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┗378.【小説】キミとワタシの天の川物語(21-33/33)

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21 :零
2024/04/05(金) 18:58:59

 ポケットから急いでFギアを取り出し電源ボタンを押す。しかし、表示されるはずのホーム画面が出てこない。

「あ! そうだ、私昨日充電するの忘れてた!」

 やばいやばい! こんな時に限って……! あぁ、えっと、こういう時はどうすれば……うぅ、頭が回らない。体の中がすっかり真っ白になって、何もできない。
 人に揉まれて身動きも取れない。一体どうすれば……?
 暑い。この星の近くには、太陽によく似た星が三つもある。だから、昼間はとんでもなく暑い。
 だんだんと意識が……遠のいてきた。このまま倒れて……人に踏まれまくったりしたら……どうしよう……あぁ。

「ちゃん……! 嬢ちゃん……! お嬢ちゃん! 大丈夫すか?」

 目が覚めると、私は知らないどこかで横たわっていた。ここ、どこだろう。学校の保健室? まさか、これ全部夢だったの?

「先生……すみません」

「先生? 何言ってるすか? ここは学校じゃなくて、縁日の医務テントっす。自分は花火師のニックっす。人だかりのど真ん中でぶっ倒れたお嬢ちゃんを助けたっす」

 一人の精霊が、私を覗き込んだ。
 ニック……さんは、爽やかなお兄さんって感じの声で、全身が炎に包まれているみたいな……そんな見た目をしてる。
 ニックさんは私の手に触れた。熱いかと思ったら、ほのかにあたたかい。

「見た感じ、熱中症っぽいっすから、しばらく安静にしててくださいっす」

「ありがとう……ニックさん」

「そういえば、寝言でずっと『霧彦くん、霧彦くん』って言ってたっすけど、一体誰のことっすか?」

 ニックさんが水をコップに注ぎながら言った。

「あ、えっと、それは……」

 それから私は、ニックさんに事情を説明した。

「そういうことだったっすか……よし、分かったっす。自分が、その霧彦って人を探してきてあげるっす!」

「え、でも、あんなに縁日は広いんですよ? 一体どうやって?」

「打ち上げるっす」

「へ?」

「でっかい花火を!」

 ニックさんは両手足を目一杯広げて、私にそう言った。

[返信][編集]

22 :零
2024/04/05(金) 19:01:58

【絶好の機会】

「花火を打ち上げる!?」

 私は思わずベッドからむくりと起き上がって言った。

「ちょっと詩織さん! 急に起き上がると……」

「うっ、頭痛い……」

「ほら、言わんこっちゃないっす。しばらく安静にしてください!」

 ニックさんが心配しながら近づいてきて、水が入ったコップをくれた。
「す、すみません……」

 私はそのコップの水をゆっくりと飲んだ。少しぬるいけど、おいしい。

「花火は、僕ら精霊の体の一部でもある火を、玉に詰めて打ち上げるっす。なんで、自分自身を飛ばすこともできるっす」

「えっ? そんなことができるんですか?」

「うっす! つまり、自分自身を打ちあげれば、上から霧彦さんの位置が丸わかりってことっす!」

「すごい! ありがとうニックさん!」

「礼には及ばないっすよ。そんじゃ、自分は行ってくるっす!」

 そう言ってニックさんは、テントを飛び出していった。

「お願い、ニックさん……!」

 しばらくテントの中で休んでいると、バンッ! という大きな声が聞こえた。

「この音は! きっと、ニックさんが打ち上がったんだ!」

 でも、霧彦くんが無事に見つかるという保証はない。時計を見ると、あと30分ほどで花火大会が始まってしまう。私も探したい……けど、動いたらまたニックさんに怒られちゃう。

「うぅ、霧彦くん……」

 無事に霧彦くんと一緒に一緒に花火大会を見れますように、無事に霧彦くんと一緒に花火大会を見れますように……クラインポーチからカメルさんのお守りをギュッと握って、私は祈っていた。
 私は、霧彦くんとの今までを思い出していた。
 霧彦くんと出会って、いつのまにか好きになっていて……まさか銀河鉄道が好きだったなんて、びっくりしたな。
 私のこの勇気が、私のこの想いが、きっと霧彦くんに届いてくれたら、私はどんなに嬉しいことか。

