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283.短編小説のコーナー
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194 :ベリー
2023/12/05(火) 22:55:43
自分たちをガラスドームに軟禁した国がいうには、病が収まるまでこの状態を解くつもりはないと。病なんて収まるはずがない。特効薬を作る財力もウィルスを研究する人手もないのだから。実質、軟禁はとくつもりは無いと、ルレザンは国に言われたのだ。
彼らに待つ終わりは、病に犯されゾンビとなるか、ゾンビに食われ死ぬか、餓死するかだ。生き残ったって絶望しかまっていない。
「クソッ、クソッ、クソクソクソッ!!」
ルレザンの私室。彼は床に這いつくばり、何度も床を叩いた。
この世界は地獄そのものだ。自警団という仕事柄、この切羽詰まった世界で人間の汚い部分を何度も見てきた。こんなこととなるならこの世に産まれてきたくなかった。
神に何故、我々に命を吹き込んだか問えば、命を宿してみたんだと言うだろう。粗末なものだ。
「あぁああぁ──」
ルレザンの口から、ボトボトと唾液がたれる。
しかしこの地獄にも、救いはあった。ストレーリチアである。彼女は昔から、太陽のように笑う。どこまでも純粋で自分を英雄と呼んでくれるストレーリチアを、ルレザンは愛おしく思う。思うからこそ、
(その澄みきった瞳で、僕を見ないでくれ──)
仕事柄人も、ゾンビも屠ってきたルレザンは苦しむ。
今のこの感情をなんというのだろう。この痛みはなんと形容するのだろう。ああ、苦しい。胸も、頭も、腹も。肉が引きちぎられるように痛い。ああ、
「お腹が、すいた」
出しては行けない言葉。そうずっと押さえ込んでいたつもりの欲求が口をついてでた。ルレザンは慌てて自身の口に手をあてる。
食べたい。食べたい。食べてしまいたい。ストレーリチアのあの白皙の肌と、柔らかい唇を、引きちぎって咀嚼して嚥下して光悦としたい。
(いや、そんなことは許さない! この僕自身が、許さない!)
緩やかに、彼女を血でどろどろにとかして、それをゴックンと。喉奥に流し込みたい。ルレザンは懇願する。
(お前は誰だ! こんなこと考えるなんて、僕じゃない! ストレーリチアは大切な僕の希望なんだ!)
生きるためなんだ仕方ないよな。
ストレーリチアの、味付けはどんな夢がいいかな。
「あああぁぁああぁっー!!!」
全てをかき消すようにルレザンは叫ぶ。思考も欲も頭の声も、全て聞こえないように耳を塞ぐため。喉が枯れるほどに絶叫する。
「僕は誰だ! お前は誰だ!!」
化け物がとり憑いた指先でルレザンは髪を掻きむしる。
「ルレザン! どうしましたのっ!」
小鳥のような鳴き声が外からする。
ああ、君のか細い声が胃袋を刺激してたまらない。
「来るなっ。ストレーリチア、来ないで、くれ……」
貴方のその瞳に愚かな自分を映したくない。
ルレザンは覚めない夢のような感情が泥まみれに落っこちて、感じたこともないこの惨状が現実だと知る。
「ルレザン!」
ストレーリチアは小走りで自室をでる。そして隣の部屋である、ルレザンの私室を開けた。
「──るれ、ざん?」
ストレーリチアに一番に飛び込んできたのは這い蹲るルレザン。口から唾液を落とし、カーペットにそれが広がっている。頭を掻きむしるルレザンは、目隠しをしていなかった。
「──ルレザン」
全てを悟ったように、ため息を吐くようにストレーリチアは呼ぶ。
ストレーリチアを映すルレザンの瞳は色が抜け、血の色に真っ赤に染まっていた。
「任務で目を切ったというのは、嘘だったのですね。病に犯されたことを、隠すための」
ストレーリチアは落ち着いて言葉を落とした。鉛のように重いそれはルレザンに激突し、ルレザンはうなだれる。
「ちが、うんだ、チア。僕はチアとの生活を壊し、たくなくて──ごめん」
ルレザンは声を潰し懺悔する。ボタボタと垂れる透明な粘液は、もはや涙か唾液が判断がつかない。
「私も、謝らなければならないことがありますの」
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