ミスラの家で除湿機の水を捨てようとしたらあんまりにもたぷたぷでこぼした。うしろから咎める声が飛んでくると思ってもういっそのこと全部ぶちまけてやろうとしたけど「素晴らしいこぼし具合ですね」とか言ったから脛を蹴り上げて普段ミスラをダメにしているビーズクッションを占領しながらゲームをした。レースゲームって得意じゃないんだけど、アイテムの大砲を使うと一気に運んでくれるからあれだけは好きだよ。結局あいつには勝てないから三回くらいやったところでやめて、そのあと映画を観た。中盤くらいで、ミスラが何かに気が付いたように声を漏らしたからさ……嫌な予感がしたけど聞かなかったことにしたんだ。で、結局気になって終わった後に尋ねたら「見覚えのあるシーンだと思ったんですけど、偶然観てました」って。ねぇ、僕と観る約束してただろ。どうせ忘れてたんでしょ、最低、最悪……とか言おうか迷って、やめた。僕が聞かなければ言うつもりなかったみたいだし。面白かった？って聞けば、面白いですって返ってきたからよしとしたよ。僕ってめちゃくちゃ優しくない？ミスラは不眠だから夜によく映画を観るらしい。だから配信サービスの月額分くらいは優に元が取れてるんだろうなって思うよ。ジャンル問わずいろいろなサービスに登録してるから僕の入り浸りがさらに加速する。バカみたいな部屋の大きさにバカみたいなサイズのテレビ。そしてバカなミスラが眠るソファに腰掛けてあいつの胸板に横たわるバカな僕。
03:08 テーブルに乗ってるお菓子が食べたいけど、あれってミスラが買ってきたやつなんだよな……最近ずっと買ってるから、お気に入りなのかな。食べたら怒るかな。

類の手、爪が丸く整えられてて骨張っているのに柔らかいんだ。ステージに立つ人が指先にまで意識を乗せるのがボクにも分かるくらい、ちゃんと手入れしているんだなって。爪先から関節をふたつ辿って、くぼみのところを指の背でなぞるとちょっとだけくすぐったそうにしてから行動の元になった、なにかを探る目をするんだよ。だからボクも目を見るけど、お互いに……なんだろう。ちょっと表現が難しいんだけど、類がボクの考えていることを分かったうえで許してくれている……ことを、ボクが把握しているのも知ってる。そのまた逆のことも、ボクは知っている感覚がたまらなく好きでさ。……ちょっと、引かないでよー！だってさ、初めて屋上で指先に触れたときとは何もかも別なんだもん。手のひらが重なるだけで、まるでお互いが入れ替わっていくような感覚になる。このままふたりの細胞すら余すことなく混ざり合えば良いのにな。

……昔からの知り合いで、すごく良い子がいるんだけどさ。自分の気持ちより相手の気持ちを優先する子なんだ。好きな相手には気を遣ったりどう思われるか考えたりはすると思うけど、なにかしら自分のことを伝えようとするとき相手を傷つけてしまうかもと考えて口を閉じちゃう子。それを聞いてさ、ボクの言葉を類がどう判断するか、受け止めるかは類にしか分からないんだからって思うと同時にボクは類のことをちゃんと考えられているのかなって……恋愛初心者みたいなこと考えたりして。この世界で好きな姿を演じているからこそ、例外はありつつも自分の姿ことはもちろん好きじゃない？だからこそあたたかい言葉を口にしてる自分が好きなだけかもなって……。類のことは、好き。ただ、もしも類とお別れしたら悲しいよりも先に『惜しい』っていう気持ちが先に来るのかもしれないな。いや！これ口に出すの何回目！？まるで長生きな人みたいに、誰かとの別れることに慣れたってサムいこと言っちゃうくらい。うう……今のボク、すごく気持ち悪い。だから知り合いの純粋さを見てると原石を見つけたときみたいに綺麗で、それでいて生きづらそうだなって。類は、類のなりたいようにしかならないのにね。だからいっか、ボクはボクのしたいようにしか動けないんだから。だからこれからも欲しいものはちゃんと伝えないと。

デンジくんがクマをこさえて私の執務室に来たんだ。どうやら色々、考えているみたい。……そうだね、例え話をしようか。見返りなのか、好意なのかの話。人に見返りを求めちゃいけないことはないよ。そもそも人間の世界は互いに対価を支払って成り立っているんだから、何かを差し出せばそれに見合った何かを貰えることが刷り込まれている……と私は勝手に思っているだけ。その見合うものは主観でしかない。例えばキミが食パンを百円で買うとするでしょ？でも世界には五百円の食パンを買う人もいる。好き好んで百円の食パンを買っていたキミはそれを美味しいと思って手に入れていた。けれどそれが口に合わなくて美味しくなかったら、そのときはどうしよっか。店を変えて別のパンを選ぶ、家に帰ってひとりで文句を言う、美味しくないけど買い続ける、もっと美味しい食パンを作れと直接言う。今まで美味しいと食べていたけれど美味しくなくて食べるのを迷った時、それはキミが対価を払う対象に価値を見出せなくなっているのかもしれない。もっと美味しくしろ、前の味に戻せ、お金を払っているんだから。そう訴えるのは本当に人の自由。けれど食パンを作った人はそれが本当に作りたい味だったのかも。うん、裏切られた気持ちになるかもしれないね？その人に前のような美味しかった味を求め続けても出てこない。まぁ、脅せば出てくるかもしれないけど。キミの求める味と出された味が違うと違和感を覚えたときどう向き合うのは自由。でも、もう違うんだと理解して食べてみると案外美味しくて慣れるかも。……私？私だったらしばらく食べるのをやめるかな。たぶん試したいことが出来て、反応を見てまた求める味が出てきたらその仕組みを考える。一度好きなだけ作りたい味を作って貰ってその味を作るのに満足したら……うん。そんな感じ。あれからデンジくんがどうしたのかは分からないけど、好きなものを食べて健康でいてくれたらいいなと私は思ってるの。だって、彼には生きていて欲しいからね。

キミの心の思うままに、生きていてほしいな。

カインと賢者様が話していた「愛してるゲーム」っていう遊び、俺もラスティカとやってみたんだけど馴染みのある人とやってもあんまりゲームにならなくてさ。たしかにラスティカは愛を伝える語彙力もセンスにも溢れているから照れるより先に尊敬が勝っちゃって……あはは！俺のお師匠様、すごいでしょ？でも表現が豊かっていうと他にはルチルがすごいよね。彼の考える愛は……そうだな、柔らかくて、穏やかで、南の国の豊かさが現れてる。でも情熱がひしひしと伝わってくるような。……彼に対してはちょっと照れちゃったんだ。オーエンをゲームに誘ったら「僕とやりたいならそれなりの誠意を言葉で伝えて」って。オーエンの愛してるが聞きたい！って気持ちを伝えたら……その、すごく良い笑顔で、消えちゃった。俺、それだけで照れちゃったよ。