「すみません! この辺で、月夜詩織って人見ませんでしたか?」

 テントの外から声がした。それは、よく聞きなれた、優しいあの声だった。

「霧彦くん?」

「あれ? 月夜? なんだ、こんなところにいたのか!」

 霧彦くんは私に駆け寄って、私の手を握った。

「ごめん、私、あの時手が離れちゃって」

「うん……いいんだ。大丈夫。こっちこそごめん。手を握っていられなくて」

 霧彦くんはうつむいて、鼻をすすりながらそう言った

「霧彦くん……泣かないで」

「電話も繋がらなく……もうダメなんじゃないかっておもったら、情けなくて……」

 こんなに私のことを心配してくれてたんだ。

「私ね、熱中症になっちゃって。それでここにいたの」

[返信][編集]

23 :零
2024/04/05(金) 19:02:09

「そうだったのか……」

「うん。でも心配しなくて大丈夫。もう頭も痛くないし」

「ただいま戻ってきたっす……」

 ニックさんが暗い表情をしながら帰ってきた。

「あ、ニックさん!」

「あれ? あなたってもしかして……?」

 ニックさんは霧彦くんを指さして言った。

「この人は花火師のニックさん。忙しい時間帯なのに、わざわざ私をここまで運んできてくれたの。霧彦くんのことも探してくれてたんだけど……」

 私がニックさんを紹介すると、霧彦くんはニックさんに深くおじぎをした。

「礼には及ばないっすよ。それにしても、全然見つからないから心配したっす」

「私が言った見た目の特徴だけで探そうとするなんて、無茶しすぎですよ」

「いいんっすよ。無茶なのが自分の取り柄っすから。あ……自分、いいかげん仕事に戻らないとやばいっす……なんで、二人とはこれでお別れっすね」

「ニックさん、色々とありがとう」

「言ったっすよね? 礼には及ばないって。じゃ、さよならっす」

 そう言ってニックさんはテントを出た。

「月夜、花火大会のことは気にしなくていいよ。思い出はいくらでもこれから……」

 霧彦くんは何か言いかけて、口をつぐんだ。

「これから……?」

「いや、なんでもない」

 そう言って微笑む霧彦くんは、何かを隠しているみたいだった。
 それから、私たちは人が少ないところをなんとか探して、体調に気を付けながら土手に座って花火を見ることにした。

「ちょと遠いけど、ごめんね」

「ううん。いいの。霧彦くんと一緒なら、なんでもいいの」

「えっ……?」

 あ、今私、ちょっと大胆な発言だったかも。霧彦くん、引いてないかな……?

「あ、いや、ごめ……」

「嬉しいよ、月夜」

 その時、音もなく目の前に大輪の花火が、夜空に咲き誇った。

「わっ!」

 バンッ! と、遅れて大きな音が響いてきた。

「わっ!」

「はははっ。月夜、二回驚いたね」

 私たちは笑い合って、花火大会を過ごしていた。
 よし。今が絶好の機会。そろそろ私、告白しなきゃ。

「ねぇ……霧彦くん」

「何?」

「私ね、この旅行、すっごく楽しいって思ってる」

「僕もだよ」

 バン、バンと、次々に花火が打ち上がる。

「これも、一人じゃなくて、霧彦くんがいたからだと思うの。だから……」

 頑張れ、私。
 心臓のバクバクが止まらない。
 心と体が、熱い。

「えっと……」

 ここで霧彦くんに告白しないでどうする、私! 絶好の機会なんだよ!

「私ね?」

 いけ! 頑張れ……がんば……れ……!

「きよ……! 月夜……! 大丈夫か?」

「ん……?」

「月夜さん。ようやく目を覚ましましたか」

 目の前には、霧彦くんと、スチーラさん。

「へ? ここは……銀河鉄道?」

 どうやら私は……また倒れてしまったみたいだ。

[返信][編集]

24 :零
2024/04/07(日) 18:22:52

【美術の星】

 私は、スチーラさんと霧彦くんに事情を説明してもらった。ざっくり言うと、花火大会中に倒れた私を、霧彦くんがおんぶで駅まで運んできて、そこからはスチーラさんも協力してくれて、寝台車に私を寝かせてくれたらしい。

