男は、オレがこの世に生を受けた瞬間から隣にいる。片時も離れず一緒にいて、一緒に奇抜な髪型にして、一緒の図柄を体に刻んで、一緒に人を殺して道を踏み外した。
ガキの頃、何でいつもオレと一緒にいたがるのと問い掛けた時、「男のくせに花の名前してるなんて恥ずかしくて一人じゃ耐えらんねーじゃん」とへらへらした笑顔で返された。けどオレには分かる、兄貴の本音は「一人じゃ耐えらんねーじゃん」だ。…要するに寂しがり屋なんだよなあ、兄貴は。ぼっち焼肉もぼっち某夢の国も余裕ですみたいな顔しといて、何をするにもオレがいないとダメなんだろ。心配しなくても、四六時中ベタベタ引っ付かれてるせいで兄貴のいない人生なんてもう考えらんねえよ。
つー訳で誕生日おめでとう、兄ちゃん。10月まで2歳差だけど、寂しくても拗ねずに我慢してて。言っとくけど、カッコつけて勝手に1年以上も早く生まれた兄ちゃんが悪いんだからな。

(2022.05.26)

2/14、泣く子も黙るバレンタイン。「どうせカーチャン以外から貰えねーだろアイツ」という失礼極まりない先入観のもと、獅音のためにコンビニで麦チョコを買ったのは前日のこと。その時の兄貴は普段通りのらりくらりとしていて、「チョコより煎餅の方が美味いのにな。日本人なら米だろ米」とか何とか嘯いていた。つーかどうでもいいんだけどこの前クロワッサン食いながら「やっぱ時代はバターたっぷりのパンだわ」って言ってたのどこの誰だっけ？
そして迎えた今日。朝起きたオレの視界に飛び込んできたのはラッピングされた水色の小さな包み。…何これ？…って、いや、何かは分かるんだけど。何で枕元に置いてあんの？サンタさんか？オレは良い子なのか？直接手渡しせずに枕元に置くという行動に兄貴の『照れ』を感じて(しかもこんな日に限ってオレより早く起きてリビングに退避している)、それは即ちそれだけオレに対しての気持ちがあるということで。包装紙を乱暴に引っ剥がして出てきたのはこじんまりと箱の中に収められた小粒なチョコレート。洋菓子のことなんかさっぱり分かんねえけどこれだけは分かる、これ、絶対、高い。
四六時中オレと一緒にいるくせに、いつ買いに行ったの。人混みも同空間に存在する三人以上の女も嫌いなくせに、恐らく無表情通り越して虚無を顔に貼り付けてたくせに、オレのために買いに行ったの。マジでオレのこと大好きじゃん。本命ですってか。…兄貴はどんな顔してリビングにいるんだろうか。きっととっくに余裕を取り戻して、いつもの間伸びした声で挨拶してくるんだろう。何だか無性に腹が立ったので、獅音のために買った麦チョコを兄貴に投げ付けてやることにした。義理チョコじゃねーよ、約2週間遅れの節分だよ。ちゃんと1ヶ月後にお返ししてやっから、首洗って待ってろや。

(2022.02.14)

兄貴の三つ編みを毟りたい季節がやってきた。毟ってどうするのかって？寒いから首に巻くんだよ。
この時期、外の気温を甘く見て服装選びに失敗するとマジで死にかける。7割の確率で失敗するオレが薄着で震えながら歩いている時、隣の兄貴は大抵ぬくぬくと暖かそうな格好をしているから腹立たしい。竜胆寒そうだねぇ〜と笑う余裕そうな顔が悔しくて「兄貴の三つ編み寄越せやクソが」と睨んではみるけれど、「羅生門の追い剥ぎババアより怖えじゃん」と平然と返す表情は全く崩れないし、どう考えても寒さを学習しないオレに非がある。でも兄貴の三つ編みって振り回したら武器になりそうだし、赤ん坊の目の前で揺らしたらおもちゃになりそうだし、防寒具以外にも使い道ありそうじゃん。兄貴の肩でゆらゆら持て余されているより、オレの方がよっぽど有効活用してやれそうなのに。
…まあ、兄貴が髪を切らないのはオレのためなんだけど。夜、同じベッドに横になって、おやすみ竜胆、とキスするために兄貴が覆い被さった時。少しぱさついた毛先がオレの頬を擽る瞬間が好きだということは、もう何年も前から兄貴にバレている。長い髪の毛にカーテンみたいに視界を覆われて、兄貴の体温と匂いに包まれるのがたまらなく好きだと思う。頭皮の匂いごと嗅いだらもっと良い気持ちになれんのかな、変態みたいだからしたことねえけど。…そういや、外が寒ければ寒いほど寝る前のこの多幸感が増す気がする。だからオレはいつまで経っても薄着のまま学習しねえんだろうなぁ。来年も出来の悪い弟をよろしく、兄ちゃん。

