日記一覧
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204.今は昔、
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36 :
鶴_丸_国_永
09/13(日) 23:02
(>>37より昔々の昔話)
姫君からの睦言と漫罵を受ける日々をどれほど重ねただろう。
刀に向かって泣き喚くこの女は、本当に俺が愛でていたあの少女なんだろうか。そんな風に背筋が凍る思いを味わっていた筈なのに、奇異と恐怖が綯い交ぜになった視線で邸内の人々に眺められる君を見て仕舞えば憐憫が湧く。情が消えない。
俺が君の機嫌を損ねさえしなければ君はまたあの可愛らしい姫君に戻ってくれるんじゃないかと、そうすれば君が異常な人物だとは思われなくなるんじゃないかと――変わらぬ愛情を示す態度を取って仕舞ったのが最大の誤りだったんだろうなあ。
#父上様は将_軍になるの。
…何だって?何の話だい、そりゃあ。
ある日上機嫌な君が突然口にした言葉は俺の理解の範疇を超え過ぎていて、心の中に芽生えたのは驚きではなく多大なる不安だった。
#侍女達がそう噂をしていたわ。それに我が家は右_大_将_殿の血を引いているのだもの、父上様が姓を源に改めたのはそういう意図があっての事だわ。
#良かったわねえ、鶴_丸。お前は近々、将_軍の婿になるのよ。これで益々私を愛してくれるでしょう?
現身を持たない事をあれほど恨めしく思った事は無かったぜ。若しも俺が主――姫君の父上と直接口を利く事が出来たなら、きっと真相を問い質せただろうに。それが事実だというなら馬鹿な事は止せと言えた。流言ならば明らかな悪意に警戒しろと――まあ、俺に言われずともそれくらい解っていただろうが、それでも俺がこの家を想っている事くらいは伝わった筈だろうに。
結局俺は何も出来ない儘、“その日”を迎えた。
未だ年若い主は無残にも殺され、一族や近しい連中まで甚大な犠牲を出して。
ただ、決して全員が嬲り殺された訳じゃ無い。無事に窮地を脱して有力者に匿われた連中も居た。
…恐らく、君も望めばそう出来ただろうに。俺と離れるのを厭うたが故に、君は逃げなかった。敵の手には掛かりたくないと叫ぶ君の自害を手助けしたのは、俺だ。鞘から抜き放った俺の刀身を急所に突き立てて、君はわらった。
……君は、しあわせだったかい?
>俺はふしあわせだったぜ。嘗てはあれほど慈しんだ君を憎悪する程に。
これが齢十になるやならずやの少女の人生かと悍ましくなった俺の気持ちなんざ、あの世の君はきっと露程も知らないんだろうなあ。
#おおきくなったらおよめさんになってあげるね!
時折町をふらつくと、そんな声が聞こえて来る事が有る。
――あどけないその言葉を捧げられてだらしなく頬を緩ませている君、そう君だ、坊や。如何に今本気でその少女を好いていても、相応の覚悟が無くちゃあ是と答えてはいけないぜ?
…間違いだらけの俺のようになりたくなければ、な。
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37 :
鶴_丸_国_永
09/13(日) 23:03
>今は昔のそのまた昔。
#おおきくなったらつ_る_ま_るにとついであげるわ。
昔々俺が居た家の可愛い可愛い御姫様には霊力があったらしく、現身を持たない俺の姿を認識していた。そんな人間はそりゃあ珍しい、増してや産まれた頃からその成長を見守って来た愛らしい姫君がその素質を持っているとなれば、俺としても心が躍らぬ訳が無い。物心ついた頃から傍に居る内に、御姫様はそんな愛らしい言葉を俺に投げ掛けてくれるようになった訳だ。いやあ、こいつは男冥利に尽きるねえ。
>はっはは!それじゃあ大きくなるのを楽しみにしておくぜ。愛おしい姫君、君には一生退屈しないだけの驚きと幸せを齎そう。
#やくそくよ、つ_る_ま_る。うそはゆるさないから。
くしゃり、と音がしそうな程に満面の笑みを浮かべる君は本当に可愛かった。
今はこんな事を言っていても、大人になるにつれ幼い恋心など忘れて仕舞うんだろう。好いた惚れたで婚姻を結ぶ事など許されない家柄の姫、加えて相手が付喪神ときちゃあ、そもそも論として結ばれる筈も無い。
俺とて本気で恋情を受け取った訳じゃあ無かったさ。ただ只管に愛い姫君の幸せそうな顔が見たかっただけ、遊び相手としての務めを果たしただけ。…だけ、の筈だった。
気が付けば、君の言動はいつしか常軌を逸していた。
姫君としての教育を受け、徐々に物事が理解出来る年頃になって来たにも関わらず、君は頑なに俺を離そうとはしない。飽く迄其処に存在する人間と同様に扱おうとする。
#鶴_丸、これを。
そう言いながら、君は俺に朝な夕な食事の乗った膳を差し出して来る。着替えを一式用意してくれる。他にも色々、色々。――一口の太刀の前に食膳やら上等な着物やらがまるで供え物のように並んでいる光景は、家人や侍女達の目には異様なものにしか映らなかっただろう。
違う、違う。俺は君にそんな風になって欲しかった訳じゃ無い。誰からも好かれる麗しい姫に育って欲しかった。
まるで腫物に触れるかのように接され、挙句の果てには病弱という建前で人目に触れないように屋敷の奥へと押し込められる生活をさせられるなんて、俺が見ていて耐えられない。
#私は尽くしたがりなの。私が尽くしたいから尽くすだけ、それをそう騒ぎ立てないでおくれ。
君が“尽くしている”と言うそれは、俺の望みとは懸け離れているんだぜ。俺は君に尽くされているとは到底思えん。そもそも君に尽くされたいとも思っちゃあいない。
#私の行為がお前にとって迷惑でも不快でも構わない。私がお前に尽くしていると満足出来ればそれで良いのだから、お前は黙って受け取るが良い。
俺にとって迷惑で不快なものを、俺が受け取ると思うかい?