「本当に……ありがとう、ごめん」

「いや、熱中症がまだ完全に治ってないのに外に出した僕も悪いよ。ごめんね」

「まもなく列車は出発しますから、このままこの寝台車で、次の停車駅まで休んでいってください」

「分かりました……ありがとうございます」

 はぁ、なんだか色んな人に迷惑かけちゃったな。
 それからパタリと眠りについた私は、霧彦くんの声で目が覚めた。

「月夜! 起きてー」

「ん……」

「おはよう月夜。体調は?」

「だるさは……ないかな。大丈夫だよ」

「そうか、良かった」

 私たちは支度を済ませていつもの座席に座る。

「おやおやこれは。お客様、体調の方はどうでしょうか?」

「おかげで元気になりました。改めて、ありがとうございます」

「いえいえ。お客様のお困りごとやトラブルには完璧に対応するのが、我々銀河鉄道でございますから」

 さすがは、私の大好きな銀河鉄道、と言ったところ。

「それでは、私は戻りますので、引き続き、旅をごゆっくりとお楽しみください」

 しばらく窓の外の星をながめていると、スチーラさんのアナウンスが聞こえた。
「まもなく列車は……[美術星パステ]に停まります……銀河の旅を……ごゆっくりお楽しみください……」

 美と芸術と天使の星、美術星パステ。この星には、天使と呼ばれる人々が暮らしている。見た目は、私たちが天使と聞いて想像するような、頭に浮かんだ天使の輪っかと真っ白でふわふわな翼が特徴的。
 シュ、ゴ……シュ、ゴ……と列車は少しずつスピードを緩めていき、やがて止まった。

「さ、出ようか」

 私は霧彦くんと手を繋いで列車を出る。
 駅では、いきなり大きな一枚の絵画が私たちを歓迎してくれた。

「この絵、すっごくおっきい……教室の床くらいはあるね」

 絵には、桃色の花を咲かせた大きな桜の木が描かれていた。
 この星では、美術星の名の通り、絵画が有名。いたるところに画家がたくさんいて、絵を売っている。
 私たちはこれからとあるギャラリーに向かうつもり。

「それじゃ、行こうか。ここから北に向かったところにある」

 霧彦くんに手を引っ張られて、バスに乗ってたどり着いたのは、ギャラリーじゃなくて……美術館だった。

「えっ? ギャラリーに行くんじゃなかったの?」

 今度は私が、霧彦くんの手を引っ張って言った。

[返信][編集]

25 :零
2024/04/07(日) 18:23:12

「いや、今回は美術館に行く予定だったはずだけど……」

「え? 私、ギャラリーに行くつもりでいたんだけど」

「本当? いやいや、今日は美術館だよ?」

「霧彦くんがギャラリー行こうって言ったんじゃん! なんで急に変えるの?」

「僕、その日はギャラリーの定休日だってことに気づいて、やっぱり変更しようって言ったんだよ?」

「そんなの聞いてないよ! っていうか、Fギアにも連絡来てなった! 私が霧彦くんの連絡見過ごすわけないし」

「いや……聞いてなくても、僕はそう言ったさ」

 気がつくと、私たちの間の空気は、ギスギスきたものになっていた。

「どの道、バスでここまできちゃったし、今日は美術館に行くよ」

「そんな言い方ないじゃん!」

「そんな言い方って、僕はただ……」

「いいよ……今は美術館に行くとか、そんな気分じゃない」

 私が悪かったのかな? 霧彦くんって、不器用なところがある。そんな霧彦くんの、ちょっと抜けてるところも好きだったんだけど、今はそれが、感じ悪い。
 私は走った。どこかへ行く当てもなく、ただこの場から離れたかった。霧彦くんの「待ってよ!」の声を無視して、急いで走り続けた。
 前に進んでるのに、後ろに戻っているような気分だった。
 ここがどこかも分からない。ただ一つ言えることは、目の前に小さな洋服屋さんがあったってこと。
「[カモミール]……」
 私は吸い込まれるように、店のドアをガチャリと開けた。
 チリンチリン、とドアベルが鳴った。

「あら、いらっしゃいませ」

 店の奥で、天使の輪っかと真っ白な翼を持った一人のおばあちゃんが、ロッキングチェアに座っていた。

「人間のお客さんなんて珍しいねぇ……」

「え、えっと……服を買いに来たわけじゃないんですけど……」

「いいのよ。そう言うお客さん、結構多いから。その顔。何かあったんでしょ?」

 なんでもお見通し……か。

「あ、私、詩織って言います……」

「詩織ちゃんね。私は[エルエ]。この店はカモミールっていうの。開いてから、もう200年くらい経つかしらね」

「200年!?」

「うふふ。驚くのも無理ないわね。私たち天使は、人間の何倍も長生きだから」

 そう言ってエルエさんは、優しく、私を包み込むように微笑んだ。

[返信][編集]