(2021.12.29)

「そういう意味で好きなんだけど」と兄貴に言われたのは今から3年と数ヶ月前のことだ。そういう意味ってどういう意味なの、とは聞かずとも表情で分かった……んだけども、マァ〜〜〜ジでぇぇ？？？というのが言われた直後の率直な感想。いや、告られる前から薄々勘付いてはいたんだけどさぁ。でも、何つうか、なんでオレ？だって兄貴はモテるじゃん。顔良しスタイル良し性格悪し。最後の1つが致命的だけど、前2つで相殺どころか釣りが来る。喧嘩だってバカみたいに強いし、六本木の灰谷兄弟っつったら大抵の奴は真っ先にあっちの顔を思い浮かべる。つーか、そう、兄弟なんだよ。弟なんだよ、オレは。業が深すぎるってか、よりにもよって地獄行き直行便みたいな相手に恋しなくたっていいんじゃねえの？
なんでオレが好きなの、と聞いたら「だってオマエ可愛いじゃん」と即答された。おかしいな、ろくに通ってない学校で受けた視力検査ではオレと違って確か1.5とか叩き出してたはずなんだけど、目ェ腐ってんのかな。本当にオレが可愛く見えてんならそれは間違いなく幻覚だ。変なキノコでも食ったのかもしれないし、放っときゃその内正気に戻るだろ、と思ったけど告白以来兄貴の幻覚はどんどん酷くなっていった。そうして「竜胆は可愛いね」と言われ続けて耳にタコができかけた頃にやっと気付いた。これ、オレ自身が変なキノコなんだわ。我ながら何言ってんだって話だけど、こうとしか考えられない。何かよく分かんねえけど兄貴はオレのせいで弟が可愛いっていう幻覚をキメてて、オレが傍にいる限りきっと永遠にそれが続く。そんなのあんまりじゃねえか。オレのせいで実の弟に惚れるなんていう業を背負わせてしまうなら、オレもそれを半分引き受けなきゃいけない。離れるなんて選択肢は間違っても有り得ない、だって自分達は何もかもを分け合って歩いてきたんだから。
…と、決意したのが3年前の今日。その日からずっと、兄弟と恋人の肩書を並べて生きてる。まあ、雑な理屈をぶん回してみたところで、要は兄貴だって俺にとっては変なキノコだよって話。だって、初めて好きだと言われたあの日、「同じ気持ちになるまで待っててくれ」と薄い背中に縋った時点でオレはとっくに勝負に負けてたんだろう。
3年間ずっと覚めない幻を見続けてくれてありがとう、兄貴。4年目もどうぞよろしく。愛してるよ。

(2021.10.13)

喧嘩を売る相手を間違えた。とは言っても実際に喧嘩をしたわけじゃなくて、ガラス扉に利き手の手首を思い切りぶつけただけの話だけど。
大抵の生き物相手なら早々負ける気はしないもののさすがの六本木のカリスマ(笑)も重厚な無機物相手には歯が立たなかったようで、オレの手首にはぐるんぐるんに包帯が巻かれている。というか病院での不良への視線が痛かった。何で整形外科ってジジィとババァしかいねえの？ダウンタイム中の美女とかいるんじゃねえのかよ。それは美容整形外科か。…とにかく、まあ、骨に異常はなかったけど暫く喧嘩だの抗争だのはお預け。どっかから情報聞き付けたバカが夜討ちをかけてきても片手と両足使えりゃ負けねーし問題はない。日常生活にもそこまで支障はないし、案外何とかなるモンだ。
ただ、オレの手首を見た兄貴の反応は見ものだった。「ぇ……え？」と狼狽えてから「な、なんか果物とか食う？」とか言うから吹き出しただろうが。病人かよ。面白かったから特に突っ込まずに「タッケェ梨が食いたい」つったら頷いてそのまま出て行ったけど。…さて、兄貴が正気に戻ってなければそろそろ高級な梨を抱えて帰ってくるはず。手が痛くて動かせねえからさぁ、剥いて食べさせてよ、兄ちゃん。可愛い弟が甘えてやるんだから嬉しいだろ？

(2021.10.03)