日記一覧
204.今は昔、
 ┗39

39 :山_姥_切_国_広
09/14(月) 23:45

>今は昔のそのまた昔。


#此方が上様から賜ったという長_船_長_義の刀ですか。
#うむ、これは大変素晴らしい。
俺が生まれて未だ間も無い頃。主は来客がある度に先ず本歌を披露し、惜しみない賛辞に満足げな表情を浮かべる。
それから徐に俺を手にするのが常だった。此方がその刀の写しとして堀_川_国_広に打たせた物ですが、という言葉を添えて。
#はあ、写しですか…そう言われてみると似ていなくもないような…。
#…見目の印象が聊か異なるのは、刀工の作風によるものでしょうかなあ。
いや、それでも一口の刀としては優れたものだと思いますが――等と付け足される台詞は社交辞令にしか聞こえなかった。此処に来てからずっとこの調子、慣れていたさ。隣で物言いたげな眼差しを送って来る本歌の存在を視界から外す為、視線を逸らしがちに伏せるのは既に癖になっていた。

>俺は望まれて鍛えられ此処に来たのに、何故こんな思いをしなくてはならない?
>俺が完成した時、国_広は得心が行ったように笑った。だから俺はきっと、少なくとも今の国_広作の刀の中では一二を争う出来の筈なんだ…!
自分にそう言い聞かせながら視界を闇で閉ざし、耳を塞ぐ。そうして主の居室の一角に飾られ他人の目に触れずにいられる時間が、俺にとってほんの僅かな休息だった。
いつものようにそんな虚しい安らぎへ意識を沈めようとしていたある日、主に掴まれて何処ぞへと運ばれて行く。ああ、また客人か、と瞼を下ろしたまま溜息を吐く俺の耳に飛び込んで来たのは、意外にも女人の声だった。
#此方が噂の堀_川_国_広の刀ですか。
#父上ったら御客人の皆様には自慢なさるのに、私にはいまだに見せて下さらずにいたなんて意地が悪う御座います。
ころころ、と。転がる鈴の音が俺の心の底に響いた。
会話の内容からすると、この女人は主の娘御らしい。主も姫君の頼みには弱いと見えて、すまんすまんと頭を掻いて目尻の皺を深めながら、彼女に見せるため俺を鞘から抜き放った。
#…何と綺麗な刀。国_広の他の刀は存じませぬが、この出来栄え、彼の傑作に相違無いのでしょう。
#燭台の灯りが反射して刀身に赤みを帯びる様が神々しくて、まるで霊剣のようですね。
本歌には然程似てはおりませぬが、寧ろそれがこの一口を一層際立てているように見えまする――やはり本歌と比較される言葉がついては来たが、飽く迄“俺”を認めてくれている事が感じられて胸が詰まる心地に襲われた。
聡明さを感じさせる明朗な物言い、真っ直ぐに向けられる瞳、整った造作。その全てに意識を奪われそうになる。
だがそれと同時に、写しの俺なんかが姫君に評価されるのは分不相応だと拗れた思考をする俺も居た。所詮写しだと侮られる俺をそのように褒めては、周りの連中に姫君の感覚が疑われて仕舞うのではないかと、卑屈な自意識過剰から抜け出せなかった。

それからというもの、俺をお気に召したらしい姫君はしばしば俺の元を訪れてくれるようになった。
確り俺を握り締める掌。優しく俺を撫でる指先。其処から伝わる人の熱と温かな感情は、俺の心を波立たせるには十分。
触れられる喜び。慈しまれる戸惑い。しかしそれ以上に胸中に広がるさざめき。――当時はその正体を知る由も無かった。注がれる愛情を素直に受け止められずに背を向けて、知らぬ存ぜぬ素振りを貫くだけで何かを返す事などしようともしなかったんだ。


(昔々の昔話の続きは>>38へ)

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38 :山_姥_切_国_広
09/14(月) 23:41

>>39より昔々の昔話)


そんな日々にも呆気無く終焉が訪れる。
敗者となった主は領地を召し上げられ、一介の浪人へと転落した。それに伴い手放される事となった俺を、姫君が最後の夜にそっと抱いてくれた事を覚えている。
その腕は随分と細くなって、月明かりに照らされたその表情も疲弊しきっているようだった。それでも凛とした美しさは変わる事無く、語り掛けて来る口調はまるで“俺”が見えているのかと錯覚するほど穏やかなものだった。
#…こんなに早く貴方を失う事になるなんて。寂しいものね。
#綺麗な貴方の事、本当に好きよ。…新しい主の元で大切にして頂きなさい。
気丈な態度とは裏腹に、ぽたりと刀身に降った一滴。それを慌てて拭おうとしたその華奢な指先の薄皮が、刃で裂けた。
俺を愛おしむ言葉をくれる彼女を傷付ける事しか出来ない己自身に、憤りが湧いた。
姫君をこんな境遇に落とした連中を全て斬り捨てて遣れたなら、と己の無力さを愧じた。
ああ、この姫君の為なら俺は折れて仕舞っても構わないのだと、そんな苛烈な感情が己の身の内に潜んでいたのだと、この瞬間にはっきりと自覚したんだ。
現身が有ったなら、と。その時は切に思った。
しかし今では、現身を有していなくて良かったと言い切れる。若しそんなものが有ったなら、俺は自分でも訳が解らない衝動の儘に無体を働いて仕舞っただろう。最も大切にしたい人の身も心も傷付けたなら、折れるどころでは済まなかった筈だ。
最後にそっと一撫でしてから、姫君は俺を布袋に仕舞った。それが俺の足_利_家との別れだ。

