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Lily.
 ┗125

125 :日吉若
2010/09/16 21:31

懲りずに又、俺は徒乙女に恋を識る。

‐‐‐

 余所行きの慣れぬスーツに身を包み、薄暗い光を漏らす扉を真ん中から両手で押し開いて中へと入る。カウンターの奥に並べられた大小の酒瓶、店内に流れるレコード音。深夜にも拘わらずそこそこの賑わいを見せる其の空間に、不安を覚えた。アルコールを口にする見知らぬ人達の中に望む人の姿を求めても、得られない。…未だ、辿り着いていないらしい。

相手は、来るだろうか。

自分依りもきっと、此処に来るのは難しいに違いない。先刻降り始めたばかりの霧雨の所為でスーツの上から着込んだ外套に細やかな粒子が纏わり付いている。不安が、其の粒子を震わせるんじゃ無いかと思う程に鼓動を高まらせる。
一目だけ。確か、自分は然う乞うた筈だ。見送りに来てくれ、と。視線を彷徨わせていると、カウンターに腰を据えていたひとつの影が此方を振り返った。やあ、と相手は云う。来たのか、と俺は返す。飽き飽きする程見ていたであろう其の貌が笑みを象るのを感じながら、相手の足下に鞄を見附けて、狼狽える。厭な予感に、息が詰まる。

さあ、行こうか。就寝前の挨拶をするみたいに、林檎の色は赤だと告げるみたいに、当たり前のように然う云う姿に反応出来ずに居ると、寝転んだ三日月型の口唇が開いた。
――…だって、俺のこと好きでしょ?
(何処で間違えたのか、)違う、と一言否定出来ずにいた数秒で敗れていたし、恥ずかしさと喩えようの無い恐ろしさで一歩、後退った。…気付けば店を飛び出し、走り出していた。逃げ出していた。路地の景色が後ろへ後ろへと逃げて行く。やがて息が出来なくなって、ショッピングモール街で立ち止まる。

何時の間にか雨は強くなっている。外套は重くなり、視界は髪に邪魔された。水溜まりには街灯が歪んで映っていた。空、を、仰ぐ。大嫌いな灰色の空。夜空は、黒い空でなければいけないのに。

自覚なんて無い程に、俺は焦がれていたのか。

俺は再び走り出す。
薄暗い光を漏らす扉を真ん中から両手で押し開き、中に飛び込む。笑いながら待ち構えていた彼奴の、開かれた腕の中へと勢い任せに身を添え、抱き寄せながら口づけを交わした。首の裏側に廻した腕が濡れそぼっていて、さぞかし冷たいだろうと思う俺が口にしたのは、何処か遠くに一緒に、だなんて云うつまらない科白だった。
追い掛けても来ないような、酷いオトコ。アンタの持つ伴侶だとか、家族だとかの背徳ごと、全部、

* * *

カーテンの隙間から差し込む朝日に意識が浮上した。
心臓の鼓動だけが、夢を引き継いでいる。
今まで意識したこと等無い。人気のあるひとだけれど、誓って(とは云え、誓う対象が見当たらないが)そんな目で視たことは無い。
なのに、徒乙女。
君は彼の姿で現れて、此の想いだけを残して沈黙してしまうのか。

もう一度、あの科白を言わせたい。

〔 Honeycomb 夢*似*梔子 〕

にしても、不倫の末に駆け落ちとはね。

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