日記一覧
70.滅紫の黎明
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10 :鶴/丸/国/永
05/18(月) 03:08


久方振りに衣服に気に入りの香を焚き染めようと、宝物の様にそっと仕舞っておいた箱を取り出す。きっと似合うと遥か昔に彼奴に贈られた、甘い梔子の香りだ。これを焚く度に彼奴の顔を、声を、体温を思い出す。いやはや、歳を取ると感傷に浸りやすくなっていけないな。

火を灯して暫く揺らすと、煙に変わる。幸いまだ湿気て火が着かなくなっていたわけではないようで。細くたなびく甘い煙が天井まで昇っては、蜃気楼の様にゆらゆらと揺らめく。甘ったるすぎるその香りに酔う様に、未だに夢に見るんだ。こんな風に煙の中に彼奴の似姿を探して生きている俺を笑うかい?馬鹿のやる事だと笑い飛ばしてくれれば、俺も心置き無くこの香りの中に記憶を置いて行けたさ。だが生憎記憶力だけは一丁前でね、どうにも忘れさせてはくれんらしい。

指先に着いた残り香に辟易した様に眉を寄せ、最後の一本に火を灯す。これが燃え尽きたら、夢物語も終わりだ。


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