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381.【小説】箱庭のLABYRINTH
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5 :樹暁
2024/04/28(日) 10:45:56

「きゃぁぁぁああああああああ!!!!!!!」

 アリスは虚空に向かって落ちていた。霧に隠されていた落とし穴に、アリスは落ちてしまったのだ。入口から漏れる灰色の光。アリスはそれに手を伸ばすが、何も掴むことは出来ずただただ落ちていく。その顔は恐怖に引き攣っていた。黄色のエプロンドレスが風に煽られ、バタバタと暴れる音が嫌に響く。空気に腹を突かれるような不快感に包まれながら、アリスは無情にも落下運動を続ける。
(このままおちたらわたしは――)
 この穴がとんでもなく深いことはアリスにも容易に想像出来た。最悪な妄想に囚われたアリスは、いつかに予想される痛みに備えて固く目を閉じた。
「……あれ?」
 アリスが呟く。違和感に気付く。目を閉じたことで、服が風になびく音すら消えたのだ。アリスには耳を塞いだ覚えはない。それに、体に空いていた穴も塞がった。これがおかしいことに気付いたアリスは、恐る恐る目を開けた。アリスは数回パチパチと目を開閉させた。そして、アリスの表情がパッと華やいだ。
 
 やはりアリスは落下していた。しかしその速度は先程のものとは全く違っていた。あくまでアリスはゆっくりと、白く温かな光で満たされた空間を降りていた。冷たく暗い穴の中であったことは忘れ、アリスはこの空間に魅せられる。ぷかぷかと本棚やら戸棚やら服やら写真やらが浮かんでいて、それらは十分に間隔をあけてぐるりとアリスを囲んでいた。アリスの目の前で、それらは上へ上へと去って行く。
 アリスはそれに近付き触れてみた。アリスは写真を手に取った。黒髪の女性が一人、写っている。アリスが見慣れない服を着た、ボサボサの短髪の女性だ。アリスが見慣れた服と言えばアリスが今着ているエプロンドレスと白ウサギの派手なチョッキくらいなので、アリスには見慣れない服の方が多い。しかもよく見れば写真の中の女性は肌のあちこちに傷がある。赤青黒の痣だったり、黄色く膿んだ肌の裂け目だったり。アリスはそれらが傷だとは分からなかった。自分の体にそれらが出来たことがないから。自分のものであろうが他人のものであろうが、アリスは『肉体的な傷』を見たのはこれが初めてだった。アリスはなんとなく、嫌な気分になった。
 女の後ろには、模様があった。いや、汚い文字だ。アリスには読めない。
「ね……るな……?」
 他にも文字らしき羅列はあるが、考えているとアリスは頭が痛くなった。そしてぷかぷかと浮いている戸棚の上に写真を置いた。元々写真は浮いていたのでそのまま手を離しても良いのでは、と思いもしたが、万一落ちて穴の下にいるかもしれない誰かにぶつかりでもしたら大変だと思ったのだ。

 他にもぬいぐるみやらティーセットやら、楽しい物が沢山あった。アリスは何故だか懐かしさを感じ、それもあってそれらを手に取ると楽しい気持ちになった。
「このこたちはどこからきたのかしら?」
 アリスは呟いてみるが、生憎その問いに答える者はいない。アリスはもやもやする気持ちを小物達で遊ぶことで何とか解消した。

 そんな一時的な遊びにも飽きてしばらく落下を続けていると、だんだん物が少なくなってきた。次第に辺りも暗くなり、漸くアリスは自分が穴に落ちてしまっていたことを思い出した。
 さらに落下が進むと、視界の下の方で再び白い光が見えてきた。しかし今度は先程のような空間を包む強い光ではなく、弱く点々とした光、それが複数ある。

 ザ、ザザッ……ザッ……

 不快な音が嫌に耳に響く。アリスはその光が何なのか見極めるべく、じっと光を見つめたが、光から距離が離れているのでよく見えない。それでも辛抱強く光を睨んでいたが諦めて、自分の体が光に近づくのを待った。目を凝らしたせいか、アリスの頭がズキズキと痛む。

 ザザザッ……ザ、ザザッザッ……

 光が大きくなるにつれ、音も大きくなり、アリスは耳を塞ぎたくなった。心做しか、キーンというか細い耳鳴りも感じる。
「これ、なに?」
 ハッキリと光の正体を確認できた。それは、映像だった。空間の黒とは対照的な無機質な四角形。小物たちと同じように自身を取り囲むそれらから、アリスは何となく閉塞感を感じた。アリスは無数の白い画面の一つを見た。何を映しているのか、誰を映しているのか、何処を映しているのかわからない。しかしアリスは見覚えがあった。何故かは分からない。ただ、『見たことがあった』。

 耳鳴りが強くなった。頭の痛みも増してきた。

「あ、れ? 私、どうして……」

 視界がゆっくり暗くなる。見えるたくさんの映像もぼやけていく。
 消える意識の片隅で、アリスはこんな声を聞いた気がした。

『……なに……な……でやる!!!』

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