はじめてあいつをおれの船の、おれの部屋で抱いた。
もともと海のうえであいつをモノにした日には連れ出してどこか遠くに囲ってしまう魂胆だったんだが……まだ海でやりたいことが尽きないうちは常に潮に揺れる狭い船の中であいつを愛してやるつもりだ。
別に初夜でもねェクセに朝目覚めた時のあいつはいつもより照れては、少しぶっきらぼうで。そんなところが可愛くて仕方がない。疲れて寝落ちまうまでは気を抜きまくりなくせに。意識がはっきりしちまうと照れが勝るのだろう。
やだやだ、だってが止まらずにガーガーと可愛く喚く。
おれの腕の中にいる時は外聞もなくあまく鳴いていると言うのに、いざなにが恥ずかしいのか分からないが、あいつが照れて顔を隠してる姿がアホで可愛いからもう少しは抱かれることに慣れないで欲しいもんだ。
寝床で、あいつの甘い声を聞きながらこれからの未来を見て肌を合わせる。穏やかな幸せを噛み締めては言葉を交わしている最中、ふと気になったことをあいつに尋ねた。「おれを好きになってよかったか?」と。他意なんてものはなく、あいつの口から好きになってよかった。と聞ければ穏やかに眠れる気がしただけだった。
そうするとおれの予想に反しんてあいつはおもしろくない顔をする。「過去形みたいに言うのイヤだ」だと。
ああ、おれはいつもそうだなァ。言葉選びが格段に上手くないうえに自分の自尊心を保つ為に無意識に自分を卑下する。そうすることで相手も共に落としていることに気づいていない。
今回だっておれがおれである為に、愛されてるという言葉を直接聞けずに、試すように尋ねた。それがナイフの刃先を向けて渡しているという自覚もなく。
だから、あいつがそれをダメなことだとちゃんと教えてくれることが救いだと痛切に感じる。刃はヒトに向けてはいけないんだって。見捨てないでそれはダメなことなんだと教えてくれる。あいつの優しさに甘んじすぎてはいけないと思うし、おれの気持ちが伝わっている内に卑下するクセを治したい。いつか取り返しがつかなくなる前に。
染み付いた悪癖だが、あいつのそばでなら。そう願ってもいいだろうか。
2023-09-27 追記
ヒトの性質ってのはそう簡単なもんじゃなくて。
昨日も「言葉をひとりにするな」と言われた。気をつけているはずなのに、なんの進歩もねェ。情けないし、不甲斐なくて堪らない。
あいつとおれと、ふたりで歩んでるはずなのに。
ごめん。…と、根気強く諭してくれてありがとうをお前に。
共に寝床で寝ながら微睡む時間が好きだ。
昨晩は好みの話から好きな料理の話になり、美味そうな料理の名前を列挙されて深夜に腹の虫が鳴った。天津飯に麻婆豆腐、甘酢と餡掛けが好きなおれ達。「食の好みって案外大事だろ?」とにこにこしながら抱きつくあいつが愛おしくて堪らない気持ちになる。腹の減ったあいつが手首の骨が美味いって齧るから、おれは愛おしさを笠に着ながら耳の裏にかぶりつく。 お互い動物的だなァ、なんて遠いところで思いながら幸せも一緒に噛み締めた。