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381.【小説】箱庭のLABYRINTH
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9 :樹暁
2024/05/04(土) 16:01:52

「ガッ」
 飲み込んだ液体を吐き出そうとしてアリスは喉を鳴らす。渇きと痛みで悲鳴すら出てこない。吐瀉物はおろか胃酸さえ垂れて来ないがアリスの生存本能が防衛本能がアリスにそうさせるのだ。 苦みと痛みによる麻痺が舌から始まり、全身に回り、アリスは何も考えられなくなる。
「カ……ああ、ぅあ」
 ぽたり、ぽたりと雫が垂れた。口から滴る唾液だろうか、いやそれ以上のアリスの青眼を溶かして床に落ちる多量の涙だ。
「あ、あ、うわああぁぁ……」
 アリスは泣きじゃくる。永遠にアリスの口内に居候するかと思われた苦汁は案外直ぐに消え失せた。アリスの涙の訳は別に有る。アリスの意志など関係無いと言いたげに、涙は無許可にアリスの目頭を焼き、その熱と共にアリスから出て行く。そのせいでアリスの体温は急激に低下した。アリスは自身を抱いた。そうでもしなければ消え行く熱に耐えられないと思った。
  
 時間が経って、暫くして、アリスの嗚咽が消えた。アリスの瞼は閉じられている。時間の経過によって涙の跡が着いた乾いた頬が冷たい冷たい、苔の生えたような床にくっついている。
 細く短く頼りない呼吸音だけが響く洞窟で、アリスは呆然と横たわっていた。
 悲しいとか辛いとか、先程まで原因不明の負の感情に苛まれ蝕まれのたうち回っていたアリスは妙に静かであった。
 はあ、とか、ふう、とか。弱弱しいアリスの呼吸音がやけに洞窟に響く。響く程の大きな呼吸音なのに、アリスの体はアリスが息を吐いても吸ってもほとんど動かない。
「……あ」
 アリスから音がする。意味も持たずに出された声は、言葉ではなく音と定義付けられる。
「さむ、い」
 今度の声は言葉だった。ふるっと体を震わせて、アリスは体を起こそうした。アリスの体は震えることで懸命に体温を上げようとしたが、いつまで経ってもアリスが動く気配はない。
「ここ、どこ?」
 アリスはつぶやく。
「え、なにここ」
 青眼からは光が無くなり、不安気に辺りに視線を彷徨わせる。体が動かないことに驚き、体温の低さに戸惑う。先の見えない真っ暗な洞窟の中を見回して、恐怖の色に表情を染める。
「おか、さん、おかあ、さん……」
 渇いた喉に唾液を送り、必死に、存在しない『彼女』の母を呼ぶ。
「誰か、誰か助けッ……ゲホゲホッ」
 無理に大声を出そうとしたせいで声帯に負荷が掛かり、アリスは咳き込む。頭がぐらっと傾いてアリスは岩肌に頭を打ち付けた。じんわりと広がる痛みを押さえる。
「あたし、なんで、こんなところに」
 自分の存在に疑問を抱き、脳内に保管されているはずの記憶を漁る。
「え」
 しかし、いくら記憶の箱を探っても、ひっくり返しても、全て空、空、空。アリスの中に記憶なんてものはなく、アリスの頭には大きな穴が空いていた。
「いや、いやっ! おかあさん! おとうさん!」
 出ない声を必死に絞り出し、アリスは叫んだ。冷たい石と同化していく自身の足を見て、このままでは自分という存在が消えて無くなって仕舞うと考えたから。痛みなんてものを感じる余裕もなく叫ぶ。
「消えたくない! あたしは此処に居るの!」
 アリスから、何者かが意識を奪っていく。
「待って! あたしは! ……あたしは」
 アリスは強くそれを掴もうとしたが叶わずに、そのままされるがままに瞼を降ろす。アリスの世界は黒に沈んだ。
 
 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
 
 芝生の上ですやすやと寝息を立てるアリスの横に、ノナンが腰を下ろした。空間に薄く張られた闇の中、キラキラと光るアリスの金髪を撫でながら、ノナンは呟く。
「ようこそアリス。[箱庭]へ。
 罪深い、小さな命よ」

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