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283.短編小説のコーナー
 ┗25-27

25 :迅
2022/07/01(金) 14:37:03

「有終の美……なんて洒落た言葉を使うつもりはないですけど、せめて最後の闘覇祭くらい、アイツには心から楽しんで欲しいじゃないですか」

 竜真はそう言って、玲奈の方を見る。
 その顔に迷いはなく、『何があっても成し遂げる』と言う確固たる決意が宿っていた。

「説得するだけ無駄……って奴だな。良いだろう、そこまで言うならやってみせろ、石動竜真」

 玲奈は小さく微笑み、竜真の肩を叩く。
 その言葉に込められた声色は、かつて『比翼』と呼ばれ畏怖と尊敬を集めた最強の騎士の声ではなく、生徒の背中を押す教師そのものだった。

***

 『雷電女王』こと学園一位の騎士・一ノ瀬彩華《いちのせあやか》は、書類を脇に一人で廊下を歩いていた。

「あの人、『雷電女王』の一ノ瀬会長だよな?」
「あぁ、今日もなんてお美しい……」
「でも怖くねぇ?なんかこう、すげーピリピリしてそうで」

 廊下、大通り、教室と言った学園内を歩く度に、畏怖と尊敬の念に満ちた視線が送られて来る。一年間も浴び続ければ、もはや慣れた物だ。
 ここ最近発行された学園新聞では、彼女の話題で持ち切りだった。その内容は、『大型デパートを占拠したテログループの鎮圧』と言った実戦記事や、『校内での霊装使用規則の改定及び改善』など、多岐に渡る。生徒会室には連日新聞部や外部企業が押し寄せており、その予約の数はなんと、卒業する間近まで埋め尽くされていると言う。
 容姿端麗、才色兼備、文武両道
 史上最年少で『英傑』の称号を得た彩華は、紛れも無い天才騎士であるが、彼女は決してその才能を無闇に振りかざそうとはしない。
 何故なら、彼女は理解しているからだ。
 この力は、悪を挫き弱きを守る為に在る物であり、決して私利私欲のために振るって良い物ではない事を。彼女が放つ抜刀術は、轟く雷鳴の如く悪を斬り断つ。

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26 :迅
2022/07/01(金) 14:59:04

 故に、着いた二つ名を『雷電女王』。
 彼女の才能と、鬼神の如き闘いぶりから、畏怖と尊敬の念を込めて付けられた二つ名。
 彼女は全校生徒から慕われているが、同時に恐れられてもいる。彼女の怒りに触れようものなら、一瞬のうちに切り刻まれると言う、脅し文句が生まれるくらいに。

「あ、あの、会長。荷物、お持ちしますか?」
「お気持ちだけ頂戴します」
「会長、昼の会議ですが……」
「今は多忙ですので、草加さんに向かわせます」
「か、会長!お誕生日……おめでとうございます!」
「後にして頂けますか?今は雑用に割いてる時間はないので」

 次々とやって来る生徒達に対応しながら、彩華は生徒会室の扉を開ける。
 そして机の上に書類を置くと───

「あぁ〜ん!疲れたぁ〜!」

 溜まっていた本音を盛大にぶちまけた。

「もうやだぁ〜!生真面目生徒会長やだぁ〜!彩華、コーヒーじゃなくてタピオカ飲みたい〜!」

 机に突っ伏し、言いたい事を叫ぶだけ叫ぶ。
 キャラ崩壊も良いところである。

「……そんなに疲れるなら、素で行けば良いのに」

 漫画を読みながら彼女を慰めるのは、副会長である木美月蓮《きみづきれん》。情報収集を得意としており、自ら前線に立つ事は少ないが、裏方作業で彼以上に頼りになる者はいない。

「そうですよ!アヤセンパイは可愛いんだし、きっとモテますよ!」

 トレーニング機材をガシャガシャ鳴らしながら励ますのは、会計を務める柳瀬清丸《やなせきよまる》。こんな名前だが立派な女子であり、二年生にして学園三位の実力者だ。
 二人の言いたい事も分からなくはないが、彩華は自身が『雷電女王』として周囲から畏敬の念を集める事で、蓬莱学園の平和は保たれていると考えている。その考え自体は間違っておらず、事実彼女が生徒会長となってからはある一例だけを除き、蓬莱学園の生徒による一般人への暴力沙汰や、生徒間での大規模な喧嘩の数は見る見る内に激減した。
 それも全て、彼女が『雷電女王』として粛清に回っていたからだ。
 情け容赦の一切を無くし、冷酷に振る舞わなければならない。
 『一ノ瀬彩華』は全校生徒から慕われる生徒会長であり、『雷電女王』は、学園内の人間から畏怖される存在でなければならない。
 この身一つで学園内の平和が約束されるなら、それは生徒会長として本望と言うもの。

