この間、足跡を辿った海辺の近くを通りかかったときにエメトセルクが猫を見つけて教えてくれた。金の目をしたちょっと毛足の長い黒い猫。近くへ行こうとしたらすぐに逃げられてしまったけれどね。使い魔というよりは、野生化した個体に見えた。ずいぶん狭い隙間へ入り込んで行ったようだけど、付近に住処があるのかな。別の獣かと思っていた足跡も、この子のものだったのかもしれない。……まあ、あれだけたくさんあったのだから、一頭や二頭ではないはずだ。案外いろいろな種の獣が暮らしているのかもしれないね。
ふと食べたくなったとのことで、外で食事をとってきたんだ。アーモロートからは少し離れた町にある場所でね。きっと古くから町の人に愛されてきたのだろう、趣のある佇まいでとても過ごしやすかった。エメトセルクとときどきこういう場所を訪れることがある。ワタシはとくに、こういう雰囲気って好きなんだよね。内装も調度品もあまり見かけないものが多くておもしろいし。特別な時間が流れている気がするよ。彼もこういうのを好ましいと思っているのかな……。エメトセルクの場合「私は別に好きでも嫌いでもないが、お前が好きだろうと思ったからここにした」とか言い出しかねないんだよ。そういう嬉しいことを、至極真面目にやってくれるんだから彼ってすごいよね。
以前、旅先で訪ねた場所もすごくよかったね、ってエメトセルクと話してた。今日の場所と似た雰囲気だったから思い出していたんだよ。気軽には行けないところにあるから、再訪できるかどうかは難しいところだけれど機会に恵まれたらぜひまた行きたいな。無造作に置いてあった本の内容が、あの場所の雰囲気と相まって妙に印象に残ってる。
……旅先の何気ない場面、覚えておきたい瞬間はたくさんある。けれど、時間が経つとどうしたって薄れていってしまう。こんなふうに、思い出したときに書きとめておけると少しはいいのかもしれないね。というわけで今後も相変わらず、取り留めのないことをたくさん書いていこうと思うよ。
普段はエメトセルクの部屋に入り浸っているんだけど、事情があってここしばらくは、自分の家に帰っているんだ。官庁街から少し離れた場所にあるのもあって、ついついエメトセルクの部屋で過ごしてしまっていたのさ。はじめは山ほど文句を言われていたけど、さすがの彼もそのうち諦めたみたいだね。今では毎夜同じベッドで眠るのを許してくれるくらいに順応してくれていて、ワタシとしては大変助かっているよ!
久しぶりの自宅は相変わらず物が多くて笑ってる。ワタシのちょっとした収集癖の話は以前にも書いたことがあるような気がするなぁ。何気なく気になったこまごましたものを手元に置いていたら、いつの間にかそれなりの品揃えになっちゃってね。こういうごちゃごちゃした空間、過ごしてみるとワタシは案外落ち着くものなんだけど、エメトセルクにはきっと耐えられないだろうなぁ……フフフ。そのへんに積んである本を気まぐれに手に取って開いたらそれだけで時間が過ぎてしまったよ。これは一度時間をとってちゃんと整理したほうがよさそうだね。
それに比べて、エメトセルクの部屋はずいぶんすっきりしている印象だ。必要最小限のものしかないし、どこに何があるかもしっかり把握してるし。ワタシやアゼムが持ち込む余計なもの以外はよく整頓された部屋だと思うな。フフフ……彼ってば真面目だからさ、わけのわからない土産物なんかでも「また余計なものを!」って文句を言いながら律儀にとっておいてくれるんだよね。おかげで、彼の部屋にはそぐわない可愛らしいぬいぐるみなんかも飾ってある。……エメトセルクってああ見えて、案外かわいいものは嫌いじゃないから、まあいいのかな?だけど、これ以上増やすとさすがに怒られそうだ。最近は、旅先で素敵な置物を見つけても「いらん、必要ない。さっさと元の場所に戻してこい。だいたいお前はそれを持ち帰ってどこに置くつもりだ?」って厳しく監視されちゃうんだよね。彼の部屋に余計なものが増えすぎると、最悪の場合ワタシが追い出されかねないからちゃんと我慢するとも。
……それにしても、こんなに一緒にいるんだから、もういっそ同じ家で暮らすのもいいと思うのだけれど……。ひとつはっきりしているのは、この宝の山をどうにかしないことには頷いてはもらえないってことだね!
