日記一覧
191.いろはに金平糖
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41 :石/切/丸
11/30(月) 22:56

 ✾* まじない



不意に通り抜けた木枯らしに舞う髪に、思わず目を奪われた。
日の光の下で濡れた様に輝く其れが、手招きをするかの如くゆらゆらと揺れる。
其の光景はまるで、人の器を授かる前の彼れに纏わる逸話を示している様に思えて、妖しく、そして美しい。


私の連れ合いになってくれないかと告げた日、君はこう答えたね。

#…本当に、僕でいいのかい?

見開かれた瞳の中、何時もは縦長に割れた動向が満月の様に広がっているのが、可笑しくて可愛かったよ。

#…悪趣味だねえ。僕で妥協しなくても、君の周りには幾らでも美人が居るだろうに。

続いた言葉は皮肉にも自嘲にも聞こえたけれど、僕でよければ、そう呟いて目を伏せた君の、肩を滑り落ちて行く後れ毛がとても美しかった事を、今もよく覚えている。


ああそうだ。髪、と言えば。
折に触れて、伴侶を持つ者達と連れ合いに関しての話をする時に、彼らは口を揃えてこう言うんだ。
自分の伴侶が、最も美しい髪をしている、と。
見目麗しさは言うまでもないが、然し敢えて挙げるとすれば、髪に触れている時が幸せだと其の場に集った皆が意見を同じくしたのには、流石に笑ってしまった。

烏の濡れ羽色が美しい、夜空にも似た髪を飾り付ける喜び。
何処までも清らかな冬の川を思わせる、豊かな長髪を梳り眠る幸福。
二人きりの晩に己を呼ぶ声は、其の髪の色と同じく黍砂糖の様に甘い。
己の伴侶の髪が如何に美しいかを語る彼らから水を向けられて、私が出した答えと言えば。

>ーー彼れが私の元から離れて行かない様に、夜毎まじないを掛けているよ。

其れを聞いた彼らが皆、一様に渋い顔をしたのは解せないけれどね。


ふと見れば、出逢いの頃より艶の増した髪を風に遊ばせながらも、庭を掃く箒を手に肩を竦める後ろ姿が目に入った。
贅肉の無い、しなやかに細い身体を縮める様が、此方にまでまやかしの底冷えを運ぶ。
此の季節になると、芯から冷やして部屋に戻って来る彼れを温めてやるのも私の仕事のひとつ。
そろそろ内番も終いだ。火鉢に新しい炭をくべて待とう。
縁側に下ろしていた腰を上げ、部屋へ引き返そうとした矢先ーー視界の端に捉えた光景に、動きを止めた。

舞い飛んだ枯葉の絡んだ髪に、伸ばされた手。
黒い手袋に包まれた指先が触れそうになる、其の寸前。


>ーー其れは、私のものだ。


低く呟いた声にびくりと手を止めた燭/台/切が、呆れた様な笑い顔で私を見遣る。
訝しむ様に彼と私とを見比べる青/江を手招けば、素直に此方へ掛けて来る姿は愛くるしくもあり、…恨めしくもあり。
いやしくも御神刀とされる私に、嫉妬などという感情を芽生えさせたのが誰であるかを分かっていないから、始末が悪い。

>……部屋を温めておくから、後で私の所に来なさい。いいね?

#ああ、有難う。お茶菓子もあれば嬉しいねえ。

枯葉の簪を払ってやりながら告げた、言葉の裏に隠した意図にも気付かぬ様子で頷く青/江に、思わず溜息が零れる。
くるりと踵を返して物置へと駆けて行く小さな後ろ姿を見送っていれば、其の背を追うようにゆったりと歩む燭/台/切が笑った。
まじないを掛けた君の方が、案外絡め取られてるのかもしれないね、と。

…全くだよ。
私は自分で思うより、彼れに囚われているらしい。

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