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283.短編小説のコーナー
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179 :ベリー
2023/09/01(金) 00:56:54
今までアキがトミにした仕打ちを無視した、純粋な問いかけだ。アキがトミに嫌がらせをしていたのは、アキがここへ来てばかりだった四年前の話だ。とても最近とは言えない出来事だが、無かったことにできるほど時間が経った訳でもない。トミは四年前の事なんて気にしていないだろうという、アキの無意識の驕り。それがトミの苛立ちを加速させる。
「誰が嫌ってるって、言ったんだよ──!」
ガバ、と。トミのセーラー服が擦れる。軽く首にかけていただけの手に、力が込められた。
トミにとって四年前の出来事なんて、とうの昔に水に流している。それをアキの傲慢さに言い当てられたのが、トミは悔しかった。
「くぁっ、かっ──」
苦しそうにもがくアキ。ここで上半身も海につけてしまったら、酸素がない世界で首を絞められてしまう。死が現実味を帯びてしまう。そう、アキは腹筋で体を起こしたまま、アキの腕を首から離そうと掴んで引っ張る。
首の中央部にある筋肉が、強く締められる感覚がする。青じんだ部分を強く押されるような痛み。その倍の不快感がアキの頭に広がった。
怖い。死の恐怖から逃れたい。背筋の寒気からくる欲求がアキを動かす。しかしアキの理性には、もっと大切なことがあった。
「きら、いじゃ無い、なら。なん、で。こんな──」
なんでなんだろう。トミでもトミの行動が説明できない。トミの、保護者からの愛情を奪ったアキへの憎悪は本物だし、それと同じぐらい──いや、下手したらそれ以上にアキを愛おしく思っているのも事実だ。
そうだとしても、トミがアキの首を絞めたがるのはおかしい。トミも分かっている。けど仕方ないだろう? 事実、アキへの憎しみも愛情も、アキを絞め殺す事を望んでいるのだから。これはトミが欲望に忠実に行動した結果だ。
「好きだよ」
トミの嘘偽りない憎愛がこぼれ落ちる。
「キュアァ──」
声でも言葉でもない。絞められた気管から発せられた“音”が、合図となった。ついに力が尽きたアキが押し倒される。パシャン。宙に揺蕩う水しぶきが、歪んだ夕暮れの空を映す。アキの全身は海水に使ってしまった。
アキの歪んだ表情が水面越しに見えた。ボコボコボコと、ひっきりなしに二酸化炭素が海水を押し出す。アキが何かを言っている。何を言っているのだろう。アキの事だから叫喚しているだけか、と。そう思ったら、トミの憎悪が晴らされ快感に、愛情は深くなり悦楽となった。アキの生きる証が首から伝わり気持ち悪いが、加速する劣情がそれを上回ってしまい、余計手に力が入る。
この感情をどう形容したらいいのだろう。アキを傷つけている事実に興奮しながら、トミは考える。初めは本当に、自分を虐めるアキを憎んでいた。きっかけはそう。アキが学校で虐められる側となったときだった。いつも自分を見下すアキが虐げられ、綺麗な顔をぐちゃぐちゃにしていた。なんとまあ、愛おしいのだろう。どういう訳か、トミはそう思った。発散しきれなかった憎悪が、途端に愛へ変わってしまう感覚を、その時強く感じたのだ。
アキが憎くて、共に愛おしくて。矛盾する感情に気を狂わされながら、トミは思った。アキと離れたくない、と。
「──」
首の脈が無くなった。恐る恐るトミは手を離す。アキの首には、痛々しい紫色の線が一本引かれていた。目玉は空を向いて動かない。とても綺麗とは言えない、アキの醜い顔が美しい。トミはアキの体をゆっくりすくい上げ、抱きしめてみる。海水に浸けたからか、はたまたアキの中で燃えていた火を消し去ったからか、体は氷のように冷たかった。
ああ、死んだんだ。僕の手で。トミは口を綻ばせてアキを強く抱き締めた。
「あーあ、死んじゃった」
これからどうしよう。そう思うまもなく、トミはアキを抱いて海を歩く。初めから薄らと想像していた未来設計図にしたがって、トミは夕日に向かって進む。アキと共に海に沈めたら、どれほど悔しくて憎くて、嬉しいだろうか。高まる憎悪がトミの愛情を加速させる。深くなる愛情がトミの憎悪を加速させる。
気持ちが矛盾している違和感なんて、どうでもいい。双方の感情にしたがって、一番快感を得られる道を選べれば、トミはそれでいい。彼の場合、アキを絞めて抱くのが快楽の骨頂であっただけだ。
トミの全身を海が包む。アキの黒髪がトミの体に絡みつく。苦しくなる息でさえ、今ではトミの興奮を加速させる材料だ。このまま死んだら、僕らは水に溶けて体がぐちゃぐちゃになって、原型を留めない姿に成り果てるのだろう。そんなアキの様子を間近で感じ取れるなんて、これ以上無い喜びだ。恍惚するトミは、すっかり冷えた肉塊と共に、消えかかる夕日の橋を渡った。
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