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283.短編小説のコーナー
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178 :ベリー
2023/09/01(金) 00:56:08
本当は分かってるんじゃないか? 僕がアキを知るように、アキも僕を知っているんじゃないのか? その問いかけは今必要ないと、トミはゴクンと飲み込む。
「『親から捨てられた汚い奴と、それに汚染された家で一緒に暮らしたくない』だよ」
「なんで一字一句完璧に覚えてるわけ。気色が悪い」
「お褒めに預かり光栄だ」
ついに今度の波で、制服のスカートがべっとりと太ももに張り付いて、トミは不快感を覚える。でも、トミはそんな些細なことに思考を邪魔されるような器じゃない。アキとは違って。
「というか、私は母さんを捨てた親父と一緒になりたくなかっただけで“も”あって──」
「言い訳にはナンセンスな言葉選びだね。“も”、だなぁんて?」
失敗した。とでも言いたげにアキは口を薄く開き、固まった。どうも隙をありがとう。そうトミはアキにグッと顔を近付ける。
「一緒に暮らし始めた頃、よく僕とイタズラごっこしたよね」
弾む声とは裏腹に、トミの目は笑っていない。
「僕の紅茶に洗剤を入れてくれたり、イスに画鋲を置いてくれたり。ああ、パンに彼岸花の液を塗ってくれたこともあったね。ゲロだすぐらい美味かったよ。言葉通り」
アキの双眼がワナワナと震える様子を、超直近の特等席でトミは見つめる。
「それから、君が来てから晟大は君にご執心だったね。酷いことしちゃった分、これからはアキの為に働くんだー、て。良い親バカだね」
アキの左頬と黒髪の間を、トミの白皙の指がサラリと入り込んだ。どちらも海に浸かって体は冷たい筈なのに、アキは熱した鉄みたいに熱い。トミの手元には無い温かみをアキは持っていた。
「ま、僕はどーなるんだって話なーんーだーけーどっ。どーなったと思う?」
「え──」
「ソー! 君に保護者を奪われて疎外感を感じる寂しー寂しー生活をしておりました!」
自分で質問したくせに、お前に喋る権利なんか無いと言わんばかりにトミはニッコリ笑う。
さっきまで彫刻みたいな微笑みをしていたのに、急にデフォルメが強いアニメみたいにニッコリとトミが笑う。アキの心にまた恐怖が乗せられた。
「家族にして貰えたと幸せを噛み締めてたらこの仕打ち。結局、僕は代わりだったんだよ。実娘と離れて暮らす寂しさを埋めるための、さ」
途端にトミの声色が一オクターブ落ちた。トミの横顔が夕日に照らされる。それはきっと幻想的な風景に見えるはずなのに、アキの美しいと思える感性を恐怖が蝕んだ。
スッと。アキのもう片方の頬にも指が滑り込む。それらはゆっくり、アキの頬をなぞって下に移動していく。
やめて。この後の展開が想像できて、アキは絞りだした声をトミに向けた。それでもトミの手は止まらなくて、ついにアキの首に辿り着いてしまう。
「お前さえ、いなければ──」
ゆっくりトミの手が絞まる。首を絞める。ドクドクと、血管の働きが皮膚越しに伝わって、トミは少し血の気が引く。
まって。裏返ったアキの声が、トミの気まぐれを動かした。首を絞める力が緩む。
「ならなんでっ、助けてくれたの!」
「助けた? 何を。誰が。君が飛躍させた話題を戻すお助けならナウでできますがいかがいたしましょうか、お嬢様?」
アキはトミにギョロリとした目で睨まれて、言葉を飲み込んでしまいそう。何も言わなかったらきっと、こんな怖い思いは薄くなってくれる。しかし、それを天秤にかけても尚伝えたいことがアキにはあった。
「私に嫌なことするお友達から、いつもトミは助けてくれるっ!」
「──」
今度はトミの言葉が詰まった。
嫌なことするお友達。アキのいじめっ子達のことだ。器が小さくプライドが高いアキにトミは慣れたが、集団生活ではそうもいかない。アキは女子からは冷ややかな目で見られ、男子からは触らぬ神に祟りなしと無視され、なのに彼らはアキの物を盗んだり壊したりすることにご執心だ。
「私の物を盗もうとした男子を追い払ってくれたし、集団行動はいつも一緒に組んでくれるし、帰り道だって、一緒に帰ってくれる!」
男子は追い払ったんじゃなくて、現場に訪れた第三者に、男子の方が勝手に怯えて逃げただけだ。集団行動のときは、馴染みがある人物と組んだ方がパフォーマンスが上がるからだし、一緒に帰る、のは。えっと。
トミは頭の中で言い訳を構築するも、それらはトミも自覚できるぐらい無理のある論理だった。
「なのになんで、トミは私を嫌っちゃうの!」
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