のちへん「好きな食べ物の話、なすのゆきひょう」
「あんたのその考え方、あんたのことを好きで大切に思ってるおれ達に対して失礼だと思わないんすか?卑下するにも限度があるっすよ」
呆れ半分、本気の怒り半分、シャチがアルコールグラスを叩きつけた時に漏らした言葉。ペンギンも黙っちゃいたが、黙秘は肯定とはよく言ったものだと思う。
"おれなんか"みたいな人間はヒトに好かれるなんて烏滸がましい。ヒトに誇れるほど出来のいい人間ではなく、優しさも寛容さも持ち合わせていない。あるとすればヒトを不快にさせる頑固さと他人への興味の薄さ。…いや、他人じゃねェな。自分自身への頓着のなさだ。手に残るのは見かけばかりの強さと、独りで生きていける程度の毛が生えた心臓。中身は伽藍堂でブリキと呼ぶに相応しい。そんな人間が、愛であろうと友愛であろうと、ヒトに好かれるわけがない。
勘違いしちゃいけないのは、それをおれは悲観的に捉えてねェこと。事実として真っ当に受け取って、…それで、納得してる。別に辛いと思ったことはない。ただ、こんなおれにも愛を向けてくれる人間の気持ちはせめて大切にしたいと願ってる。
だからその考え方がおれを愛してくれてる人間をも否定しているなんて考えもしてなかった。
「ローは言葉をひとりにする。」
結局は"おれなんか"という言葉に対して紐づいてくるのはおれ自身だけではなく、おれを大切にしている人間もなんだとあいつやシャチたちに諭されて漸くわかった気がする。
まだ愛というものに対しての感覚は難しいし、シャチが言うように「あんたは経験しないと理解しない」というのは真理だと思うから、…あいつには申し訳ないが子犬の速度で歩くおれに付き合ってもらいたいと思う。
「雑草は燃やすことにしたから」
……本当にそういうところが好きだ。
うつらうつらと眠そうなあいつの顔をじっと見ながら今までの事を思い出していた。突然目を見開いて目覚めたあいつとばっちり視線が絡むと気まずさに視線を落とす。……いや、気まずいというよりずっと眺めていたことへの羞恥に近い。言い淀むおれと詰めるあいつ。諦めて事を白状したおれが視線をあげた先には放り出したままの海図と機密事案。
そう言えば新しい体制を整えて報告しねェと…。
改めて「なにを考えてる?」と尋ねるあいつにおれは、「新しい戦略を考えていた」
ここまでがあいつに怒られるまで。
ここから先は自戒と反省を込めたあいつへの惚気。
ひとつ説明が終わるともう次のことを考えてるのはおれの悪いクセだ。あんまりにも感情や状況を置いて筋を立ててしまって……淡白とはまた違うんだろうな。そのくせに昔のことを掘り返し無駄に考え込むことも多い。
なにも"思考力"が全てでない事はわかっているんだが。
あいつはその点どちらかというと感情優先方なような気がする。ただ自分の感情なら犠牲にしてもいいと考えているから厄介だが………ヒトの気持ちに寄り添えるってのは美点だな。自分のことを大事にしてもらいたいと思う反面、あいつに大事にされているんだという実感も湧く。
気持ちが伝わっているかの確認なんて実際そんなもんで充分で。あまりに気持ちが大きすぎるから、それを全て。と思うと際限がなさすぎて不安になるんだと思う。
愛されて、大事にされてる実感。
あいつも同じようにそれを受け取ってくれているから、お互い不器用なりに上手くいくと思っているし、今後もそうだろう。
烈しい激情も時折顔を覗かせるが、ゆっくり、ただ日々を慈しんでいければいい。
そのためにおれはもう少しちゃんと考えの軌跡をあいつに伝えていきたい。
寂しい思いはさせたくないしな。