2、3ヶ月前くらいからひとりでずっと釣りをしている。釣りの話は去年の秋にヒュトロダエウスも書いているが(p.145)あのときはまだ本格的には始めていなかったからな……本腰を入れることにした。とくにきっかけがあったわけではなく、不意に思い立っただけなんだが。
事前に釣り場やそこで釣れる魚、餌、時間、天気を下調べして用意する……個人的にはそこがいちばん楽しいところだと思っている。もちろん到着したあとの、川のせせらぎや鳥のさえずりを聞きながらゆったりとひとりで静かに過ごす時間もいいものだ。
そうして釣りをしているとときどき……その釣り場のヌシだろうか。見慣れない魚が釣れたり、その魚のエーテルが水面下に視えたりすることもある。
もしやこういった魚はどこの釣り場にもいるものなのではないか?そう思った私は調べてみることにしたわけだ。適当なミトロン院の連中に声をかけ、アーモロートから比較的近い海や川に生息している魚類について話を聞いた。
するとやはりそういった魚は大抵どこにでもいることはいるらしいのだが、専用の餌でないとかからなかったり悪天候の日しか出てこなかったり、特定の条件がそろわないと釣れないことがほとんどだと言う。そして条件がそろってなお、最終的に釣れるかどうかは運次第だときた。
エーテルが人より視える分、常人よりは捕えやすいのだろうが……正直なんの意味があってこれをしているのかがわからない。ただただ無意味に時間を浪費しているような気もする。「こんなことより星のためになることをした方がいいんじゃないのか……?」と思う日もなくはない。だが一度始めてしまった以上、妥協したり途中で諦めることは許されない……私が私を許せない。
そんな様子の私がヒュトロダエウスはとても面白いらしく、定期的に「それ、楽しいのかい?」と聞かれる。
わからん……わからんがやらなくてはいけないような気がする……。どうしたらやめられるんだ……。
最近エリディブスの付き添いで仕事を手伝わせてもらっているんだが、いろいろと新鮮で楽しい。若いな……。
私たちの腕前を褒めてくれているが、私は適宜バリアを張っているエリディブスの方に感心した。あったな、そんな技も……(攻撃することしか考えていない人間)
重要な案件に携わることができて感謝している。大したことは教えてやれないが、これからも手があいたときには顔を出すつもりだ。多少のことなら手伝ってやれるだろう……。
この間ヒュトロダエウスが出かけるときに、例の創造生物がまるで行ってほしくないとばかりに切なそうに鳴いたんだ。するとヒュトロダエウスはそいつを一瞥したあと、私に向かって「キミも行ってほしくなさそうだ」と言ってきた。
「はあ?そんなわけないだろう、さっさと行ってこい」
しっしっ、と手で追い払うようにしてみせてもヒュトロダエウスは「そう?」とずっと笑っている。
……あとで何がそんなにおかしかったのか、と訊ねてみると「だってキミ、顔が行ってほしくなさそうだったんだもの」と返ってきた。
……自分は、まあ……そんなに無表情でわかりづらい人間だとは思わないが、そこまで正確に読み取れるものなのか……?いや、今回の場合はヒュトロダエウスのポジティブな思考にまみれた主観が入り込んでいるに違いない。なぜなら私の行ってほしくないという気持ちはほんの少しでしかない。表情に出るほどの強い思いではなかったはずだ。となるとそれはもうほとんどヒュトロダエウスの「エメトセルクがこう思ってくれてるといいなぁ」という願望だろう。私がしていたらしい行ってほしくない顔というのも、そんなお前の願望が見せた幻想でしかない。
お前が幻影の私を創るとしたら、本来の私とだいぶかけ離れたものを創りそうだな……。
以前から彼のことが少し心配だったんだ。ほら、何に対しても真面目で考えすぎちゃうところがあるでしょ?エメトセルクって。人よりも具体的に考えてしまうみたいなんだよ。たとえば、突然起きるかもしれない災害とか、遭うかもしれない事故とか、予想もしていない病とか。もしもそうなった場合、自分はどうするのか、どうすべきなのか。……うん、ワタシや周りの人々からしてみたら、考えなくてもいいことって分類されてしまうような想像だ。実際に起こりうる可能性は恐らく高いとは言えない。だけど、全くないとも言いきれない。そんなことをね、特に独りきりで眠る前なんかに、とりとめもなく考えてしまうんだって。いろいろ考えすぎたせいで余計に眠れなくなるなんてことも一度や二度じゃないだろう。もともと、膨大なエーテルを冥界から自在に引き出せるような稀有な能力の持ち主だ。睡眠で補給する必要もさほどない。思慮深いところは彼の美点だと思っているけど、度が過ぎるとやっぱり気がかりにはなるよね。とはいえ、彼の思考のクセにまで手出しはできない。ワタシにできるのはせいぜい気を紛らわすくらいなものさ。共に過ごせる夜なら、瞼が重くなるまで語らうことができる。エーテルが尽きるほど愛し合うこともね。……そうやって、いつでも彼が眠りにつくまで見守ることができればいいんだけど、片時も離れずずっと……というのはさすがに難しい。厚手のカーテンをかけて街灯りを遮ってみたり、小型の演奏装置で音楽を奏でてみたり、眠りに誘う香を使ったり……できる限りのことはしてみたけど、やはり彼にとって熟睡を得るのは簡単じゃないようだった。
