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283.短編小説のコーナー
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9 :げらっち
2022/06/29(水) 01:25:25
俺は職員室に通された。
ここは居住スペースの中で唯一の安全地帯に違いない。職員たちが滞在し、リビングに通ずる大きな窓と、無数の監視カメラで、利用者たちの所在を確認している。
先程の糞便はというと、職員の1人が片付けに向かった。あの程度なら、いつものことというように。
俺はようやく気を取り直し、自己紹介を済ませた。2人の先輩職員が俺を出迎えた。
「よろしくお願いします。佐水(さみず)と申します……。吉良くん、資格は持ってないんですかね……?この業界でやっていくには、資格が重要ですよ……ゼッタイ。」
中年男性の佐水職員は、小柄で線が細く、なんだか女々しい。喋り方もどこか毒をはらんでいる。オツボネ様みたいなもんだろうか。俺はなよなよした奴が嫌いだが、先輩相手なので一応頭を下げておく。
「まぁた、佐水さんは新人いびりですか?私は川口(かわぐち)です。よろしくねぇ。吉良さん、若いのにこの仕事しようって思うだけで偉いヨ。」
川口職員は大柄で髭もじゃ、眼鏡を掛けていて濃い顔だ。だが発声は明瞭で、動きも機敏。若々しい。
「よろしくお願いします!全くの未経験ですので、色々教えて下さい!」
「すばらしい心がけですね!もちろんですヨ!即戦力です!」と川口職員。佐水職員は「コラコラ……ちがうでしょ。しばらくは見学。」と言い、キャスター付きの椅子に座ってデスクワークを始めた。
川口職員が俺にわざとらしく、ひそひそと話し掛けた。
「大丈夫でしたか?はじめたばかりは吐き気を催す人も多いんです!私も最初は毎日えずいてましたヨ!」
川口職員の話によると、環境に耐えられず、すぐにやめてしまう職員も多くいるらしい。
だが俺はきっぱりと言った。
「俺にはやるべきことがありますから。」
川口職員はうんうんと頷いた。
「すばらしい。じゃあまずは基本的なことから。ここには知的障害のある方々が、44名入所されています。男女は別のスペースで暮らしていて、私たちが受け持つのは男性21名です。障害の程度は割と幅広いです。」
川口職員は窓の向こうを指さし、障害特性について語り出した。
「すごいですヨ。」
動物園というよりは水族館のようだ。ガラスの向こうで、不思議なカタチの魚たちが回遊している。
リビングには大きなソファがあり、そこに5名の入居者が座っていた。皆そこそこ年のようだが、小柄で、胡坐をかいて、共鳴するように、ゆさゆさと体を前後に揺らしている。あれはダウン症。
部屋の中をうろうろと行ったり来たりしている入居者も数名(川口職員曰く、本来はうろうろという表現はふさわしくないとの事)、急に叫んだり、椅子をガタンと倒したり、服を脱いだり、何かを思いついたように走って居室に行ってしまう。あれは自閉症。
何かと覚えることが多い。
「寛風園では、シフト制により24時間体制で入居者さんを見ています。食事介助や入浴介助、夜間見守りが主な業務です。入居者さんたちは自由奔放で楽しいことばかりですヨ。」
川口職員はニコニコと話していたが、目は笑っていなかった。
この人は俺を試すつもりだ。相当の手練れだ。
だが、どうであれ俺の目的は1つだ。
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