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┗1233.掌底と憧憬(6-10/42)
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10 :
ア_ズ_ー_ル・ア_ー_シ_ェ_ン_グ_ロ_ッ_ト(t ̄w ̄s ̄t)
2023/04/30(日) 00:31
元気のない彼に、他寮生から悪口を言われたのだと打ち明けられたのは先日のこと。曰く、ロボットを弟扱いするだなんて頭がおかしい、家族ごっこなら他所でやれ、と。……ああ、これは宜しくない。
青髪のカーテンでもって顔を隠し他者を拒絶する彼は、非常に繊細なようでいて案外図太い。拙者傷付きましたわぴえんだとか言いながら0.2秒後に凶悪面して笑っていることは日常茶飯事だ。なので「髪の毛燃えてるキモーイ」系の大抵の陰口は受け流す、……ふりをして後でこっそりえげつなくやり返している。主にネット上で。だが今回のものは違う。彼の核を否定するこれは、彼にとっての確かな地雷だ。
弟、家族。これらの言葉の定義とは?同じ親から生まれていれば兄弟?腹違いという言葉もあるのに?一緒に暮らしていれば家族?それなら寮生活をしている今は家族ではないと?そもそも機械の体に魂が宿らぬなどと、どうして言い切れるのか。仮に、もしも仮にあの体に魂が入っていなかったとして、それでも『弟』をこの世に存在させることに成功した彼の苦悩と軌跡を否定する権利など、誰にもありはしないのに!
可哀想なイデアさん。僕が傍にいたら五億倍にして言い返して差し上げたのに。…あなたを理解できぬ輩のほざく言葉など、気にすることはないのですよ。あなたは周りなど気にせず研究に没頭し、極稀に傷付いたら僕のところに来ればいい。僕はあなたが弟を弟たらしめるために『何』をしたのかは正直分からないけれど、分かったふりならしてあげられる。それであなたがひととき救われるのなら、優しいあなたがこれ以上傷付かずに済むのなら。
あなたを肯定する対価に抱き締めてもらえるのなら、僕はそれでいい。大丈夫ですよ、イデアさん。僕がいます。
(2020.08.21)
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9 :
ア_ズ_ー_ル・ア_ー_シ_ェ_ン_グ_ロ_ッ_ト(t ̄w ̄s ̄t)
2023/04/30(日) 00:30
暑い。あまりにも暑い。飛行術の授業中、珊瑚の海出身の人間二年目にはこの暑さはきついと零すと、僕の指導役のクラスメイトから熱砂の国出身の人間十七年目にもこの暑さはきついぞと返ってきた。砂漠の民ですら汗を止めどなく流しているのだから、半分魚(蛸は正確には魚ではないが)の自分はそろそろ干からびてもおかしくないのでは。あまりの暑さとあまりの飛べなさに思わず天を仰いで、そして太陽を盗み見た。きっとまともに見たら眩しさで目が死ぬのだろう、そのくらいに照り輝いている。──…そういえば昔のあの人は、一目見たら死んでしまうと言わんばかりに僕の目を見ようとしなかった。それがいつしかうっかり目が合っても飛び退かなくなり、きちんと正面から僕を見据えるようになった。あの金色とも檸檬色ともつかぬ瞳をゆっくりと細めて微笑まれるのが、僕はとても好きだったりする。ああ、何だかとても会いたい。……というか会いに行っても良いのでは?この授業が終わったら放課後だし、きっと僕は今日も飛べないし、それに阿呆のように暑いのだ。暑いのが悪い。
「ジャミルさん、僕熱中症だと思いませんか?」唐突な問い掛けにクラスメイトの彼はハァ?と素っ頓狂な声を上げたが、すぐに「分かった。先生には言っておくからお大事にな」と片手をひらめかせた。彼の聡さはとても好ましい。早く友達になりたいが今はそれどころではない。熱中症といえば、以前フロイドが「ホタルイカ先輩にゆ〜っくり熱中症って言ってごらんよ、きっと愉快なことになるよぉ」と言っていた。しかしあの人はいつだって愉快だし、今日に限っては僕の頭も愉快なことになっている。あの人は今日も今日とて自室に引きこもっているだろう。さあ、会いに行こう。行き先は保健室ではなく鏡の間。
(2020.08.09)
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8 :
ア_ズ_ー_ル・ア_ー_シ_ェ_ン_グ_ロ_ッ_ト(t ̄w ̄s ̄t)
2023/04/30(日) 00:28
元来彼は腰が重く、そして慎重である。
賢い人なので、価値が無いと判断したものは極力排除しようとする。飛行術の授業など最たるものだ。科学分野において時代の最々々々先端を行く彼にとっては『箒に乗って空を飛ぶ』という根本が理解できないらしく(まあ僕もだが)、補習に連れ出そうとすると凄まじい勢いで抵抗してくる。それはもう大雨の中の散歩を断固拒否するポメラニアンのように。
