日記一覧
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89.モトカレはせべ
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110 :
燭_台_切_光_忠
06/03(金) 03:18
付き合っていた頃、長谷部くんに薔薇の花束を贈ったことがある。
色で花言葉が異なるらしいことは知っていたけど、彼に贈るにあたって、もう一度調べ直してみた。できれば、素敵な花言葉がついている色がいい、と思ったから。
赤は、あなたを愛しています。熱烈な恋。……うーん、ちょっとありきたり過ぎるな。白は、私はあなたに相応しい。相応しいなんて一度も思ったことのない僕が贈るには、今度は敷居が高い。黄色は、嫉妬。友情。……喧嘩になっちゃう!
そうして、主の持ち物である花言葉大全集をめくっていくと、青い薔薇の花言葉が顔を出した。主の暮らしていた世界では、世にも奇妙な青い薔薇があるようだった。花言葉は、奇跡。神の祝福。
彼と付き合えたことが、僕にとっては奇跡だった。とはいえ、いつか彼と離れ離れになる日が来るだろう。そんな日がきたとしても、彼に、たくさんの祝福が降り注ぎますように。
自分勝手な願いを込めて、主に必死に頼み込み調達して貰った青い薔薇の花束を、彼に贈った。ここだけの話、給金が二ヶ月分くらい飛んだ。物珍しそうに瞬きを繰り返す長谷部くんを、僕は、やはり物珍しそうに眺めていたっけ。
あれから、幾許か、とは呼べないほどの時が過ぎ。その青い薔薇は、いまも尚、残っている。もちろん、枯れない花なんてない。いつかの薔薇は、彼の手によって押し花にされ、色あせた形で死んでいる。
#「恋愛は、ふたりで花を育てることに似てるな」
と、彼が言っていた。
ふたりで水をやって、ところ構わず現れる害虫から守り、時には長雨から守り。……けど、花が咲くまで一緒にいられたら、その後はどうするんだろう。どんなに水をあげ続けても、花はいつか枯れる。
僕らが、ふたりで育てたかった花は、もう死んでしまっているけれど、……そもそも僕らは花を育て終えられたんだろうか。咲くまで、見届けられたんだろうか。当事者だったはずなのに、当事者だったせいで、それが分からない。
「ねえ、長谷部くん。押し花になった花は、枯れてしまったことになるのかな」
#「ならないだろう。見てくれは生花に劣るが、これから先も、この見てくれのまま永遠に生き続ける」
恋愛の終わりとしては、僕らのこれは正しくないんだろうな、と思う。花は美しくあるべきで、保存性がいいからと言って、まだ生きているうちから色あせた押し花にして、殺してしまうなんて。いや、彼が言うには、この薔薇はまだ生きているらしい。
この不格好で、色あせた押し花が、僕らの過ごしてきた時間を体現したものだったんだな。なんて。別れて、時間が経ってから、改めて見つめ直すことで、気づくこともある。
僕はいま、どんな花を育てているんだろう。
僕はいま、きちんと水をやれているのかな。
僕はいま、どこにいるんだろう。
花壇にいるのか、荒野にいるのか、山頂にいるのか、川の麓にいるのか。平衡感覚だけがぽっかりと失われていて、よく分からない。
#「いつでも来い、話は聞くぞ」
と、ぶっきらぼうな君の言葉が、ぶらーんぶらーんとこころのなかで揺れている。
僕はいま、なにがしたいんだろう。
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