姫君は俺に色んな初めてをくれた。
初めて、比較するよりも早く俺自身を見てくれた人。
初めて、俺をあんなにも愛おしんでくれた人。
初めて、俺に血を吸わせた人。
歓びと戸惑いと苦しみとが入り混じって心臓を締め付ける、それが何なのか。今なら解る。
>初めて、俺が恋うた相手。
>初めて、俺が失った恋の相手。
…思い出す度に苦い気持ちが生じるのは、あの頃の俺の未熟さ故なんだろう。
>姫君の気持ちを素直に受け止められていたのなら。
>姫君への想いを俺がきちんと肯定出来ていたのなら。
彼女が俺に向けるのは恋情のそれでない事は明白で、現身を持たない俺が何を出来る訳でも無いという現実は変えようがない。
それでも、もっと正直になれていたのなら――注がれる愛に浸る幸せを知って、それ以上に愛する強さを得られていたんじゃないのかと、そう思う。
別れが必然だったのだとしても、精一杯愛して愛されたのなら、きっと悲しみは有っても悔いは無かった。そうなっていたなら、決して戻れないあの日々をもっと優しい気持ちで思い起こす事も出来たんじゃないのか。

…もう後悔はしたくない。
依然として俺の劣等感は酷い拗らせ方をしていて、好意的な言葉に耳を傾ける事は難しい。つい疑念を持って仕舞う事もある。――が。
せめて自分の気持ちを素直に認める事くらいは出来るようになろうと思う。名剣名刀でなくとも、増してや現身を得た今なら尚の事、何にどんな感情を抱いても可笑しくは無い筈だ。
いつか終わりが来るのだとしても、譬え傷付く未来が待っているのだとしても、この一瞬を大切にしたい。誰かに背中を預けるのなら、誰かの隣を歩むのなら、その相手に対する信頼と情を俺なりに精一杯ぶつけよう。
恋う相手がいつまで手の届く距離に居てくれるのかなんて判りはしない。ならその手を掴む事を躊躇って如何する。いつ俺が折れて仕舞っても構わないように、相手を失う日に悔やまないように。




>あんたが好きだ。
…この想いを、俺は今ちゃんと伝えられているだろうか。

39 :山_姥_切_国_広
09/14(月) 23:45

>今は昔のそのまた昔。


#此方が上様から賜ったという長_船_長_義の刀ですか。
#うむ、これは大変素晴らしい。
俺が生まれて未だ間も無い頃。主は来客がある度に先ず本歌を披露し、惜しみない賛辞に満足げな表情を浮かべる。
それから徐に俺を手にするのが常だった。此方がその刀の写しとして堀_川_国_広に打たせた物ですが、という言葉を添えて。
#はあ、写しですか…そう言われてみると似ていなくもないような…。
#…見目の印象が聊か異なるのは、刀工の作風によるものでしょうかなあ。
いや、それでも一口の刀としては優れたものだと思いますが――等と付け足される台詞は社交辞令にしか聞こえなかった。此処に来てからずっとこの調子、慣れていたさ。隣で物言いたげな眼差しを送って来る本歌の存在を視界から外す為、視線を逸らしがちに伏せるのは既に癖になっていた。

>俺は望まれて鍛えられ此処に来たのに、何故こんな思いをしなくてはならない?
>俺が完成した時、国_広は得心が行ったように笑った。だから俺はきっと、少なくとも今の国_広作の刀の中では一二を争う出来の筈なんだ…!
自分にそう言い聞かせながら視界を闇で閉ざし、耳を塞ぐ。そうして主の居室の一角に飾られ他人の目に触れずにいられる時間が、俺にとってほんの僅かな休息だった。
いつものようにそんな虚しい安らぎへ意識を沈めようとしていたある日、主に掴まれて何処ぞへと運ばれて行く。ああ、また客人か、と瞼を下ろしたまま溜息を吐く俺の耳に飛び込んで来たのは、意外にも女人の声だった。
#此方が噂の堀_川_国_広の刀ですか。
#父上ったら御客人の皆様には自慢なさるのに、私にはいまだに見せて下さらずにいたなんて意地が悪う御座います。
ころころ、と。転がる鈴の音が俺の心の底に響いた。
会話の内容からすると、この女人は主の娘御らしい。主も姫君の頼みには弱いと見えて、すまんすまんと頭を掻いて目尻の皺を深めながら、彼女に見せるため俺を鞘から抜き放った。
#…何と綺麗な刀。国_広の他の刀は存じませぬが、この出来栄え、彼の傑作に相違無いのでしょう。
#燭台の灯りが反射して刀身に赤みを帯びる様が神々しくて、まるで霊剣のようですね。
本歌には然程似てはおりませぬが、寧ろそれがこの一口を一層際立てているように見えまする――やはり本歌と比較される言葉がついては来たが、飽く迄“俺”を認めてくれている事が感じられて胸が詰まる心地に襲われた。
聡明さを感じさせる明朗な物言い、真っ直ぐに向けられる瞳、整った造作。その全てに意識を奪われそうになる。
だがそれと同時に、写しの俺なんかが姫君に評価されるのは分不相応だと拗れた思考をする俺も居た。所詮写しだと侮られる俺をそのように褒めては、周りの連中に姫君の感覚が疑われて仕舞うのではないかと、卑屈な自意識過剰から抜け出せなかった。

それからというもの、俺をお気に召したらしい姫君はしばしば俺の元を訪れてくれるようになった。
確り俺を握り締める掌。優しく俺を撫でる指先。其処から伝わる人の熱と温かな感情は、俺の心を波立たせるには十分。
触れられる喜び。慈しまれる戸惑い。しかしそれ以上に胸中に広がるさざめき。――当時はその正体を知る由も無かった。注がれる愛情を素直に受け止められずに背を向けて、知らぬ存ぜぬ素振りを貫くだけで何かを返す事などしようともしなかったんだ。


(昔々の昔話の続きは>>38へ)