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Aについて。
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137 :
跡部景吾
2010/06/03 13:24
幸福を感じる瞬間が昔よりも確実に増えた。
触れれば触れた分だけ、そこの感度が上がるように、繰り返される日常を愛しく思う。
つまりは、愛しい、と思う感性の感度が上がっている。
こう表現するのは無粋だろうか。
些細な話だ。
こうして生徒会の窓から校庭を見下ろす時は、それをキャンバスにして日吉の背中を風景の中に描いてみたりする。
些細な、本当に些細な記憶の欠片が、視線の先に相手を作り上げていく。
大抵の場合、記憶の中にいる相手は、俺を抱き締めるでもなく甘い言葉を囁くでもない。
季節に焼き付いたフィルムとして、ただそこに在るだけだ。
だが、それが他愛も無い思い出だとしても、思い出にも至らない日常の記憶だったとしても。
俺にはどうしようもなく愛しく感じられる。
突き詰めれば、俺はきっと日吉が存在しているだけでいいんだろう。
こんな病的な思考も、繰り返すなら普遍的な日常で、俺の脳味噌はその生活に染まりきっている。
笑っちまう程に危ういな。本当に困ったモンだ。
そんな事を考えながら、コーヒーカップに浅く残るそれを一気に飲み干す。
…昼休みはもう終わりか。
日吉。
俺はこんなにも幸せで、悩む事と言えば、お前をどうしたらこれ以上幸せに出来るかっつうような事ぐらいなんだよ。
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