エメトセルクは、今日は座の仕事で喚ばれていてね、ワタシはふたりで眠るベッドをひとりじめさせてもらってるってわけさ。こうしてひとりきりでいると、いつもならここにいるはずの彼のことを考えるんだよ。
エメトセルクは壁のほうを向いて寝るのを好んでいて、壁際が彼の定位置だ。狭くないの?って聞いても、そっちのほうが落ち着くんだそうだ。反対側だと、ベッドから落ちそうで安眠できないらしい。フフ……彼、寝相はそんなに悪くないのに。心配性なところがなんだか可愛いよね。
いつからか、ワタシは彼を抱きしめて眠るようになった。ずいぶん前のことだからなあ……出会って間もないころから、そうやってくっつくと安心して眠れるんだ。
腕の中にすっぽり包まるようにして抱きしめる。エメトセルクはそういうときいつもより少し幼く感じる。ベッドに寝転んでいると、ほら、身長の差をあまり感じないでしょ?……だからかな、彼が出会ったころのように幼く思えて、今も昔も変わらず大切な存在だって実感するんだ。
彼はワタシの腕を引き寄せて、それを抱きしめるみたいにして眠ってくれる。片腕はエメトセルクの抱き枕になってるから、反対側の空いている手で髪や体を撫でたりしてね。
ワタシがくっつくと暖かいんだそうだ。今のようなまだ肌寒い時期はエメトセルクのほうから抱き枕を所望してくれたりもするんだけど、だんだん気温の上がる時期になってくると、「お前がいると暑苦しい、離れろ」……って言われてあんまりくっつけなくなるのは少し難点かな。エメトセルクはワタシより体温が低いから、触れるといつもひんやりとしていて心地がいいんだ。自分とは違う体温に安心する。
……こうやって抱きしめていられるのも最初だけで、本格的に寝ようって言う段階になるとワタシの腕は結局、邪魔だって外されちゃうんだけどね。それでもワタシの足につま先を触れさせてくるのが……フフフ、本当に可愛いよね。ワタシがちゃんと隣にいるのを確認してるんだ。
彼の眠りがいつも安らかであることをワタシは祈っているんだよ。彼が心配なくぐっすり眠って、心地よい夢がどうか見られますようにって、いつもいつも願ってる。互いの体温を感じながら、こうして一緒に同じベッドで微睡むことがなにより幸せな時間だって思う。
ワタシは彼がいてくれればそれでいい。エメトセルクの幸せをそれがワタシの幸せだって本当に心の底からそう思うんだよ。この幸せがどうかずっと消えないように、終わらないように願おう。彼が、ワタシが、星に還るまで、ずっと。
エメトセルクにはお気に入りの海辺がいくつかある。今回訪れたのはそのうちのひとつだった。穏やかで静かな海……川が注ぐ河口付近の割にはエーテルのバランスも落ち着いている。小さな生物たちにはちょうどいい環境になっているようで、くるたびになかなかおもしろい発見があったりするんだよね。
以前訪れたときはたしか、ちっちゃい蟹がいたんだったかな。そうそう、動きの鈍い子がいて追いかけてみたんだけど、結局逃げられちゃったんだった。エメトセルクは少なくなった個体を真剣に探してじっと観察していた記憶があるよ。手記を読み返してみると、前回訪れたのは夏の終わりのころだったみたいだ。そろそろ季節が移ろっていく時期でもあるし、この場所にもなにか変化が起きているかもしれない。
まだ冷たい海風に晒された海岸を歩く。砂に潜る蟹や貝なんかの生き物はいなかったけれど、代わりにふと気づいた。浜辺に足跡があるんだ。朝早くに降った雨のおかげで砂が湿って、残りやすい状態だったみたいだ。陽射しに照らされて乾ききった砂だったら見つけられなかっただろうね。エーテルの痕跡からしても小型の獣に間違いない。ワタシたちが足跡を辿ってみると、海辺の洞窟に辿り着いた。きっとここが住処なんだろうね。夜に活動する獣らしく姿を見ることはできなかったけれど、彼らの暮らす場所にまで踏み込むのはやめにしておいた。
……それにしても「足跡を辿る」なんてちょっとワクワクしたなあ。まあ、冒険好きの友人に恵まれたものだからこれ以上に危なっかしい冒険ももちろんしているんだけど。フフ、なんだか子どものころを思い出したよ。……エメトセルクってば、表情は変わらないままなのに、瞳の奥に隠しきれない好奇心が輝いているのは幼いころと同じなんだから。それを汲みとるのは、エーテルを視るよりずっと難しいことなんだよね。ワタシはその輝きに惹かれていた。ずっと隣で見守っていたものだから、こうして今もあの光を見逃さずにいられるってわけさ。
エメトセルクお気に入りのこの海では、そんな風に人知れず瞳を輝かせるような場面がたくさんある。だからワタシにとっても、ここはお気に入りの場所なんだ。近いうちにまた訪れてみようね。
相変わらず小型生物の創造っていうのは人気があって、犬や猫に類する生き物を視る機会がよくあるんだよね。
この前視せてもらったのは猫だった。毛足が長くて凛とした顔立ちの可愛い子だったんだけど……どことなく、エメトセルクに似てる気がしてさ。その子はずっと眠そうに窓辺に佇んでた。外を見るのが好きなのかもね。撫でてみても嫌がりはしなかったからしばらくフワフワを堪能させてもらっちゃった。昼寝の邪魔をされて鬱陶しそうにしながらも「まあ……悪くない」って感じで好きに撫でさせてくれるんだ。好みのポイントがあるみたいで、耳の横を撫でてたら「もっとしろ」とばかりに擦り寄ってくれたのもかわいかったなあ。
……フフフ、じつはそのときエメトセルクも一緒にいたんだよね。ワタシが猫と戯れているあいだ、大人しく待っててくれたんだけど。その猫を含め、滞りなくイデアの審査が終わって、ワタシたちは普段どおり帰路についた。さっきの猫、どことなくキミに似ていたねってワタシが話しているのを黙って聞いていたエメトセルクだった。ひととおり話を聞き終えたとき彼はぼそりと吐き出した。「……次は私を構え」ってさ。びっくりしたよね……普段の彼ならきっと言うことはない一言だ。帰宅してからは思いっきり抱きしめて存分になでなでしたとも!エメトセルクが一番可愛いよってワタシが言うと「どうだかな……なにしろ動物にヤキモチを妬くような奴だぞ?」なんて溜息をつくんだよ。こんなのは可愛いで間違いないと思う。
いつもはなかなか素直になってくれない彼の貴重な愛情表現だ。エメトセルク似の猫もかわいいけど、本物に勝るものはないなあって実感してしまうよね。