ぜんぶ、どうでもよくなる。
彼女の視せん、しぐさ、くちびる、こえ。彼女のすべてによって。俺の中に彼女が入ってきたとたんに、世界から音がきえる。いたいことも、くるしいことも、なにもかも、ぜんぶなくなる。
いまだって、寝ぼけた彼女に引きよせられただけで、そうだった。夢を、見ているのかもしれないと思った。エダといると、俺はずっとゆめのなかにいるみたいに、なにも考えられなくなるから。きっと、これがしあわせなんだ。彼女がいうように、俺はエダのもので、エダは俺のすべてで、いつかどろどろにとけて、はやく彼女とひとつになってしまえたらいいのに。はあ、入りたいなぁ。エダのなかに。俺がしぬときは、食べてもらいたい。泣いてくれるだろうか。泣きながら、食べてくれるかなぁ。エダ。エダ、俺の、エダ。
あまいものをたくさん食べると、あまくなるんだって。
エダは俺の血をあまいって言ってたから、たくさん食べたほうがいいんだろうか。にがいより、あまいほうが好きかな、エダ。今度きいてみよう。
さきに聞かれた。俺がきいてこないから、じれてしまったらしい。
かんじんのこたえは、ここには書かない。俺だけのひみつでもいいよね。
まるで、人形みたいだ。
長いまつ毛に、やわらかそうなくちびる。俺を優しく見つめてくれる目も開かれることはない。キスをしても、手をにぎっても、小さな吐息が聞こえるだけで、返ってくることもない。眠っているときの彼女は、よくできた人形みたいに見える。こんなにきれいな人形、あるはずはないけれど。耳を押し当てて、しんぞうの音を聞いて、今日も彼女が生きていることに安心する。
長くここにいるからか、ときどき不安になるんだ。彼女が俺をおいていってしまうことがなくても、きけんなゲームにまきこまれて、なにかよくないことがおきてしまうんじゃないかって。ううん、いやな想像はやめよう。彼女のことは俺が守る。手がよごれるからだめだってエダは言うけれど、これだけは聞けない。きみのためなら、なんだってしてあげる。どんな手をつかっても。
好きだよ、エダ。俺のすべて。
エダはなんでも教えてくれる。
俺のことばはきっと、ぜんぶきみがくれたものでできているんだ。
なんでもよろこんでくれるところも、好きだよ。
ばれんたいん?の、エダはあまかった。
また、たおれたら困るから、つぎはもっと考えないと。
チョコレートからは、はちみつの味がした。お酒がはいっているの、と彼女は言っていた。浮遊感につつまれて、それからのことはよく覚えていない。たしかなことは、しあわせは甘いということだけだ。
エダのいちばん好きなところ。俺の中ではちゃんと答えがあるのに、うまく言葉にできないのがもどかしい。彼女には思ったときに直接伝えているけど、考えがまとまったら文字にも残しておこうかな。
彼女には、かなわないと感じる瞬間がある。きっと、この先もずっと。
彼女とのデートは、白くて、ひらひらの服にした。おそろいの衣装だ。
いつもかわいいけど、俺のために着てくれるところも、かわいくて大好き。えらんでほしいっておねだりも、好き。俺はきみのためなら、なんだってできるよ、エダ。世界だって敵にまわしてあげる。
エダがねむったから、彼女にとどいていた封筒をとりだす。へんなカードだ。書いていることはよくわからないけど、彼女に見せるまでもない。かわりに俺が返事を出すことにする。
『エダの代わりに、ありがとう。できれば、もう彼女に変わったカードはおくらないでほしい』
これでいい。カードはもやしておこう。
エダが、俺じゃないものを見ていた。
治りょうをしようとよってきた女を、けんせいする、強い目。言葉はやさしいのに、いつもより少しだけ早口で、冷たい視線。
彼女の目が、好きだ。あの強いまなざしが、まっすぐに俺をつらぬくしゅん間、時間がとまる。彼女だけが俺をただしくみちびいてくれるんだと、わかってしまう。なにもかも、どうでもいい。彼女の声と、笛の音だけが、俺にとってのすべてだから。