#…お前は私を愛していないのだな。幸せにすると言ったくせに、嘘吐き。女子を泣かせるなど最低な男!
…流石の俺も女子の涙には勝てない。おいおい、それは姫君が使う言葉じゃないだろうと突っ込みたくなる程の口汚さで俺を罵倒しながら恨み言を吐いて、泣きじゃくられては成す術も無かった。太刀本体がこの家に在る限り、俺は其処から消える事も儘ならない。どうすれば良いのか未だ若かった俺には解らず、ただ全ては言葉を軽んじた俺が悪かったんだと受け入れるしか出来なかったんだ。
(昔々の昔話の続きは>>36へ)
36 :
鶴_丸_国_永
09/13(日) 23:02
(>>37より昔々の昔話)
姫君からの睦言と漫罵を受ける日々をどれほど重ねただろう。
刀に向かって泣き喚くこの女は、本当に俺が愛でていたあの少女なんだろうか。そんな風に背筋が凍る思いを味わっていた筈なのに、奇異と恐怖が綯い交ぜになった視線で邸内の人々に眺められる君を見て仕舞えば憐憫が湧く。情が消えない。
俺が君の機嫌を損ねさえしなければ君はまたあの可愛らしい姫君に戻ってくれるんじゃないかと、そうすれば君が異常な人物だとは思われなくなるんじゃないかと――変わらぬ愛情を示す態度を取って仕舞ったのが最大の誤りだったんだろうなあ。
#父上様は将_軍になるの。
…何だって?何の話だい、そりゃあ。
ある日上機嫌な君が突然口にした言葉は俺の理解の範疇を超え過ぎていて、心の中に芽生えたのは驚きではなく多大なる不安だった。
#侍女達がそう噂をしていたわ。それに我が家は右_大_将_殿の血を引いているのだもの、父上様が姓を源に改めたのはそういう意図があっての事だわ。
#良かったわねえ、鶴_丸。お前は近々、将_軍の婿になるのよ。これで益々私を愛してくれるでしょう?
現身を持たない事をあれほど恨めしく思った事は無かったぜ。若しも俺が主――姫君の父上と直接口を利く事が出来たなら、きっと真相を問い質せただろうに。それが事実だというなら馬鹿な事は止せと言えた。流言ならば明らかな悪意に警戒しろと――まあ、俺に言われずともそれくらい解っていただろうが、それでも俺がこの家を想っている事くらいは伝わった筈だろうに。
結局俺は何も出来ない儘、“その日”を迎えた。
未だ年若い主は無残にも殺され、一族や近しい連中まで甚大な犠牲を出して。
ただ、決して全員が嬲り殺された訳じゃ無い。無事に窮地を脱して有力者に匿われた連中も居た。
…恐らく、君も望めばそう出来ただろうに。俺と離れるのを厭うたが故に、君は逃げなかった。敵の手には掛かりたくないと叫ぶ君の自害を手助けしたのは、俺だ。鞘から抜き放った俺の刀身を急所に突き立てて、君はわらった。
……君は、しあわせだったかい?
>俺はふしあわせだったぜ。嘗てはあれほど慈しんだ君を憎悪する程に。
これが齢十になるやならずやの少女の人生かと悍ましくなった俺の気持ちなんざ、あの世の君はきっと露程も知らないんだろうなあ。
#おおきくなったらおよめさんになってあげるね!
時折町をふらつくと、そんな声が聞こえて来る事が有る。
――あどけないその言葉を捧げられてだらしなく頬を緩ませている君、そう君だ、坊や。如何に今本気でその少女を好いていても、相応の覚悟が無くちゃあ是と答えてはいけないぜ?
…間違いだらけの俺のようになりたくなければ、な。