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283.短編小説のコーナー
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78 :ラピス
2022/12/15(木) 08:02:33
毒を食らわば冠まで
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「あの女は魔女だ! 妾は嵌められたのだ! あの女は、あの女は……!」
まるで毒を食んだかのように、白く血色の悪い顔色の女を、皆が更に白い目で見ていた。
「ひどい。御母様、なんてひどいことを」
取り乱す母親の姿に怯える娘と、彼女を愛する国中の民。白雪姫、可哀想に。ああ、俺達の愛らしい姫君。七人の小人が娘を気遣って優しい声をかけている。その様子を、民達もまた、優しげな目で見遣る。自分に味方が誰一人いないのだと知ると、女は毒に力尽きたかのように崩れ落ちた。
「──言い訳はそれだけか。王妃。いいや……醜い魔女めが」
誰かが言った。その声に賛同するように、軽蔑と野次と罵声が飛んでくる。それらは狩人の放つ矢の如く、女の精神を突き刺して穴だらけにした。
「嗚呼……クソ! 白雪姫! やはりあのとき、自らの手で殺しておくべきだった!!」
白い顔のまま、女は金切り声を上げる。その様子を、可哀想な娘は泣き出しそうな目で見つめるばかりだ。
「やっと正体を現したか、醜い魔女」
民は王妃だった女を処刑した。そうして、空いた王座にちょこんと座るのは、あの可愛らしい姫君であった。
「御母様は、どうして……」
憂うような瞳の姫を、白い月が照らす。血色を感じさせぬ青白い肌でも、病的には見えず、雪と見紛うほど美しかった。
彼女は、老婆に化けた王妃から毒林檎を受け取った日のことを思い出す。
宝石のように紅く艶めく林檎に口づけをして、娘は愛らしい笑みを浮かべた。
「知ってますのよ、御母様。これは毒の果実なのでしょう?」
目論見を見破られた老婆は、顔を引き攣らせて娘を睨みつける。
「こんなもので、私を殺せると思ったの。可哀想な御母様」
白雪姫は林檎にもう一度口づけをし、そのまま齧りついた。毒の破片を口に含んだまま、彼女は笑う。
「私は皆に愛されている。あなたよりずっと美しい。あなたのように誰かに嫉妬しない。誰かを害そうなどと考えない。そして、その嫉妬すらも受け入れる」
ごくん、と嚥下する音。
「完璧でしょう? 理想的でしょう? 魔法の鏡が言う、最高の美しさは、私のもの。御母様。あなた、一生私に勝てませんのよ」
笑う。白雪姫は鋭利な殺意すらも飲み下して笑う。こんなに愛らしい嘲笑を、今までに見たことがあっただろうか。
老婆は思わず、毒に倒れる姫の体を支えた。毒林檎如きでは殺せない。そう思って、彼女の首元に掴みかかって、そして。そのきめ細かな肌と、自らの骨ばった手指を見比べて。
もう二度と、自分は一番になれないのだと悟った。目を瞑った娘が、尚も緩く笑んでいるのを知って、老婆は逃げ出した。
意識のなかった姫はその情景を知らないはずなのに、まざまざと脳裏に浮かんで見えた。
「御母様はどうして……あんなにも愚かな女だったのでしょうね?」
月しか見ていない夜。国一番の美女は、そっと微笑んだ。
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使用ワード 嘲笑、言い訳、毒
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