アマゾン

スレ一覧
283.短編小説のコーナー
 ┗19-21

19 :迅
2022/06/30(木) 21:14:21

 あの日、俺は逃げ出した。
 大事な決闘から、誇り高き騎士から。土下座をして無様に情けを乞い、当時の相手だった幼馴染との絶対的な実力の差を前に絶望し、みっともなく逃げ出した。
 彼女は、正々堂々とした勝負を望んでいた。
 剣の実力で俺を打ち負かし、自分こそが最強であると、自分はもう守られる存在ではない事を証明してみせると、彼女は試合が始まる前に俺に告げた。
 ……それなのに、肝心の俺はこのザマだ。
 あの時の彼女の軽蔑に満ちた瞳は、今も脳裏に刻み込まれている。
 彼女の瞳に映っていた感情は、怒りでも、憎しみでもない。
 彼女は、失望していたのだ。
 自分の憧れだった人間の、情けない姿に対して。
 
「私はもう、貴方を好敵手《友》とは思いません」

 それが、最後の会話だった。
 それ以来、彼女と俺とで大きな差が生まれ始めた。
 彼女は生徒会長にまで上り詰め、『雷電女王』と言う異名と、学園一位の座を手に入れた。対する俺は留年し、あの情けない戦いぶりから、『恥知らずの騎士』の異名を手に入れた。
 そこからは、簡単だ。
 かつては、最も高い実績を収めた騎士に与えられる称号である、『英傑』の筆頭候補にまで上り詰めた誇り高き少年の姿は、見る影も無くなった。
 他の生徒達から送られるのは羨望の眼差しではなく、侮蔑の視線。
 クラスの低い騎士からは、日頃の鬱憤を晴らすためのサンドバッグにされ、上級生との模擬試合では、彼らの引き立て役として必要以上にボコボコにされた。もちろん、止める者は現れない。尤も、その理由も『助けたら標的にされる』恐怖で助ける事が出来ないのではない訳だが。
 それだけならまだ良いのだが、女子は力で敵わないと理解している分、更に陰湿な事をする。
 私物を捨てたりと言った、ちょっとした悪戯ならまだしも、部屋の中で乱交に及ばれた際は、マジに退学寸前まで追い込まれた。
 あの時は、現在の理事長と一部の教師が弁明してくれなければ、今頃は学園を追い出されていたどころか、豚箱の中にぶち込まれていた事だろう。
 その代わりと言う訳か、不審な行動や暴行に走った瞬間、即退学という理不尽極まりない条件を突きつけられた。
 もちろん抗議しようとしたが、彼らの期待を裏切った報いと考えれば、納得出来ないことも無かった。
 他にも色々あるが、現理事長のおかげで何とか生きて行けている。
 そして、あの日から約一年。
 
 彼の人生を運命づけた祭典が、再び始まる季節となった。


短編読み切り
─恥知らずの刺客騎士《ステイヤー》─

[返信][編集]

20 :迅
2022/06/30(木) 21:15:59

 『恥知らずの騎士』こと石動竜真《いするぎりゅうま》は、理事長室に向かって一人で歩を進めていた。
 周囲から刺すような視線が飛んで来るが、喉元過ぎれば熱さを忘れると言うように、一年も過ぎればその視線の数々も、もはやステージ中央に立つアイドルを照らすスポットライトにしかならない。と言うか、これから起こる事を考えると、その程度で一喜一憂するわけにも行かないのだ。

「おい、『恥知らず』が来たぞ」
「アイツ、どのツラ下げてここに来てんだよ?」
「マジ退学してくんねーかな〜、居られるだけで士気が下がるわ」

 聞こえないフリをしているのを良い事に、生徒達は口々に彼の悪口を言い続ける。
 廊下の真ん中を歩くだけで注目を集める人物となると、学園長か生徒会長か、落ちこぼれのどれかだろう。尤も、その視線も立場によって全く違う意味を成すのだが。
 羨望、尊敬、侮蔑
 ───人の目は、口以上に物を語る。
 どれだけ良い顔を繕っても、洞察力に長けた者であれば、声のトーンや眼の動きから言葉の真意を見抜くことは、そう難しい事でもない。
 周囲の視線や小言を気にせず、竜真は理事長室の扉をノックして入る。
 中には、恩人である現理事長・上條玲奈《かみじようれな》が待っていた。