26 :零
2024/04/07(日) 18:26:22

【愛情の種】

「まずは……お客さんには、お紅茶を出さなくちゃね」

 エルエさんはカウンターの奥の方へ行って、ティーカップとティーポットを取り出した。

「あ……ありがとうございます」

「いいのいいの。さ、上がっておいで」

 紅茶をカップに注いでから、エルエさんは手招きした。

「いいんですか?」

「うちはめったにお客さん来ないから」

 カウンターの奥の景色は、よくある洋風なお家と言ったところ。どこか懐かしい匂いがする。

「イス、どこでもいいから座って」

「は、はい」

 私は言われるがまま、一番手前のイスに座った。

「ここは元々ただの一軒家だったの。それを洋服屋さんに改装したから、今はこんなチグハグな建物になっちゃったけど、私はここが、銀河で一番好きな場所なの。あ、お砂糖はいるかしら?」

「お願いします……」

 エルエさんは、カップに小さなスプーン一杯分の砂糖を入れ、よく混ぜたあと「はいこれ、口に合うといいんだけど」と言って、私に一杯の紅茶をくれた。

「それで……今日はいい天気ね」

 ほのかに暗い部屋の窓から黄色の光が刺す。

「実は私……好きな人とケンカしちゃって」

 下を向いて私は言う。

「あら、そう言うことだったのね」

「私は全然、そんなつもりはなかったんですけど……」

「詩織ちゃん。好きってどういうことなのか……考えたことはある?」

 紅茶を上品に一口飲んで、エルエさんは言った。

「いや……」

「世の中には色んな好きがある。自分なりに、相手への気持ちが、今どういう形なのか、考えてみたらどうかしら」

「私の……気持ち」

 そもそも、なんで私は霧彦くんのことが好きなんだろう。趣味が合うから? かっこいいから? 色々あるけど、結局は全部正解なんだと思う。きっと、好きって思いは、全部を言葉にすることはできない。
 霧彦くんとの思い出って、多分、一生忘れられないものになるんじゃないかって、そう感じる。それって、自分の今の気持ち、好きって想いを大事にしたいってことなんじゃないかな。
 でも、でも私は……!

「好きだったはずの人を……嫌いになってた」

「もう、好きじゃなくなってしまったの?」

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27 :零
2024/04/07(日) 18:26:34

 いや……違う。私は今……霧彦くんと仲直りしたい。会って話がしたい。この気持ちも、大切にするべき気持ちだと思うから。

「いや……私は、やっぱりあの人のことが好きなんだと思います。それは趣味が合うことだったり、かっこよくて尊敬できるところがあったり、色々な気持ちが合わさって、好きになってるんだと思います」

「それに気づくことができたなら、あとは簡単な話よ。私はね、好きって気持ちは、嫌いって気持ちを乗り越えた先にあるものだと思ってるの。だからね、ケンカの時に感じた、嫌いって感情も、大切にしておいて。それがきっと、愛情の種になるから」

 そうか。嫌いの感情だって、大切な一つの気持ちなんだ。それを種にして、もっと霧彦くんのことを好きになればいい。
 私は紅茶を一気に飲んで、言った。

「ありがとうございます。私、気持ちの整理ができた気がします」

「そう……後悔と無理だけは、しないようにね」

「はい……!」

 私が覚悟を決めてそう言い放つと、エルエさんはおもむろに、店の方から一つの赤いマフラーを取り出して来た。

「これ、あげる。持っていって」

「えっ、それって売り物じゃ……」

「いいのよ。この店で売ってる服は全部私の手作り。いくらでも作れるわ」

 エルエさんは私にそのマフラーを手渡した。

「私……頑張ってきます」

「行ってらっしゃい」

 私はマフラーをクラインポーチに入れて、店をあとにした。
 よし。まずは霧彦くんに連絡しないと。そう思って私がFギアを開こうとしたその時だった。

「月夜!」

「あ……霧彦くん……」

 前から霧彦くんがやってきた。

「探したよ」

「まさか……ずっとこの辺を探してたの?」

「まぁね……それより、僕、君に言わなくちゃいけないことがあるんだ」

「あ、私も……」

 そして、私と霧彦くんは同時に「ごめん!」と言って、頭を下げた。

「あっ……!」

「あっ……被っちゃったね……」

 私も霧彦くんも、思わず笑みがこぼれる。
 私たちって、やっぱり似ている。銀河鉄道が大好きってことも、どこか抜けているところも。嫌いだなって思っちゃう時もあるけど、そんな感情も含めて、全部私だし、霧彦くんは霧彦くんなんだ。
 霧彦くんと私は、意外とすぐに仲直りできた。
 私は、どこかの街角で君と仲直りしたこの日を忘れないように、そっと心の中で大切にしまっておこうって、そう思った。

[返信][編集]