「私が恐がられてるから、この学園は平和なんだよ?それなら───」
「それは違いますよ、彩華さん。あなたの身体一つで、この学園の平和が保たれている訳ではありません」

 彩華の口から出かけた言葉は、背後からの声でかき消される。
 その声の主は、つば広帽子を被ったお嬢様然とした装いの少女・桐生院佳奈子《きりゅういんかなこ》。生徒会書記を務め、彩華に次ぐ学園二位の騎士。
 時には『特務騎士』として、彩華と共に犯罪者の鎮圧に出る事もある。
 彼女とは小さい頃からの付き合いで、一人で全てを背負い始めようとした彩華の良き理解者だ。

[返信][編集]

27 :迅
2022/07/01(金) 21:26:46

 佳奈子は彩華の背後から手を回し、優しく抱きしめる。

「この学園が平和なのは、生徒達の協力があってこそです。貴方一人の責任でもなければ、貴方だけの使命でも無いのです」

 そして、まるで子供を諭す母親のように彼女は告げる。
 しかし、彩華の方から帰って来たのは、歯切れの悪い返事だった。

「分かってる、分かってるよ……。でも、私がちゃんとやらなきゃ、アイツはいつまで経っても認めてくれないんだもん……」

 彼女は、自身の思いを打ち明けるように言う。
 彼は、常に彩華の事を第一に考えてくれていた。同時に不治の病に侵されていた幼少期の彼女は、彼を必然と頼らざるを得なかったのだ。
 だが、今は違う。
 不治の病に見事打ち勝ち、剣の腕を鍛え、13歳になる頃には、本気の大人に勝てる程に成長した。
 それなのに───

「それなのに!なんでアイツはあんな醜態を晒した訳!?」

 先程の落ち込みようはどこに行ったのか、彩華は頭をぐしゃぐしゃと掻きむしる。それ程までに、あの決着のつき方に対して、彩華は納得していなかった。
 当たり前───と言えば当たり前だろう。
 相手の試合放棄による勝利など、偽りの勝利でしか無い。

「しかも、あろう事かアイツは!まるで何事もなかったかのように平然と接して来たんだよ!?」

 彩華の怒りに呼応するように、蒼白い稲妻が彼女の身体から迸る。
 行き場のない怒りが充満し始める中、平静を取り戻した彩華は小さくため息をつくと、意中の男性への想いを絞り出すように呟いた。

「……私は、アイツが逃げた理由を知りたい」

 ───そして、本当の意味での決着をつけたい。
 目尻から蒼い雷光を靡かせながら、彩華は続ける。『恥知らず』と呼ばれた幼馴染・石動竜真が、自分の前から逃げ出した真相を知り、それを理解した上で、完膚なきまでに叩き潰す。
 それが、今の自分が出来る最大限の恩返しなのだから。

「私が闘覇祭に参加出来るのも、今回を含めてあと二回……最後くらい、アイツにも華持たせてやりたいじゃん?有終の美……なんて言うつもりは無いけどさ」

 先程までの迷走ぶりが嘘のように、彩華は凛とした表情で言う。
 その為にも、今月開催される『夏の陣』では、西軍総大将を務める『一ノ瀬彩華』として、蓬莱学園一位の座に君臨する学園最強の騎士・『雷電女王』として、もう一度自分に挑んで来るであろう『恥知らずの騎士』と、全力を以って対峙しなければならない。
 きっと───いや、あの男は絶対に東軍総大将の座に返り咲き、私を待ち構えるだろう。
 そうなった暁には、彼は数多の人間を味方につけている筈だ。
 彼女は椅子から立ち上がると、今最も信頼に足るメンバーの顔を見渡し、彼らに伝える。

「私は、石動竜真に完膚なきまでに完璧な勝利を収めたい。だから───」

 私に、力を貸して下さい。

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