この前ふとエメトセルクが言っていたんだ。「こいつが来てから寝る前に余計なことを考えなくて済むようになった」って。あの生き物が気ままに過ごしているのを見ていると、そのまま眠くなるんだって。……フフ、それを聞いて安心したよ。あの子が彼のところに来てくれてよかった。彼にとっては厄介な面もあるだろうけどさ。ワタシはあの子にお礼を言わなくちゃ。
それにしても、どうしてあの生き物はエメトセルクの顔ばかり舐めに行くんだろうね!隣で寝てるワタシの方には見向きもしないで彼にばかり甘えて起こしちゃうから、結局エメトセルクが寝不足なことは変わりはないみたい。フフ、困ったものだね。
眠い……。あの生き物が隣で寝ていると、起こしてしまうような気がして寝返りを打つことすらかなわん……。それに上に乗られたときの息苦しさが以前とだいぶ違うように感じるが……?大きくなるのが早すぎやしないか……。ヒュトロダエウスもされているそうだが、人の喉を繰り返し踏んでも何も出ないぞ……。
こいつを引き取るときに懸念していたのがヒュトロダエウスとの時間……なんだが、ヒュトロダエウスは以前と何も変わらず接してくれている。よくもまあ、器用に両立できるものだな……。
毎朝している挨拶代わりのキス、私の髪を拭いたり乾かしたりすいたりする時間、行為をしたがる頻度……本当に、一切変わらない。
だが、私はといえば……そこのところうまくできている自信がない。とくに最後のやつだ。ヒュトロダエウスといるにもかかわらず、眠気に負けて眠ってしまう日が増えた……ような気がする。それに、獣とはいえ生き物がいる空間でするのもどうなんだ……!?
♊️「待て、奴が見ている……!」
🏹「うーん、ワタシの手足にじゃれついてくるかもしれないね……」
🐱「(ドッタンバッタンドゥルルルルルバン!)」←なにか通常とは違う気配を察知し、興奮してひとりで激しく遊んでいる音
こんな中でするのは無理があるだろう……!
断じて私が枯れたわけではない。逆にこれで萎えない私の恋人はどうなっているんだ?さすが名前が8文字なだけはある……。
エメトセルクはすでにあの生物を手懐けちゃってすごいよね。
まだ小さいから物事の善し悪しや力加減なんかも教えていかなきゃいけない。遊び感覚でソファを齧ったりカーテンに登ったりとやんちゃ盛りでね。調度品くらいならまた創れるから大したことはないんだけど、フフフ……果敢にもあのエメトセルクにじゃれついてケンカを挑むんだからなかなかだよ。対するエメトセルクは軽く指を鳴らして爪やら牙やらが届く前に動きを止めてしまうから、最近は敵わないと悟ってきたみたい。悪いことをしたときエメトセルクが指を鳴らす構えをして見せるだけでも、何かに気がついてバツが悪そうに引き下がるようになった。獣の幼体ではあるけど、何度も繰り返し教えれば覚える程度の知性はあるようだ、優秀だね。フフッ、それにしてもエメトセルクがこんなに躾上手だったとは!
しっかり躾をされていてもエメトセルクのことは大好きみたいで、それもまたほほえましい。エメトセルクが名前を呼ぶと、遠くからでも返事をして駆け寄ってくるんだ。近くにきたところを撫でてあげると喉を鳴らして甘えてさ。眠るときはわざわざ彼にくっついて一緒に眠る。仕事や読書の邪魔をして怒られても結局はエメトセルクにすごく懐いているんだよ。
フフフ……あまり表情には出さないけど、わかっているからね?エメトセルクだって、この生物をそうとうにかわいいと思ってるってことは。その証拠にキミ、眉間の皺が少し減ったんじゃないかい?愛情をもって接しているからこそ、信頼関係っていうのができてきているのかもしれない。……こんな小さな生き物とも心を通わすことができるなんて、なかなか稀有な才能だと思うよ。
……え、ワタシ?ワタシは完全に遊び相手だと認識されてるね!目が合うと……というかワタシの姿を認識するだけで狩猟モードになって攻撃してくるから笑ってしまう。一緒に過ごす時間はエメトセルクと同程度なのに、こうも態度が違うのはおもしろいよねぇ。