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253.バカセカ番外編スレ
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97 :ぶたの丸焼き
2022/12/10(土) 19:37:53
ドンドンドン!
「おーい、朝だぞー」
乱暴に叩かれる扉の音に、肩が大きく跳ねる。バッと時計に目を向けるとなんと針は七時を超えていた。
「えっ、嘘! 二時間経ってるの?」
慌てて身支度を済ませて、『スヴェン』の名前を机の上に置き、ガサツに扉を開ける。顔にインクが着いているといけないので洗面だけはしっかり行った。青色のリボンは歩きながら着けよう。
「ごめん時間見てなかったー!」
「いや、急かしておいてなんだがそこまで急ぐ必要はないぞ?」
「遅刻はしないけど日向に会えなくなっちゃうじゃない!」
「まぁな」
そんなやり取りをしながら売店のパンを手渡されたのでありがたくいただく。
「いただきまー」
毎朝のクリームパン。口の中の水分が無くなっていくけど文句は言えない。かぶりつくと最後の『す』の音が消えた。
「むぐむぐ……そういえば」
ごくんとパンを飲み込んで、挨拶をする。
「おはよう、蘭」
「ああ、確かに言ってなかったな。おはよう」
「お茶取って」
「はいはい」
蘭がわたしの手提げ鞄を漁って水筒を出す。蘭は人によって対応にかなり差がある。面白いくらいに。幼く可愛らしい童顔のせいで無害だと思って話しかけて来た他人にはツンツンした態度をとる。間近で何度も見てきた。ツンツンしてるし、なんなら暴言を吐くこともある。社交性の欠片も備わっていない――社会性も怪しいかな――蘭を冷たい人だと思う人は多い。
でもわたしたちには優しいんだよね。蘭は本質的には優しい人だ。ただ、他人に心を開かないだけ。
「あれ、髪切った?」
わたしは蘭を見て思ったことを言った。クリームパンはあと一口で食べ終わる。
蘭の金から橙のグラデーションの髪がちょこーっとだけ短くなっている。
「よくわかったな。いつものことながら」
女性は見た目の変化に気づかれると喜ぶ人が多いけど、男性はそうでもないらしい? 蘭の赤みの強い橙色の瞳に浮かぶ感情に、特に変化はなかった。いや、どうなんだろ。ただ蘭がそういう人ってだけかもな。わたしは気づかれると嬉しい。
「よく見てるでしょ」
にこっと笑ってみせると、蘭もつられたように笑った。パンは全部お腹の中だ。
「首元乱れてるぞ」
「えっ、ほんと?」
蘭は「ん」と言って寮の玄関に設置されている大鏡を指した。あれで確認しろってことか。
小走りで鏡の前に立って襟を確認する。
「あちゃあ、本当だ」
焦って着たからだな、もう! 早く行かないとなのに!
乱れを正して、ついでに青色のリボンをつける。チラッと蘭のネクタイを確認した。ネクタイって難しいし、指摘された仕返しをしてやろうと思った。でも蘭の青色のネクタイはビシッと整えられていた。ちぇー。
急がないといけない。でももう間に合わないやって気持ちもある。一度鏡を見てしまうと髪をいじってしまうのは女子の性だ。わたしは手で寝癖を直し始めた。
桜色の髪も、銀灰色の瞳も割と気に入ってるんだよね。わたしって結構かわいいと思う。ナルシストみたいだな、いやいやそんなんじゃない。肌荒れもそばかすもないし、そんなに、そんなに太ってないし、小柄だし顔だって中の上くらいだ。上の上の顔に囲まれているから劣って見えるだけ。
自分の体にもうちょっと痩せてくれないかななんて文句を言いつつ鏡から離れる。振り向いて蘭を見てなんとなく言ってみた。
「蘭ってイケメンだよね」
「はあ?」
半分冗談半分本気の声が返ってきた。せっかく褒めたのに……。ま、蘭にとっての褒め言葉にはならないことは知ってるんだけど。
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