28 :零
2024/04/08(月) 16:17:04

【自由の星】

 仲直りした後の霧彦くんは、どこか違って見えた。今まで分からなかった霧彦くんの姿が分かって、より一層霧彦くんのことが好きになった感じだ。

「霧彦くん! あとさあとさ、この[アルノ]って人が描いた風景画もかっこよかったよねぇ……!」

 あの喧嘩の後、天使星エルエの美術館に行った私たちは、列車に戻って来ても興奮が収まらずにいた。
 
「分かる! アルノさんは、あの絵を描いた時はまだ僕らと同じ中学生だった……でも、そんなの信じられないほどに、繊細で、きれいで、かっこいい絵だったね」

「ね!」

「まもなく列車は……[自由星ラフル]に停まります……銀河の旅を……ごゆっくりお楽しみください……」

 色々熱く語っているうちに、列車のスピードはゆっくりと下がり、私たちは次の駅に到着した。
 ここはさまざまな獣人たちが暮らす多様性の星、自由星ラフル。獣人っていうのは、動物みたいな姿をしているけど、私たちと同じように立って歩いたり話ができる、人間と動物の間のような種族のこと。
 さっき私たちが話していたアルノさんという人も、この星の住民なんだって。

「で、[ラフルアイランド]は……こっちか」

 霧彦くんが今Fギアの地図アプリを開いて道を調べているのは、ラフルアイランドという銀河で一番大きな遊園地。私たちは今日ここに行く。
 ラフルアイランドはどんなに頑張っても回りきれないほど大きいから、あらかじめ何のアトラクションに乗るかは決めてある。

「ねぇ霧彦くん」

「何?」

「手、繋いでよ」

「うん」

 初めはあんなに緊張したのに、今は手を繋いでいないと落ち着かないんだ。
 霧彦くんともっと近づきたい。霧彦くんともっと一緒にいたい。今日私は、ラフルアイランドで、霧彦くんに今度こそ告白する。

「やっぱり、霧彦くんの手ってあったかいね」

「月夜もね」

 手を繋いでいると、何気ない一言も、大切な言葉のように感じる。

「あ……ちょっとお腹空いてきたな……」

 実は今日、二人とも寝坊しちゃって、いつもなら駅に着く前に食堂車で朝ごはんを食べるんだけど、今日は出来なかったんだよね。

「えーっと、実は僕も……」

 霧彦くんは少し恥ずかしそうに言った。

「それじゃ……あそこのハンバーガー屋さんで、遅めの朝ごはんを食べていこうか」

「うん!」

 私たちはちょうど近くにあったハンバーガー屋さんに寄った。

「すみません、チーズバーガーを一つ」

「私は……エビバーガーを一つ」

 店員さんは「かしこまりました」と言って、ものの数分でハンバーガーを作り上げ、私たちに手渡した。

「月夜、ここは店が狭いから……あっちのベンチで食べよう」

 私たちは外のベンチに座って、ハンバーガーを食べる。

「うまーい!」

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29 :零
2024/04/08(月) 16:17:19

 外は、雲ひとつない最高の天気。こんな日にベンチでゆっくり朝食を食べる……あぁ、何で幸せなんだ。

「キミたち、ちょっといいかな……」

 ボソボソとした喋り方の人が、話しかけてきた。なんだか焦っているみたいだ

「どうしました……? すごい汗ですよ?」

「えっと、僕はこういうものなんだけど」

 サイのような姿をした大きなその人は、いきなり私たちに名刺を一枚、差し出した。

「えーと……ニンジン映画社、映画監督……アルノ」

 霧彦くんが受け取った名刺を読み上げる。

「アルノ!? アルノって、私たちが行った美術館で絵が展示されてた……あの?」

「あ、あんまり大きな声出されると……自分で言うのもあれなんだけど、僕結構有名人なので」

 アルノさんが口に人差し指を当てて言った。

「で、アルノさん……僕たちに何の用事でしょうか……」

 霧彦くんが緊張と驚きが混じったような声でそう言うと、アルノさんは返した。

「美術館に絵が展示されてたとおり、僕は昔、画家だったの。アニメーターでもあったけど。それで、今は映画監督をやってる」

 そうだったのか。私は更に尋ねた。

「そ、それで?」

「それで、今も映画を撮っている真っ最中なんだけど、実はピンチで……もうすぐ完成って時に、主役の役者さんが風邪をひいてしまって……突然で申し訳ない、二人に代役を頼みたい」