更に熟考する人なので、中々動かない時がある。例えば部活の息抜きにババ抜きをしていて、僕が数字とジョーカーのカードを持ち、彼が数字を引けば上がりの場面。右か左か、フェイントを掛けたり煽ったりしつつ延々と悩んだ末に「ねぇ、右かなぁ?右だと思う…?」と心底困ったように聞かれた時は逆に此方が困ったものだ。いや僕に聞くんかい。
そういう次第なので、考えた末に実行に移さないこともあったりする。今回も、恐らくそうだろうと思っていたのだ。……彼の日記を見付けた時僕がどれだけ驚いたか、きっと彼は分からないだろう。「アズール氏が作ってくれたのが嬉しかったから、僕も作りたいな」と言われた時は正直そこまで期待していなかったけれど、……ああそうだ、彼の本質は別のところにあった。
0と1と弟の魂しか信じていないような彼にとって、日々の出来事の書き留めなど必要無いと判断してもおかしくないだろうに。いざペンを執ったとして、何を書こうか散々迷った挙句冊子ごと破り捨てたとしても不思議ではないのに。だが彼は、自分の中で一度こうと決めたら絶対に成し遂げる人だ。そしてその理由が僕の為だなんて、そんなの嬉しくないわけがない。そういえば飛行術の補習は僕を置いて追試に合格していたし、ババ抜きは左を選んで勝っていた。
ねえ、イデアさん。あなたの綴る、冬から春に変わる湿度の低い薄曇りの日のような文章が好きですよ。それでいて隠し切れないゆるキャラ感があるところも。恥ずかしくなったら鍵を掛けても構わないから、日記は消さないでくださいね。
(2020.07.28)
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7 :
ア_ズ_ー_ル・ア_ー_シ_ェ_ン_グ_ロ_ッ_ト(t ̄w ̄s ̄t)
2023/04/30(日) 00:27
呪われし一族の集会があるだとか何とかで彼が実家に一時帰宅したのは数日前。特徴的なあの髪の持ち主達が一堂に会するさまはさぞかし荘厳なのだろうと思いながらも、とぼとぼと鏡を潜る彼の背中があまりにも丸まっていたので何も言えずに見送った。
死にそうな顔色で出掛けた彼は、果たして瀕死のていで帰ってきた。親戚の子供が陽キャすぎてきつかった(シュラウド家って全員陰気な訳じゃないんですね)、ずっと大雨で頭が痛かったし船が出航できなくて帰りが遅くなった(嘆きの島にも温暖化の影響があるんでしょうか)、実家の三つ首の犬が換毛期でもふもふで可愛かった(良かったですね)、……。とりとめのない彼の話を聞きながら思うことはただ一つ、無事で良かった、と。普段は忘れがちだが強大な魔力の持ち主であり、様々な意味で“強い”弟を持つ彼がそう簡単にくたばるタマではないことくらい冷静に考えればすぐ分かるものの、何故だか彼には『ぽっくり逝きそう』と思い込ませる何かがある。僕の目の行き届かないところで本当の意味で旅立たれてしまってはたまったものではない。
長躯を抱き締め、少しだけ伸ばされた薄っぺらい背中を撫でて安堵の息を一つ。…お帰りなさい、会いたかったですよ。それからあなたの帰還より一足先に届いた嘆きの島土産の石榴くり〜むどら焼き、美味しかったです。
(2020.07.15)
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6 :
ア_ズ_ー_ル・ア_ー_シ_ェ_ン_グ_ロ_ッ_ト(t ̄w ̄s ̄t)
2023/04/30(日) 00:26
稚魚だった頃の夢を見た。蛸壺の中で、一人泣いていた頃の。暗くて狭い壺の中はとても寒々しく、流した涙は全て海水と共に流れるか、壁に吸い込まれるかのどちらか。その冷たさに落ち着いていたのも事実だけれど。──…目を開けて、飛び込んでくるのはあの頃とは違う、青色。
蛸壺は己の不甲斐なさを呪うところだった。狭くて暗い場所は奮起するためのうろだった。己を慰めてくれるものなど何も無かった。それがどうだ。この人の腕の中も、暗くて狭い。冷えた体温もあたたかくはない。それなのになぜこんなにも満たされるのか。髪を撫でる手がとても優しい。頬を擽る青髪がとても優しい。肌に触れる唇がとても優しい。毎日頑張って偉いね、と降り注ぐ声がとても優しい。この人の存在が、とても優しい。
きっともう、あの蛸壺に戻ったところで自分は泣けないのだろう。あれを壊そうとは思わない。忘れてしまいたい過去はけれど決して忘れることはできないのだから。そう、あれはもう過去のものなのだ。今はこの人が、僕にとっての蛸壺。受け入れて、慰めて、甘やかしてくれる。
ねえ、僕から離れて行っては駄目ですよ。契約書であなたを縛ることはしないけれど、あなたはずっと僕を抱き締めていないといけないんです。離れようとしようものなら、あなたのその燃え盛る豊かな髪を一本残らず引っこ抜いて毛根全てを焼いてやりますからね。
たまにはこんな記念日の恋文も良いでしょう。
1年と9ヶ月、ありがとうございます。あなただけを愛していますよ。
(2020.07.13)
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