患者は果たして誰なのか。
眠れずのためのカルテ、と題したが、連日この時間に書き認めている僕の方がもしや患者なのかもしれない。もしギャンブラーに眠れない日があったなら、このカルテを開いて眠りにつくまでの足しにして欲しいと願ったはずなんだが。まあ、時間はどうにせよ、君の余白の時間の足しになればいい。
さて、今日はギャンブラーに色々な心配をされた。ひとつ。帰ってそうそう、寝支度(主に入浴)をしてくる、と言えば、
『バスルームで滑らないように。』、と忠告をされた。僕は毎日トレーニングをしている。ので、ある程度の人間が僕を見たなら、ある程度鍛えていることは目視でも分かるくらい。不本意だったので、僕の足腰がままならないと?と、(今思えば、彼の心配に反し、この返答は少し素っ気なかったかもしれない。)返せば、
『心配していただけで、もし本当にバスルームで転倒したら笑ってしまうかも。』、と冗談を吐いていた。僕は曲がりなりにも医者なので、バスルームでの転倒事故のリスクを無意識に、長々と説教してしまったわけなんだが。彼はなかば呆れたように、
『家でも講義をするのか?』と苦言を呈していた。これは職業柄と言おうか、職業病と言おうか。そもそも僕はバスルームで滑って転ぶようなアホじゃあない。
ふたつ。食事の話になった際に、好きな食べ物が知りたいと言われたので素のままを答えた。タンパク質を多く含むもの。それ以外に挙げると肉料理が好きだと伝え、この際に嫌いな食べ物も伝えておいた。僕は野菜が嫌いなので、これもまた前述同様、正直に伝えると、
『野菜も食べなきゃダメだよ。』と、至極真っ当なことを言われてぐうの音も出なかった。ぐうの音は出なかったが、僕より食生活が壊滅的な彼に言われるのはなんだか不思議な状況だった。
『あーんして食べさせてあげようか?』と提案されたので、僕は丁重に、
「僕にあーんをする前に自分にあーんしろ。」とだけ返しておいた。反論がある場合は、このべリタス・レイシオの教務室をノックするように。
『お風呂で滑らないようにね。』
「ただいま。それから、風呂で滑るなんてことはしない。」
『おかえり、もしかしたらすべるかもしれないじゃないか。』
「足腰がままならないと?」
『心配なだけ。君がバスルームで滑ったなんてことがあったら笑ってしまうかも。』
「バスルームでの転倒事故は笑い話にならない。例えば一番多いケースで後頭部の強打にあたると、忘れた頃の数日後に、頭部の損傷として大きな疾患や障害を起こす可能性があってだな。(以下略。)」
『君って講義を終えたばかりなのに僕にまで講義をしてくれるのかい。熱心だねえ。学びにはなったけどさあ、まさか説教されるとはね。せっかくの恋人イチャイチャタイムなのに。』
「風呂で転倒する可能性の話をされたらイチャイチャタイムの幕開けなのか?へえ。随分分かりにくいな。」
『帰ってきたらイチャイチャタイムの幕開けだろ。』
……僕は初めて知ったんだが。