「え?」

 私は何を言っているのか分からなくて、開いた口が塞がらなかった。

「は?」

「驚かれても無理はない……だけど、二人を一目見て、ビビッと来たんだ! どうか、お願いできるかな……」

 アルノさんは深々と頭を下げた。

「えっと……僕らはこれからラフルアイランドに行くつもりなんですけど……」

 霧彦くんがアルノさんに言葉を返すと、アルノさんはこう言った。

「それならちょうど良かった! 実は今日、ラフルアイランドが撮影場所になってるんだ。お金は出す。演技の経験がなくても大丈夫。撮影自体も数カットで終わるから」

「本当、なんですね」

 霧彦くんが確認すると、アルノさんは「約束します」と噛み締めるように言った。

「僕は月夜に任せる。月夜、どうする?」

 霧彦くんが私の方に振り向いた。
 映画の主演……どうしよう。こんな有名な人の映画に出れるなんて、信じられない。正直、不安だ。でも、私……私は……!

「やってみたいです。いや、やらせてください」

 私はハキハキと心を込めて、言った。
 人生、時には思い切りが必要、だからね。

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30 :零
2024/04/08(月) 16:19:47

【映画のラスト】

 私と霧彦くんはアルノさんの願いに応じて、映画の代役をすることになった。

「演技って、どんなのだろうね?」

 いわゆるロケバス? に乗ってラフルアイランドに向かう途中、私たちはひそひそと話す。

「さぁね。僕も初めてだから分かんないや。アルノさんは『演技の経験がなくても大丈夫』って言ってたけど……」

「大丈夫かな……」

 やりますって、言ってみたはいいけど、本当に演技が出来るかは別問題。
 だんだんと不安が募る中、私と霧彦くんはラフルアイランドに到着した。

「すっごーい! 広いよ! 見て見て霧彦くん!」

 私は霧彦くんの袖を引っ張る。
 アトラクションが所狭しと広がる、カラフルなラフルアイランドの景観は、上手く言葉に言い表せないほど美しく、可愛かった。

「ここで映画の撮影……僕もなんだかんだワクワクしてきたな……」

 ラフルアイランドに来たとはいえ、他のスタッフの人たちは遊びに来たわけじゃない。スタッフの人たちは現場に着いた途端、テキパキと大急ぎで準備を始める。

「僕らも準備しなくちゃ……って、台詞はどうするんだ?」

 そうだった! 役を演じるんだから、台詞は必ずあるはず。全くどうしたらいいのか。

「あ、月夜詩織さんに、日向霧彦くん、だったね? 今日は本当にありがとう。よろしくね」

 アルノさんが私たちに話しかけてきた。

「あ、あの、私たちにもきっと、台詞がありますよね? 練習とかしてないんですけど、その辺ってどうすれば……」

 アルノさんは自分の角をかいて、こう言い放った。

「いや、台詞は一言でいいよ」

 私と霧彦くんは同時に「えっ」とだけ言った。

「僕らが撮りたいのは、再会した主人公とその恋人が、二人で抱き合うシーンだけなので」

 私と霧彦くんはもう一度「えっ」とだけ言った。

「あ、言ってなかったっけ?」

 私は叫んだ。

「き、きき聞いてないですよ!」

「あ、ごめん……でも、二人は恋人でしょ?」

 その一言を聞いた途端、ビクッと、全身が硬直するのを感じた。全身は熱く、今にも燃えてしまいそう。

「こ、こここ……こいび……と……こここ……」

 ダメだ私。ニワトリみたいになってる。

「いや、僕らはまだ……」

 霧彦くんが困った顔をして言う。っていうか、今『僕らはまだ』って言った?

「えぇっ! あぁ、困ったなぁ……もう時間がない。別の人を探してくるか……どうしよう」

 アルノさんが自分の角をトントンしながら、焦った様子でその辺をグルグル歩き回った。

「き……霧彦くん。私は……別に、このまま演技してもいいんだけど……あ、いや、霧彦くんが嫌なら別に全然!」

 あぁ私、あたふたしてるなぁ。こんなの、好きってバレちゃうじゃん。

「月夜……僕も大丈夫だよ。アルノさんに伝えてこよう」

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31 :零
2024/04/08(月) 16:20:03

