日記一覧
262.備忘録
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147 :燭-台-切-光-忠
09/20(火) 01:49


余り褒められた話ではないが、僕は時折、深夜こっそり部屋を抜け出す。
夜歩き禁止、なんて主に言われた事は無いから、任務に支障さえ来さなければ咎められる行いでもないんだろうけどね。

人の体は夜眠るように出来ているから、ということで、この本丸での夜とは即ち眠る時間だ。
そんな時間に、どうしてわざわざ部屋を抜け出すのか、といえば、これがまた、全然色っぽい話でも何でもなくてね。
例えば、そうだな……聞こえて来る風の音が魅力的だった、とか、雨音が美しかった、とか、夜空が見たかった、とか、そんな下らない理由で、僕は夜に繰り出す。

顕現から暫くして、僕は夜を失った。
別に見えなくなった訳じゃない。ただ、夜に強い者達が余りにも見えすぎるから、他の刀に夜を任せる方が能率的になったという、ただそれだけの話だ。
だけど、それ故に。夜の景色は僕にとって、非日常へと変わってしまった。

だからだろうか。夜の世界は、僕の精神を研ぎ澄ませてくれる。
一歩、本丸から出た瞬間、まずその暗さに恐怖を覚える。
僕は生き物ではないのに、本能的な恐怖、としか形容できないものに、心臓を鷲掴みにされたような心地になるんだ。
聞こえて来るのは専ら風の音。それから時折鳴く、夜鷹の愛らしい声くらいだろうか。

見慣れたはずの城下への道さえ、まるで敵の本陣に向かう最中のような緊張感を僕に齎す。
余りにも見え方が違うから、自然と五感が鋭敏になって、周囲の情報を余すことなく拾い始める。
今の季節なら、風には枯れ草の匂いが僅かに乗って来る。こずえの揺れる音に混じって、遠くで獣が茂みを分ける音もする。
歩く度、足音が僅かに反響して、近くに人の形をしたものが居ない事を実感させられる。
ひっそりと静まり返った城下は、月と星の灯りのみに照らされて、まるで違った顔に見える。
時折、夜半に働く者達の気配が伝わって来るから、益々神経がぴりりとする。
気配を感じる度、それが無害なものだと判断する必要が有るからね。

ぐるりと城下を巡って、部屋に戻って来た瞬間、どっと疲れが体を襲う。
緊張の糸がぷつりと途切れるのを感じて、自分がどれだけ気を張り詰めていたのかを知る。
その脱力がまた、何とも言えず心地良くてね。
それでもまだ完全には緩みきらない体を布団に潜り込ませると、恐ろしくよく眠れたりするんだ。
あの感覚は、言葉では何とも説明しがたい。
張り詰めているまま安らぐような……ああ、そうだ、夜営の感覚に近いのかな。
うん、やっぱり僕は、戦場にこそ居場所を見出すらしい。

料理は好きだ。誰かの頭を撫でるのも。優しくするのも、笑って貰うのも、人らしい暖かさを持った交流は気持ちが良い。
だけど、最終的に僕らが在るべきは、生まれたその瞬間から決まっている、のかもね。


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