※愚鈍
僕のことをどうにも侮っているらしいあの恋人がいずれ読むだろうという前提で書く。手紙ではないが、不特定多数に向けた文章でもない。
スターピースカンパニーの労働環境が大変劣悪であることは身を以って知っている。僕などよりもよっぽど組織の内側に籍を置くギャンブラーの仕事ぶりは、あの男の言葉を借りて「社畜」だ。こんな関係に踏み込むよりもずっと以前から、わかりきったことだろう。
――話が変わるようだが、自分の身体に発熱の症状が出た最後は数年前のことで、それもいつぶりかと言えば正確には思い出せない幼少期以来の出来事だった。あの時はベッドに潜ってもどこに居ても、目を閉じていても開けていても、カンパニーからの招待が届いた日の夢を見た。自宅の壁紙に、踏み締める廊下に、遥か宇宙で燃えゆく星のかけらを見た。耳には補佐が選別を引き受けていたはずの取材依頼を聞いて、凡人の自覚さえも正気と共に失っていた。高熱に魘されるということを自分の身に知った瞬間だった。けれど今はきっと違う悪夢を見るのだとどうにも直感して、発熱の兆しには恐ろしさがある。深く眠り、やり過ごしたと知った朝は少しの安堵さえもした。
メッセージアプリのトークルームには「社畜」らしく帰宅の遅くなる夜に送られてくるチャットと、静かな休憩室を背景にしたビデオ通話のテキストログが残っている。それが僕は嫌いではないのだと、伝わっているのだろうか。ほんの数コールを惜しんで繋いだ通話に見せられたくだらない泣き真似が、テキスト変換には残らないことを悔やむ気持ちは? 知らないだろうな。あの男が、知る必要はないことだった。
いつになく弱った恋人の口から出てきた言葉に、僕は腹を立てているわけでも悲しんでいるわけでもない。ただ、何も感じていないわけでも、ない。その感情の輪郭を探る思考の道筋を乱すように眉間に押し当てられた唇で、愛おしさに塗り替えられてしまったとしても。僕は彼から注がれる愛情に一切の不安を感じていないし、今日の言葉の全部が全部、彼の正気の本心であるとも思っていない。けれどその心のどこかに誤謬の根が張っているのであれば、僕はそれを抜き取るための術を探そう。まずは君が本調子を取り戻すまでを寄り添っていたい。今この時に、僕に出来る限りのことをさせてくれ。