「ふぇっ!?」

 私の顔が赤くなっているのは、鏡を見なくても分かる。
 私たちはアルノさんに「やります」と伝えた。アルノさんは泣いて喜んでいた。
 さぁ、いよいよ撮影が始まる。

「3……2……1……アクション!」

 始めに、私が演じる主人公と、霧彦くんが演じる主人公の恋人は、突然の再会に驚く。

「本当に……本当に君なのか?」

 霧彦くん……いや、主人公の恋人は言った。あまりに突然だったから、現実を信じられない様子だ。
 私は……いや、主人公は、涙を拭って、笑顔で答える。

「……うん」

 スタッフの人は「涙の演出はあとで合成するから」って言ってたけど……なぜだか私、自然と涙が出てきた。天使星で霧彦くんと再会したのを思い出したら、自然と泣けてきちゃった。
 それから、二人は駆け寄って抱き合う。
 嬉しそうに、軽やかに、恋人の方へ駆けていく主人公。
 私は月夜詩織だけど、今は月夜詩織じゃない。目の前には霧彦くんがいるけど、今は霧彦くんじゃない。不思議な気分だった。
 お互いの腕と腕が、ギュッとお互いの体を引き寄せる。
 暖かい。
 いつまでもこのままでいたい。私の心は、主人公。

「カーット!」

 アルノさんの声が聞こえると、私はハッと、元の月夜詩織に戻った。

「君たち……! 素晴らしい演技だっ……た……!」

 アルノさんはまたしても泣いていた。
 私は抱きしめていた腕を離して、微笑んで霧彦くんに言った。

「あ、えっと……やったね! 私たち」
「うん。ありがとう、月夜」

「こちらこそ!」

 周りのスタッフの拍手と共に、私たちは撮影を終えた。

「アルノさん! これで私たち、映画に出れるんですよね!」

「え、あ……二人はCGを使った合成で、元の役者さんと同じ見た目になるから……」

 私と霧彦くんはまたまた同時に「えっ」とだけ言った。

「じゃあ……私たちの意味って……」

「い、いや……動きはリアルな方がいいから演者は必ず必要だったわけで……出たかったならごめんね……?」

 私と霧彦くんは「はぁ……」とため息をついた。出れると思ったのになぁ。
 そんなこんなで撮影は終わり、私たちは無料でラフルアイランドを楽しんだ……んだけど、あまりにも楽しすぎて、告白するのをすっかり忘れてしまっていた! 私、一生の不覚……!
 遊び疲れてヘトヘトになった私たちを、銀河鉄道のドアはあたたかく迎え入れてくれる。

「次で……最後の星、か」

 私がボソッと言うと、霧彦くんは寂しそうに、つぶやいた。

「そうだね。もう少しで、僕らの旅は終わる」

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32 :零
2024/04/09(火) 17:25:28

【キミとワタシの天の川物語】

 自由星での出来事から一晩の時が経って、私と霧彦くんの旅は、そろそろ終わりを迎えようとしている。
 あーあ、結局、告白のタイミングを二回も逃しちゃったな。よし。この星が最後のチャンスだ。絶対に、霧彦くんに想いを伝えてみせる。

「まもなく列車は……[孤独衛星アロン]に停まります……銀河の旅のクライマックス……ごゆっくりお楽しみください……」

 銀河の旅のクライマックス……か。私、なんだか悲しくなってきちゃった。こんなに楽しい夢の銀河の旅が、終わっちゃうなんて。

「月夜、体調悪い?」

「え、あぁいや、全然。心配ありがとう」

 窓の外を見ながら座席にもたれかかっている私を見て、霧彦くんは私を心配してくれたんだ。
 霧彦くんは、いつも優しい。言葉にあたたかさを感じる。

「月夜、そろそろだね」

 シュ、ゴ……シュ、ゴ……と少しずつ、列車は最後の駅に近づいていって、プシュー、という音と共に、停車した。

「月夜、足元気をつけて」

「うん」

 列車のドアはガラーっと開いて、最後の旅の景色を見せてくれた。

「小さい……星」

 辺りを見渡すと、地平線がかすかに丸い。それほど小さい星ってことだ。地面は白い岩のよう。

「月夜、あれ見てよ」

 霧彦くんが指差した方向に、ピンク色の何かが揺れているのが見えた。

「なんだろう? あれ」

「多分、桜……じゃないかな」

「桜?」

「美術星の駅で見ただろ。あの絵はこの桜を描いていたんだ」

「そうだったんだ……! 行ってみようか」

 私たちはゆっくり歩みを進める。
 私はその間ずっと、音楽星のカメルさんからもらったお守りを握りしめて、祈っていた。「霧彦くんと付き合えますように」って。電子星で流れ星に願った時と同じように。

「わぁ……きれい……」

 いつの間にか、目の前には大きな一本の桜の木が、凛としてそこにただ立っていた。花は咲き誇り、花びらがひらひらと舞って、私の肩に落ちた。
 正面には一台のベンチがあった。

