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253.バカセカ番外編スレ
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82 :やっきー
2022/11/02(水) 23:45:44
《日向視点》
身体中にまとわりつく粘液。どろどろとした念。触れている箇所から、つまり全身から『たすけて』という声が聞こえてくる。
『救って。』
私は死というものをよく知らない。本当の『死』を経験したことがないから。私はこのとき死が万能薬でないことを知った。思い出した。死んでも救われないのだ、と。それでも死に対する興味や憧れが薄まることはない。
ここに集まっている魂は全て自殺者の魂。自殺と他殺ではなにか違うのだろうか。他殺は罪ではないのか。同じ死なのになぜ。やはり死とは興味深い。
「嫌」
そう言ってみるも反応はなかった。こんなものか。いや、私の声が聞こえていないのかな。
「リリー!」
ルルがもう一度叫ぶ。耳元で叫ばないで。煩い。不快だ。
暇なのとなんとなく気が向いたのとルルから離れたいのと、そんな理由で私は未だもがいている霞月と奏芽を助けた。口に手を突っ込んで、半ば無理やりに、もう半ばは強引に粘液を引きずり出した。無理やりと強引は同じ意味か。
「かはっ、日向ちゃん? あ、ありがとう」
霞月が言う。
「はあ、はあ、私もありがとう。死ぬかと思った……」
そう簡単に死ねたら苦労しない。
「ここは?」
霞月が言う。なにも知らないままここへ来たのか。仕方のないことといえばそうなのだろうか。一つの命しか持たないヒトが命知らずな行為をすることは命への冒涜になるとは聞いたことがある。まさにそれだと思うのだけれど。
「セカイの主の体内」
簡潔にまとめて伝えると、霞月の眼球がちょっとだけ飛び出た。むしってみようか。いや面倒か。
奏芽も似たような反応だ。一様な反応はつまらないな。
「それだったら入らずに外から攻撃した方が良かったんじゃ……」
「てっきり中に敵がいるのかと……」
奏芽は不安そうに不思議そうに私に尋ねた。中に敵がいる、という状況は合っている。こんなにぎっしり詰まっているとは思わなかったと言いたいのか。
「どうして中に入ったの? そういう作戦?」
なので私は否定する。
「面白そうだったから」
断言すると、最近ではなかなか見なくなった種類の苦々しい表情を浮かべられた。最近は見ないが、回数で言えば数万と見た。見飽きた表情。
蘭の気配がしたので振り向いた。そこにいた。蘭はびっくりした顔をしたあと、緊張が緩んだような顔をした。柔和な笑みを浮かべている。でも感情は複雑そうだ。
「おかえり」
?
「ただいま」
蘭がなにを言っているのかいまいちよくわからないが蘭が望む言葉はこれだろう。そう考えて告げた。正答を選べたらしい。
『たすけて』
『助けて』
『タスケテ』
『救って』
『すくって』
『スクッテ』
魂が私の腕をガシッと掴んだ。まだか、まだか、と催促している。
出口は喪失した。彼らを救う以外の選択肢は存在しないのか。ああ、面倒だ。さっき面白そうだと思ったのは私だけれど私ではない。こうなってしまっては仕方ない。たまにはこうして受け入れてみるのもいいかもな。
しかしどうしたものか。神たる私の力も主には通用しない。
「リリの声が聞こえてきました! みんなも聞いたでしょう!? 私たちの声は届いています! みんなで呼びかけましょう!!」
ルルが興奮した様子で私たちに近づいてきた。私と蘭と、霞月と奏芽が一緒にいて一人だけ別の場所にいたことに今更気づいたようだ。
「んなことしてどーすんだよ。それでなにか解決するのか?」
蘭が荒い口調で疑問を伝えるとルルが言葉に詰まった。
「待って待って、リリちゃん? そういえばリリちゃんはどこにいるんだ? パッと見だと見当たらないけど、まさか」
そのあとは言葉にすることすらおぞましいとばかりに、霞月は不自然な箇所で言葉を切った。
「リリは……」
ルルが説明を始めたようだ。私はふと気が向いて深くへ潜った。どこまで続いているんだろう。底なんてあるのかな。ただの興味。こんな経験は初めてだから。セカイに飽きたとは言ったものの、やはり未知のものに興味はある。
「あ、おい!」
蘭が私を追ってきた。
「どこ行くんだ!」
「下」
短くまとめて言う。蘭が大きな溜め息を吐くのが聞こえた。
ぐんぐんぐんぐん沈んでいく。底は見えない。真っ暗だ。
こんなことをするのには一応理由もあったりする。考えがあったりする。ただ確証はない。
どんどんどんどん降りていって、ずぶずぶずぶずぶ落ちていって、手の先になにかが引っかかった。
「待って、日向ちゃん! 勝手に動かないで、危ないよ!!」
それは穴らしい。私はその中に入ろうとして、入れなかった。体が弾かれる。ただ片手くらいなら入りそうだ。私は背後からの声を無視して穴に片手を突っ込んだ。
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