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376.【小説】愛と幻想のショートショート
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19 :零
2024/09/03(火) 19:08:01
僕の仕事はカウンセラー。この病院で、ずっと住み込みで働いている。実は最近、不安なんだ。自分が過去の出来事や経験をほとんど忘れてしまっていることに気付いた途端、嫌な汗がダラダラと垂れてきて、僕は今までどうやって生きてきたんだろうって怖くなったんだ。僕はこれからの事も、経験しては忘れ、経験しては忘れを延々と繰り返すのかもしれない。そんなの絶対に嫌だ。何をしても、何を食べても、多分、全部忘れてしまう。僕は一生このままなのかな。思い出せないまま、全部、全部忘れてしまうのかな。何を忘れたのか分からないから、エージェントさんや病院の人に「僕は昨日何してたっけ」と訊いても、誰も何も答えない。変だ。みんな僕の友達だったじゃないか。
不安でしょうがない。またあのヘルメットを被るの? この前、せっかく初めてできた外の友達に「また会おうね」と言って別れたばかりなのに。嫌だ。嫌だ。忘れたくない。忘れたくない。忘れたくないのに、全て忘れてしまう。今までもずっとそうだったんだろう。そんな風に考えてみたら、僕は生きる意味がだんだん、よく分からなくなってきた。蓄積できない記憶に、価値はあるのか。自分なんて、そもそも無いのではないか。分からない。やっぱり僕は一生このままなの? 生きていてもしょうがない。もう、いっそ、死にたい。
その日から、僕はカウンセリングの仕事を休んだ。ご飯を食べる気にも、外出する気にもなれなかった。多分、全部忘れちゃうから。
一カ月くらいの時間が過ぎたのかな。ある日、エージェントさんが僕に言ってきた。「ご苦労だった。お前の用は済んだ」ってね。最初は何言ってるのか分からなかったけど、銀色の銃の、丸い銃口が目に入ると、エージェントさんの言っている意味がようやく理解できた。僕は死ぬんだ。でも、なんで? そういえば今日、僕に話しかけてきた知らない女の人が「この間は楽しかったよ。これからは人工知能が君の代わりだから、君はもう終わりだけどね」と言ってきた。この間ってのはよく分からないけど、多分忘れてしまったんだろう。とにかくみんなが言うには、僕の役目は終わるらしい。
カウンセラーという僕の唯一の役割が果たせない今、僕はゴミ同然だ。と言うか、最初から誰も僕の事を好きになんかなってないんだ。みんなに騙された。みんなに裏切られた。そんな気がするよ。
不思議だな。銃を向けられると、あんなに死にたかったはずなのに、撃たれるのが怖い。
僕を撃たないで欲しい。
やめて。
僕は誰だったの?
みんなはなんだったの?
怯えて震えが止まらない。
そして「パァン」と、大きな爆発音が聞こえた。
[
引用]
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