「座ろうか」

「うん」

 横に並んで、私たちはベンチに腰かけた。

「色んなことがあったね」

 空には満天の星。天の川が、今日も流れている。誰かにそう言われたわけでもなく、誰かのためでもなく、ただ今日も、空に流れている。

「そうだね」

「テレスコープタワーで見た星、綺麗だったね」

 霧彦くんが、今までの思い出を語り始めた。

「ロロさん、元気かな」

「音楽星でのヒュードロさんとの演奏、とっても良かったよ」

「ありがとう。あの時は緊張したなぁ……あ、そうそう、大海星の海中サーフィンの時、一緒に海を走れて、楽しかった」

「月夜の諦めないところ、尊敬するよ」

「ははっ……なんだか照れちゃうな……」

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33 :零
2024/04/09(火) 17:25:41

 あの時はダメかと思ったけど、カメルさんの言う五つの試練の一つ目はこれだって思って頑張ったら、乗り越えられた。その他にも、火炎星での熱中症や美術星での喧嘩、自由星の映画撮影が、カメルさんの言う試練だったのかな。あれ? だとすると、あと一つ、試練が残ってる……それってもしかして……この星での告白……?

「火炎星の花火はどうだった?」

「最高だった! 私はまだ、あの時は熱中症が治ってなかったけど……」

「そうだった。あの時はごめんね」

「いや、霧彦くんが謝ることじゃないよ」

 ニックさんも、元気にしてるかな? 連絡もできないや。でも、これが一期一会ってやつだよね。

「それにしてもまさか、美術星で見た絵の作者に会えるなんて、僕びっくりしたよ」

「しかも映画の撮影なんてね……私も最初は信じられなかった」

 みんなみんな、私の大切な思い出。この旅でもらった、お金には変えられない大切な宝物。

「そういえば今日は……クリスマスだね」

 霧彦くんが言った。

「そう……だね」

「実は僕……クリスマスプレゼントがあるんだ」

 クラインポーチから何かを取り出そうとする霧彦くん。

「あ……私も」

「えっ?」

 どうやら私も霧彦くんも、プレゼントを用意していたみたいだ。

「じゃあ……プレゼント交換ってことで」

「そうだね……!」

 私と霧彦くんは、お互いのプレゼントを渡した。

「これ……オルゴール?」

 霧彦くんがくれたのは、小さな空色のオルゴール。

「うん。音楽星のお土産屋さんで買ってきたんだけど……気に入った?」

「うん。すっごく可愛い! ありがとう! いつの間に?」

「こっそり買ってきたんだ。それで、月夜のプレゼントは……マフラーか! 僕ちょうど欲しかったんだ……可愛い! 月夜らしいよ。ありがとう」

 私からのプレゼントは、エルエさんからもらった赤いマフラー。ずっと、これは霧彦くんが持つべきものだって、そう感じてた。

「クリスマスなのに、桜の下でプレゼント交換なんて、不思議だね」

「この宇宙は、不思議で変なことだらけだよ」

「それも、そうだね」

 そう言って、向かい合って笑い合う私たち。

「ねぇ、霧彦くん」

「何?」
「私ね、今回の旅行、人生で一番楽しかった。最高の時間を、ありがとう」

「こちらこそ、ありがとう。月夜」

「それでね……一つ、お願いがあるの」

 これが、最後の試練。

「うん……」

「私……霧彦くんのことが……好きなの。これからも、たくさんの時間を一緒に過ごしていきたい。だから……付き合って欲しいの」

 言えた。私の思いを全部、言えた。
 霧彦くんの目には、涙が浮かんでいた。

「先に……言われちゃったな。月夜……じゃなくて、詩織。僕も好きだ。これからも、いっぱい話して、いっぱい星を見よう」

「霧彦くん……! いいの……本当に?」

「もちろんだよ。これから……よろしくね」

 霧彦くんは微笑んで、右手を静かに差し出した。
 私はその手をそっと掴かむと見せかけて……思いっきり霧彦くんを抱きしめた。

「うおっと……あははっ。大好きだよ。詩織」

「霧彦くん……私も……大好き」

 誰かが言っていた。『人は皆、小さな輝く星。人は皆、小さな銀河の旅人』って。私は、この広く暗い銀河の中で、一番輝く大切な星を見つけた。
 私と霧彦くんは今日、恋人同士になった。
 桜が舞い散る中、銀河鉄道の汽笛が、私たちを祝福するように鳴る。
 この旅路は、私と霧彦くんが天の川で過ごした、大切な大切な、小さな星々の物語。

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