日記一覧
89.モトカレはせべ
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90 :燭_台_切_光_忠
01/26(火) 17:24

僕は豆大福が苦手だ。

豆全般も、大福も好きなんだが、なぜかその好きなふたつが組み合わさると、途端に受け付けなくなる。食べられない、ってわけじゃないんだが、出来れば、口にしたくはない。
そうめんも、みかんも好きだけど、そうめんに乗ってるみかんは駄目。ちょうど、そんなような気持ちだ。


以前、恋人と呼ぶ関係にあった子が、ある日「おみやげだよ」と言って、豆大福を買ってきてくれた。
豆大福が苦手な僕は、しかし苦手だということも言えず「わあ、豆大福大好きなんだ!」と、その場しのぎの嘘をついた。いや、彼女は、その後も何回か豆大福を買ってきてくれたから(僕が好きだと言ったんだから当然だけど)その場しのぎでもなかったな。

どうして「実は豆大福は苦手なんだ」と言えなかったのか、僕は今でも時々考える。答えは、未だに出ないままだ。


たまに、この子には自分の意見や気持ちを一切言ってはいけないんじゃないか、と思う子に出会う。
それも、やはりなぜかは分からない。たった一言でも自分の気持ちを伝えたら、相手が僕に興味を失くす予感があるからだろうか。件の彼女も、その部類の子だった。
たかが豆大福ひとつで何を言ってるんだ、と今なら僕も思うけど、実際、目の前に立つと竦みあがってしまう相手というのは存在する。そして、そういう目を合わせただけで石にされるみたいな、問答無用の圧迫感を持つ子は、大抵はとても魅力的だ。
心ごと縛られて支配されている感覚は、僕はそういう子にしか感じたことがない。その感覚は、紛う事なき恋だと、いつかまでは信じ込んでいた。


未だに、僕は豆大福が苦手だ。
出来れば口にしたくないし、万屋で見かけたらそっと目を逸らしたくなる。彼女のこと――いや、彼女が僕にいつも与えてくれた『心ごと縛られる』感覚が妙に生々しく思い出されて、吐き気がしてくる。
彼女に対して、今は個人的な感情は何もない。どこで何をしているかすら知らない。未練もなければ、興味も、執着もない。好きでもなければ、嫌いでもない。
彼女との思い出のひとつひとつは、どれももう随分と昔のことだから「そんなこともあったねえ」と懐かしむことが出来るほどだ。
なのに、あの感覚だけは、ふとした瞬間に、まるで今ここで起きた出来事のように思い出されるんだから、……本当に不思議だ。
ま、それを思い出すきっかけは豆大福なんだから、ちょっとした笑い話なんだけどさ。




僕は、桜餅が苦手だ。
長谷部くんが、桜餅をおみやげに買ってきてくれたことがある。僕は、ごめん、桜餅は苦手で食べられないんだ、とすんなり言えた。
彼は顔色も変えず「そうか、知らなかった」「悪い」と続けて、短_刀の子たちに買ってきたらしいみたらし団子を「じゃあ、お前はこっちだ」と、くれた。

今でも、桜餅は苦手だ。
けど、万屋で見かけても視線を逸らしたくはならない。むしろ、彼との思い出が蘇って、あたたかな気分になる。
心ごと縛られて支配される感覚とは、全く違う。生々しく蘇る思い出は、吐き気を連れてはこない。
僕はきっと、そう遠くない未来に、桜餅を好きになれるだろう。

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