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283.短編小説のコーナー
 ┗177

177 :ベリー
2023/09/01(金) 00:55:44

 さっきまで親戚と大事な話をしていたトミにとって、この静けさは染みた。疲れ果てた心にも、えぐり取られた傷口にも。
 彼らの話だと、我も我もとアキの里親に名を挙げる者は多くいるが、トミの里親には誰も立候補していないそうだ。それどころか、トミは施設に預けるという話が今のところ一番の案だそう。
 どちらにしろ、アキとトミは離れ離れだ。
 養子だから。たったそれだけの理由は、ここまでついてまわるものだっただろうか。まるで他人事のようにトミは透明な声を海に落とし入れた。
 ボチャン、なんて音は鳴らない。だって心の言葉だもの。その代わり──

「うわぁっ──!」

 ぱしゃん! 水が物質を拒絶して、受け入れた音が飛び散る。それと重なったのはアキの驚嘆。
 突き飛ばされたアキの右半身が海に浸かる。タイミング悪く波もやってきて、アキの口内に塩水が入り込んだ。しょっぱい。
 咳をしながら体勢を整えて、アキは頭上の人物に叫びをぶつける。

「何!」

 彼女の怒りはトミの悪感情宛ではなく、常日頃からふざけているトミ自身にぶつけたものだと、トミは分かってしまう。

「クソッタレが」

 言語化できない感情をトミは雑にまとめる。体を起こそうと動くアキの顔面に膝蹴りを食らわせてやり、勢いそのままにトミはアキに馬乗りになった。

「むぎゅ、ぷはっ」

 アキの顔が海に浸かる。もちろんそのままでは息ができないため起き上がる。と、こちらを見下してくるトミと目が合った。

「──なんのつもり?」

 なんだろう。トミ自身にも分からない。湧き出る憎悪そのままに動いたのだろうか。いや、この憎悪はそこまで大きくない。
 他の感情に操られて押し倒したのだろうか。憎悪と溶け合った、言い表しがたい感情に。
 いや、ただ単に自暴自棄になっただけか。だって、これからやろうとしている事が成功した後なんて、頭にないんだもの。
 トミは、そこで思考を止めた。

「なんだと思う? 正解したらトミポイント三つ贈呈」

「──いらない」

 チカチカ点滅する世界にいることを悟られぬよう、アキは平気なフリをして顔を拭う。それが妙にヌメってて、アキは拭った手に視線を移した。赤い爪痕が残っていた。赤い水がサラリと手首に樹形図を作る。
 鼻血だ。顔全体に残る痛みを堪えるだけでいっぱいいっぱいなアキへ、更に血が出たという事実が追い打ちをかける。
 涙。出るな。ここで泣いたらトミの思い通りになってしまう気がするのだ。アキは歯を食いしばってトミをキッと睨む。

 犬の様にパッチリした目がつり上がった。腕も足も首も細い癖に。腰なんてトミがこのまま倒れ込んだら折れてしまいそうだ。弱っちい体なのに、一丁前に反抗心をむき出しにするアキが愛おしくも腹立たしい。そう思うトミの口から、

「あぁ──」

 と唸り声が漏れ出てしまって、「そう」と慌てて返事に変える。
 トミは傾きそうな感情のバケツを必死に支える。けれど少しでも傾いてしまったバケツは、止められなかった。

「そぉーやって、何でもかんでもイヤイヤ言ってたら済むとでも思ってるのか」

「え」

 ざぱん。大きな波音がアキの言葉をかき消した。いつも飄々としているトミから嫌味が出てくる事なんてない。それなのにと、アキはフリーズする。

「あー、心当たり無い感じ? あーはいはいそういうパターンね、はいはいはい。分かってるけど」

 もう五年近くは同じ屋根の下で一緒にいるのだ。アキがイヤイヤしか言わない我儘娘ではないことぐらい、トミも分かっている。常に人を見下す立場に居ると思いやがっている傲慢娘であることも、トミは分かっている。
 それでもでっち上げた嫌味を吐いて悦に浸りたかったのだから、僕は悪くない。トミはそう、無理のある自己完結をした。

「ねぇ。初めて会った時。君、僕に何言ったか覚えてる?」

「急に何。トミが何をしたいのか分からないのだけれどっ」

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