日記一覧
89.モトカレはせべ
 ┗103

103 :燭_台_切_光_忠
02/10(水) 22:44

その気配を察するたび、僕は気づかれないように後ずさりする。
誰でもいいから甘えたい、誰でもいいから聞いて欲しい、誰でもいいからこの寂しさを受け止めて今すぐ今ここで一秒でも早く!そういう、大してよくも知らない誰かの声にならない叫びを、あるいは、耳に馴染んでなにを思うこともなくなった声を聞きながら、じゃあ僕が同じことを叫んだら君は手を差し出してくれるのかな?と、意地悪な問いを投げたくなる。
聞かなくても答えは分かるから、聞かない。僕は、そんなことを思う日もこないだろう、と自分で分かってもいるから、聞かない。ばかだなあ生きづらいなあ、と笑う声は、聞かないふり。


しかし、そうやって叫んでいる子と話すことが、僕はそんなに嫌いじゃない。たまになら、という前提があるが。
今なにを考えているのか、一目見ただけで分かる子というのは、それなりに安心する。僕はこの子と違い激情を上手く隠せているな、というくだらない優越感と、僕の一言でこの子は泣いたり怒ったり喜んだり暴れ出したりするんだろうな、という相手の心臓を握っている錯覚。汚すぎるふたつのものに挟まれた僕は、唐突に自己嫌悪に苛まれ、僕よりこの子のほうがよほど真っ当だ、と頭を垂れて恭しく傅く。
主従逆転の危機は、どこにでもある。またすぐに、僕が主になる機会もあるだろう。


むき出しの、生の感情をぶつけられると、まったく関わりのない僕の心までがくがくと揺さぶられる時がある。きらい!すき!きらい!すき!きらい!おまえなんかだいきらいだ!いますぐだいてくれ!あいしてる!繰り返される言葉の羅列は、排泄器官に無理やりねじ込まれた性器みたいで、技巧もなにもない腰使いが止むまで、僕はカエルみたいに鳴き続けている。
スポイルされた感情を「吐き捨てる」と言う子がよくいるけれど「誰かに吐き捨てたかっただけなんだ」と儚げに微笑まれたところで「おまえは公衆便所だな」と言われてるようにしか聞こえないよ。出来る限りきちんと受け止めてあげたい、と、僕は思っていたのに。この裏切られたような心地は、君に「吐き捨てて」いい?


雑に扱われてぞくぞくするのは、僕が誰かを雑に扱っても「君だってそうじゃないか」と、いつでも責められるように、なのかもしれない。望む予防線が張れて、うれしくて、下着のなかで折り目正しくしていた僕のものは、いつの間にか半勃ちになる。
そうやって、雑に扱われたことの証として、心にぐっさりと差し込まれた刃は、止血の役割も果たしているんじゃないだろうか。無理に抜いてしまえば、その拍子にぱきっと折れて、そのまま、僕は出血多量で死んでしまうんだろう。
仕方ないから、痛いけど、このままでいい。
僕がここに立っている感覚なんて、風ひとつで吹き飛んでしまうぐらい、ちっぽけで頼りなくて、だから、ねえ、と、僕に安心感をもたらす不安定さをねだっても、決して頷いてくれない君は綺麗だ。

「そんなものはよくない」

だってさ。
怒ったり、悲しんだり、して欲しかった。

[削除][編集]



[戻る][設定][Admin]
WHOCARES.JP