まさか用意してると思わなくて、あいつの前で間抜けな顔を晒しちゃったんだ。それを見ても笑わなかったところも驚いたくらい。……ふぅん、って。声を漏らさずにはいられなかったよ。魔法舎の中でバレンタインデーが流行ったと思ったら、次はホワイトデー。ホワイトなんて嫌な名前だって言ってたくせに、どんな対価を求めてくるのかと訝しげにしてたら「はやく食べてください」なんて急かしてくるところなんて、怪しい術式くらいしか考えが浮かばなかったけど……おいしかったな。他の魔法使いたちは、昨日、どんな一日を過ごしたのか気になるかな。ちょっとね。

あの人、俺を猫可愛がりするのが好きなんですよ。自分はケルベロスを使役しているくせに俺のことは猫みたいだの、ふてぶてしい野良猫だの言ってくるので……あなたは餌をくれるじゃないですか、と言ったら黙り込みました。あはは、おかしい人だな。俺は誰のものにもなりませんし、縛られる趣味はありません。だから……一緒に居たくなった時に隣に居ればいいし、離れたければ会わなければいいんです。けど、オーエンが誰かに絆されるのは面白くないので俺のものにしたほうが早いかなと思って。お茶に誘ったり、スキンシップを図ってみたり。でも普通の人間たちのやり方って俺たちには合わないみたいですよ、賢者様。あの人は優しく触れるより、俺の意思が伴っているほうが良いみたいですし。例えば？急には思い浮かびませんね……ああそうだ、昨夜胸ぐらを掴んだときのほうが嬉しそうな顔をしていました。変態なんですかね？

指図されるのは嫌い。北の魔法使いはみんなそうだと思うよ、とくにあいつはね。だから追い詰めるよりもおだてた方が動かしやすい。おねだりしたり、頼み込んだりね。僕が素直に懇願してるように見えているからこそ満更でもない顔しちゃって……やっぱり癪だな。それでいていきなり気が変わるから本当に、けだもの。昨夜はミスラが部屋に来て一冊本を置いていったんだけど、それが僕みたいだってぼやいてた。絵本というか詩というか。これのどこが僕なんだよ。最後まで見てもよく分かんない。でも甘いものが好きなところは似てるかもね。『心の中が熱くなって、まるでフライパンの上で焼かれているみたいな気持ちってわかる？』その文があたまのなかをぐるぐると回っているんだ。
いじわるうさぎの日記。

「かわいそうでかわいい」
語源としては同じはずなのに、僕にとっては全然別物なんだ。あ〜あ、かわいそう。そんなかわいそうな生き物が僕のものだなんてたまらなくなるな、ってなっているのかもしれない。僕に慰められて嬉しいでしょ？安心するでしょ？なんて僕が自己肯定感の塊みたいに思われるかもしれないけど、いま目の前にいるのは紛れもない僕なんだからすべてが欲しいんだ。そもそもあいつはいかにも、しょんぼり、みたいなことにはならないんだけどさ。ただ、眠れなくて赤ん坊みたいにぐずってるところを見ると、こう……情けなくて、可愛くて、殺してやりたいよ。ミスラも心臓を隠していたらいくらでも殺し合えるのにな。あいつの臓物、どんな色艶をしているんだろう。僕のはもう散々手に取って見てるくせに、ずるくない？

え？なに？キュートアグレッション？……ふぅん、そう。たしかに、ミスラがパフェに乗ってるチェリーみたいに小さくなったら首根っこ捕まえてねぶってもいいくらいの衝動はあるかな。

鍾離さん！その工芸品の陶器、代金はどこにつけるつもりなのかな？今、お財布持ってないでしょ。だぁ〜って私が持ってるからね！誕生日にプレゼントしたのになんで持たずに出ちゃうかな。好みに合わなかった？すごく悲しいなぁ……えっ！龍髭麺ご馳走してくれるの？でも今はチ虎魚焼きがいいなぁ！……そうだ、鍾離さん。昨日書いた詩の中で他よりも多く筆先を紙面に走らせたものがあってね。
「菫色に滲む甘色は空よりも淡く、器用に傘を開く青年ひとり夜露は弾くも輝き絶えず。褐色の土が蓄えれば、蓮華は身を冷やし下を向く、臥新嘗胆の夜は朝に消えよう」
この詩はね、恋をした人を表しているの。降り注ぐ雨と、濡れた土を見て自然と思い浮かぶその人を物陰から見ているに違いないね。夜は色んなことを思うでしょ？だけど朝になれば何でもなかったかのように晴れることもある。……これが、私かって？うーん......内緒！詩人は他者に解釈を考えてもらうのが好きな生き物なの。次からは釈をつけないから鍾離さんの言葉を聞かせてよ。