Yahoo!ショッピング

スレ一覧
380.戦隊学園 ~虹光戦隊コボレンジャー~
 ┗86

86 :げらっち
2024/05/10(金) 10:59:18

 中は校長室とは思えない空間が広がっていた。むしろマンションの一室のようだった。
 玄関部分で先生は赤いブーツを脱いだ。私もそれに倣って上履きを脱ぐ。先生は赤い靴下、私は黒。玄関の段差にはスロープが付いていた。バリアフリーか。
 中は落ち着いたグレーのカーペットが敷かれていた。広くはないが、居心地が良さそうだ。先生はそこをすり足で歩いて行く。私もそれに続く。書類が山積みになったデスク、大量の本が詰まった棚、その横を抜ける。窓はカーテンが閉じられていたが、ここは10階。さぞかし良い景色が見られるのだろう。生徒たちを高い位置から見下ろす王様ってわけだ。
 奥の部屋には、ベッドがあった。校長室は校長の住居でもあるのか。しかもあのベッドは、介護用の、電動で高さや頭の角度を変えられるやつだ。校長が老齢だということだろうか。ベッド上に校長は居ない。何処だ?
「失礼します」
 いつみ先生が赤いポンチョのフードを取るのを、私は初めて目撃した。予想通り、真っ赤な毛の草原だった。先生は部屋の隅に向けて頭を下げた。
 私は驚いて「わあん」と叫ぶ2歩手前だった。いつみ先生の見た方向に、車椅子に座った、小柄な老人の姿があった。

 入学式に映像の姿で登場した校長。顔はその時と全く同じだった。
 だがその体、胸から下を見たのはこれが初めてだった。

「私は、アカリンジャー・落合輪蔵。戦隊の祖と呼ばれたゴリンジャーのエースで、本学園の校長です」

 式に直接参加しなかった意味、私をわざわざここに来させた理由、バリアフリーと介護ベッドの必要性、説明の言葉が無くとも、全てが一度に理解できた。

 校長は下半身不随になっていた。

 70くらいの老人は、顔はまだ威厳を保っていた。年の数だけしわが刻まれているも、年の割には肌が綺麗で、引き締まった表情をしている。黒ぶちの眼鏡をかけており、レンズの奥に目が小さく見えている。白髪は整えられ、髭も綺麗に剃られている。整容を諦めた時、人は文化的ではなくなるので、その点は気を使っているのだろう。
 しかし下半身は既に衰え切っているようだった。車椅子に座っており、足はフットサポートに乗せてある。4月の室内、生暖かい空気が流れているが、それでも寒く感じるのか、足には布が掛けられて、腰から足首まで覆い隠されていた。

 私はついその姿に見入ってしまい、挨拶を忘れていた。いつみ先生から圧をけしかけられ、私はハッとした。
「あ、小豆沢七海です。お世話になっております」
 私は深々と頭を下げた。

 すると、車椅子が私のほうに近寄ってきた。電動車椅子か?
 いやそうではなかった。私はまたもや驚かされた。車椅子の後ろに人が居た。ヘルパーだろうか。
 その人は車椅子を押して、私と先生のすぐ近くまで寄せると、屈み込み、キュッとタイヤのブレーキを掛けた。その動きは洗練されており、今まで数え切れない程その動作を繰り返してきたことが窺えた。
 ヘルパーは黒いおかっぱ頭で薄い顔、上下黒の服を着ている。背はあまり高くなく、一見して男か女かわからなかった。それどころか生気すら感じられなかった。車椅子を押すためだけに作られた人形だと言われても、私は信じるだろう。目を凝らしてイロを見ると、公一なんかとは比べ物にならないほど薄い、希釈に希釈を重ねたような、白だった。白いイロを見るのは極めて珍しい。だが、これは本当に白か? 薄すぎて透明にさえ近い。ヘルパーである彼は、気配を消すことを心得ているのか?

「呼びつけてごめんなさい。私がこのような体たらくだから」
 校長は、ゴホゴホと咳き込みながら話した。
「ゴリンジャーについては知っているかな? 知らなくても、じきに授業で習うはずです。悪は倒したが、その代償で仲間たちは死に、私はこのような体になってしまった。もう戦うことはできない」

 校長のイロは、赤かった。かつてはいつみ先生のように煌煌と輝いていたに違いない。
 でもその炎はもう、消えそうなまでに弱り切っていた。

「そこで後進の育成にあたるべく、戦隊学園を開校した。君のような若い戦力は、戦隊界の宝物だ。君は今日のテストで満足いく結果を残せなかったね? でもそれを気にする必要はない。つまり、退学になることは無い。そう伝えたかったのだよ」

「あ――ありがとうございます」
 私は再度、深く頭を下げた。
 校長はこのような状態になっても、いや、この状態になったからこそか、無上の存在感を醸し出していた。世界の平和のために、その身を犠牲にした男。そして今も戦い続ける男。
 少しでも上に立つ者を打ち負かしてやろうと思っていた、不敬な自分が恥ずかしい。

[返信][編集]



[管理事務所]
WHOCARES.JP