ほんの少し前まで、時間を共有しているひとが居たの。どうにかして私を演奏しようとしていたひと。私自身もなんとか一緒に音を奏でたくて頑張っていた、けれど、でも――やっぱりうまくいかなくて。ほんの二日間だけだけれど、傍にいる機会が出来て…"もうお前を奏でる努力はしない"、だなんて。売り言葉に買い言葉ね。"私だって貴方に奏でさせたりしないから!"…そんな言葉を交わしたことを、話したの。「可笑しかった」って。確かにそう紡いで、私、笑っていたのに。あのひと、なんて言ったと思う?ヘッドフォン越しに聞こえたのは、「よしよし」だなんて、甘やかす声だった。その瞬間に、栓を抜かれたみたいに視界が歪んで。なんで、どうして、って。敵わないって、心の底から思ったわ。 "「可笑しかった」、そう言った声が、少し寂しそうだったから。何処か遠くに向けられていたから。こうするべきだと思った。" ねえ、あのね。わたしね、彼を奏者に選んでほんとうにほんとうに良かったと思ってる。私の音で満たして、オルガンとしての命を尽くしてしあわせにしたいと思った。 > - - - - - ✄ - - - - - ずるいわよね。分かってる。お揃いで愛用していたものが姿を変えてしまっていたこと、同じ部屋で呼吸を出来なくなってしまったこと、未練なんて無い筈なのに何処か寂しいと思ってしまうこと――卑怯だって理解しているのに。 どうしてかな。貴方には分かるかな。 貴方と体温を重ねられたら、分かるのかしら。 |