「来たか、『恥知らずの騎士』」
「……聞き慣れた汚名でも、恩人に言われると流石に響くんですよねぇ」

 玲奈の一言にも顔色を変えず、竜真は苦笑いを浮かべる。
 それでも反論しないのは、玲奈は竜真がマトモに暮らせるようにしてくれた大恩人だからだ。強姦冤罪で捕まりそうになった時も、退学ではなく留年が受理されたのも、彼女の影響が大きい。
 そう言う事もあり、竜真は彼女に対して頭が上がらないのだ。
 その為、定期的に理事長室に呼ばれる羽目になったのだが。

「最近はどうだ?」
「相変わらず、いじめられっ子やってますよ」
「まぁ、そんなところだろうな。……ところで、そろそろ『闘覇祭』が始まる訳だが、お前は参加するのか?」

 扉を閉めると、唐突に玲奈の質問が飛んで来る。
 『闘覇祭』。
 それは、4500名いる全校生徒が、『東軍』と『西軍』に分かれ戦う、蓬莱学園最大規模の一大イベントだ。この祭典は毎年4回、三日かけて開催され、今月開催されるのは、前期の締め括りである『夏の陣』に当たる。
 そして、卒業間際の2月頃には、一年間の総決算である『冬の陣』が開催される。
 この祭典には、一般人や現場で活躍しているプロの騎士が来ると言う事もあり、普段は怠けている学生も、その日ばかりは本気で闘いに臨んでいる。素晴らしい実績を残したり、両軍を率いる『総大将』や幹部を務めれば、現役騎士や大手企業直属のスカウトが来る事だってある。
 その点を踏まえると、闘覇祭が開催される期間中は、彼ら若しくは彼女らにとって、まさに運命の一週間と言って良いだろう。

[返信][編集]

21 :迅
2022/06/30(木) 21:46:27

 下手に難しい試験を受けるより、己の実力を見せつけるに越した事はないからだ。

「……あぁ、もうそんな時期ですか」

 しかし、この少年だけは違った。
 石動竜真は、闘覇際に対して一切の興味を持っていない。
 何故なら、決闘から逃げ出した『恥知らずの騎士』など、スカウトするだけ無駄だからだ。寧ろ、スカウトしたらしたで、その企業にとっては汚点にしかならない。
 それ故に、定期的に来る推薦票に竜真の名前はなかったし、それ関連で職員室に呼ばれた事は一度もない。大一番で情けない姿を晒した男に惹かれた騎士もいる筈がなく、彼は誰からも興味を持たれる事がないまま、実りの無い不毛な一年間を過ごす事になったのだ。
 まぁ、自業自得と言えばそれでお終いなのだが。
 とは言え、「頑張っても意味ないなら、別に頑張らなくても良いじゃん?」と言うのが彼の見解であり、彼が闘覇祭の参加に消極的な理由だ。

「……辛くなったら言えよ?すぐに退学届を出してやるからな」
「うーん、退学する前提で話進めないで貰えます?」
「ん?違うのか?」
「普通に考えて違うと思いますけど!?」

 ───それに、今回はチャンスなんですよ。
 と、竜真はポツリと言う。
 彼が逃げ出したのは、去年の夏の陣での大将戦。当時二年でありながら東軍の総大将を務めた竜真は、メンバーから輝かしい期待と、鉛のような重圧を寄せられていた。
 竜真の敵前逃亡により、東軍はあえなく敗退。それまでは優位に戦況を進めていたものの、彼の失態一つで大きく逆転を許してしまったのだ。その時は、『仕方なかった』と言う事で無罪放免となったが、冬の陣となるとそうも行かない。
 冬の陣は三年にとって最後の闘覇祭であり、彼らの今後を決める分岐点であり、今迄注目されて来なかった者にとっての、最後のチャンスだからだ。
 その時は西軍の中堅として参加したが、不調と八百長が相待って敗北せざるを得ず、結果的に自軍を敗北に導く事となった。
 もちろん弁明しようと試みたが、誰も耳を貸そうとしない。
 それ以降、竜真は晴れて不名誉この上ない『恥知らず』の異名を頂戴し、全校生徒から煙たがられるようになった。
 まるで、彼女と逆の人生を歩むように。

「あいつに謝らなくちゃいけないし、今年こそはマジにやりますよ」

 竜真は絞り出すように、ぎこちない笑みを浮かべて言う。
 彼女の誇りを傷付けてしまった今、彼に出来るのは謝罪だけだ。
 下っ端の使い走りでも構わない。
 彼女に一言謝る事が出来るなら、それでいい。
 それに、二年である彼は今回を含めると四回、闘覇祭に参加出来る。だが、三年の彼女は今回の夏の陣を含めても、あと二回しか無いのだ。
 竜真は壁をもたれかかり、天井を見上げながら続ける。

[返信][編集]



[管理事務所]
WHOCARES.JP