……また記憶が飛んでる。おまえの仕業？僕の腕を掴んでどこに連れて行こうっていうのさ。ねぇ、なんとか言えよ。賢者様。魔法舎で記憶が飛ぶと周りの魔法使いたちが、柔らかくて生ぬるい瞳をして僕を見てくる。あの双子でさえ、仕置きで衣服をひん剥こうとするわけでもなく赤ん坊を扱うみたいに着せ替え人形にしようとした。リケもシノも絵本やボールを手に中庭へ連れ出そうと近寄ってきてさ。……ミスラ。あいつも僕の顔を見て変なこと言うんだけど、何か知ってる？昨日までのあなたは殺す気になりませんでしたが今日は違いますね、殺します。だってさ。その後やっぱり殺されたし。……賢者様も、そんな生ぬるい目をするんだ。ここにいるやつらと同じだね。

ネロの仕込み終えた食材に手を出すなんて、ミスラちゃんてば命知らず……我、こわ〜い。人間が魔法使いのかけた罠や呪術に引っかかることはあっても、魔法使いをよく知る同じ魔法使いからすればまじないをかけた場所や物に手を出すのは忌諱とされておるのに大した度胸じゃのう。そもそもあやつの料理にはまじないなどかかってはおらんがな！手を出した人間……それがどうなるのか気になって夜しか眠れぬに違いない。きゃっきゃ！それはそうと片割れのスノウは我がかけたまじないには敏感でありすぐにどのようなものか分かる。安心安心。……ま、たまに勝手に解いてしまうところは可愛くないよね〜。スノウちゃん、わりと好き勝手するところがあるからの。

堕落してしまいます、と時折眉を下げるリケを見ていると不憫だなんて思わずにはいられない。自分が力を得ていることも、食事があたたかいことも、生き物として与えられるべきことも知らされずに生きてきた若い魔法使いが、俺の目の前に現れてどう扱えばいいか分からなかった。けど、なんつーかな……リケの生き方を否定はしないが、他人の手で勝手に定められるなんて、俺が生きてきた時間の中で考えただけで腹立たしいんだ。俺にとっちゃ、堕落なんて学ぶ機会もなかったし生きるか死ぬかの選択肢しかなかったから。そんな俺もリケの人生を左右していい存在になり得ちゃいけねえとは思ってるけどよ。お前の言う堕落は俺にとっちゃ至福なんだ。堕ちても良いよ、だからそんな神なんて捨てちまえ。

ここ、他の魔法使いもいるんだ。まさか名前に触れる機会があるなんて思いもしなかったから、ほんの少しだけ目で追いかけたよ。僕に賢者様たちを教えてくれた奴がいるから、良い置き土産もあるんだねって褒めてあげることにした。そのことは感謝しておいてあげる。小指の爪くらい。

早く俺を殺せるといいですね、なんて言われる夢を見て最悪の目覚め。うるさいな、ミスラは僕が石にするんだから大人しく悪食して昏倒してろよ。おまえが余裕綽々とするのはどうでもいい。言葉に含みがあるような顔をしていたことが本当に嫌で、いやで仕方なかっただけ。まるでお前が他の魔法使いに殺されてしまうような、手のひらの上で転がされるような言い方に腹が立った。あいつはそんなことしないし、言わないだろ。……ほら、あの顔。僕が殺すと言ったら、同じく殺すと返してくる。僕の好きな顔。