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380.戦隊学園 ~虹光戦隊コボレンジャー~
┗209-217
209 :げらっち
2024/06/08(土) 11:23:41
第19話 白紙に色を塗る
私は今日もまた退屈な「戦隊の数学」を受けていた。
左隣の楓が、レジュメに青鉛筆でメッセージを書いて回してきた。
『きょうかクンどうなったの? へんしんさいの時から会ってないみたいだけど』
私は赤鉛筆で返答を書いて回す。
『別れた。戦隊としての方向性の違い』
すぐに戻ってきた。
『それって仲違いじゃないの?』
図星でムカついたので、私は紙全体に大きく『馬鹿凶華』と書いた。赤と青が重なった所が紫に見えた。
「あーっ、七海ちゃんあたしのレジュメを!!」
「るさいな、凶華のことなんてもう忘れてよ!」
「はー? あたしの乙女心を傷付ける気!?」
「黒ずんだ乙女心がどうしたって?」
「うるさいぞ、授業中は静かにしてと言ってるでしょー!!!」
先生の怒鳴り声。
私は立ち上がり「すいません、頭痛がするので保健室」と行って教室を出た。
当ても無く廊下をぶらつく。
凶華なんてもう誘わない。
紫の戦士なんて、学園には多く居る。新藤ヘテロを誘ったっていいくらいだ。それに何も6人目の戦士が紫でなければいけないわけではない。オレンジでも黒でも良いし、青や黄がダブっても良い。
……なんて自分に折り合いをつけるのはよそう。妥協は嫌いだ。
あの紫の代わりは居ない。私の虹にはあのイロが必要だ。
コボレの5人は良くまとまっている。でも、こぢんまりとまとまるだけじゃダメだ。もっと弾けなきゃ。私でさえ引いてしまうようなクレイジーさが必要なんだ!
凶華に会いたい!!
その願いは叶った。私が階段に差し掛かると、凶華がドタドタと駆け下りて来たのだった。
「お、見つけたぞナナ! しつこく勧誘しに来なくなったから探すのに苦労したよ」
「へえ、何か用?」
私はそっぽを向いたが、凶華は回り込んで私の正面に来た。私より少し背の低い凶華は私の両肩を掴んでニパッ。
「ティラミスおごって!!」
私は脱力発作を起こしかけた。そういやそんな契約があった。
「でもそれはコボレに入った場合の話だから。コボレに入らなかったからその締結も無為」
「はー? そりゃないぜ。お前はオイラに週2でティラミスをおごると言った。確かに言った」
「言ってません」
「言った」
くだらないガキの水掛け論だ。
「じゃあ何かで勝負して決めようぜ!」
「望む所」
「そうだな……」
凶華は周りを見渡し、遊べるものを見つけたようだ。階段を指さして言った。
「グリコだ!」
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210 :げらっち
2024/06/08(土) 11:24:15
グリコとは、じゃんけんで勝った方が階段を上がり、先にてっぺんに着いた人が勝ちという遊びだ。
通常、グーで勝ったらグリコで3段、パーで勝ったらパイナップルで6段、チョキで勝ったらチョコレートで6段進める。
「じゃあ階段を移動して、スノウドームを取った方の勝ちね」
私は変身すると、魔法で階段のてっぺんにスノウドームを出現させ、変身を解いた。
ここは3階、スノウドームがあるのは4階であり、踊り場で折り返す必要がある。
「面白くなりそうだな☆」
試合開始。
「じゃんけんポン!!」
このゲームは最初はチョキを出すというセオリーがある。勝てれば6段進めるし、負けても相手は3段しか進めないのだ。
私はチョキを出したが凶華はグーを出してきた。
「ちっ……」
「よっしゃ、オイラの勝ち!!」
凶華はぴょんぴょんぴょんと段差を3つ上がった。
「じゃんけんポン!!」
私は次もチョキを出したが、凶華はまたグーだった。どうやら傾向と対策もバッチリらしい。凶華は鼻歌を歌い更に高い所に登った。
例えグーでも2回勝てばパーチョキと同等になる。
守りの勝負をしすぎたようだ。ここからが本番だ。
「じゃんけんポン!!」
私はパー、凶華はチョキ。
凶華は高らかに「ちよこれいと!」と言い6段上がった。もう雲の上だ。
「どうしたナナ? 手加減してくれなくてもいーんだよ?」
凶華のニヤニヤ顔にムカつき、私は奥歯をこすり合わせた。
マズい。このままだと3年間、毎週2個のティラミスをおごる羽目になる。ざっくり計算しても300個。絶対に避けたい。
ここはちょっと解釈改憲しよう。
「じゃんけんポン!!」
私はグー、凶華はチョキ。初めて勝った。
「ちぇ、負けたか。でもたかが3段……」
たかが3段、されど……
「グリコのオマケをグッピーにあげたらぐったり死んだ」
24段。私はあっさり凶華にダブルスコアを付け、踊り場を踏んで折り返した。
「なんだそれ! ズルいぞ!!」
「ズルも何も、グーがグリコだなんてルールは定めてないし」
私は手すりに腕を乗せ、フンッと、目下の凶華を見下した。
「スカートの中見えてるぞ。パンツの色は――」
「こらあ!!」
私はしゃがみ込んで両手を開いてスカートの裾を押さえた。これはパー。
凶華はチョキを出した。
「チョコレートはちょちょちょちょちょちょちょうおいしい!!!!」
凶華の逆襲、犬は爆走を始めた。すごい勢いで駆け上がってくる。
最早じゃんけんは関係ない、かけっこ勝負だ。私も走り出すが、異常に足の速い犬に追い抜かれる。凶華はスノウドームに迫る。
ティラミス週2は御免だ!!!
「オイラの勝ち……!」
凶華はスノウドームに手を伸ばす。だが私もコボレンジャーにその人ありと言われたズルの天才だ。スノウドームには仕掛けをしといた。スノウドームは幻影であり、凶華が触れるなり消えた。本物のスノウドームは3階だ!
私は階段を駆け下りていた。足の遅い私でも勝てるぞ!
だが凶華は。
「ケンケンパ!!」
ものすごい勢いでケンケンをして下りてきた。階段が崩れ落ち、凶華は重力に従い落下、スノウドームを押し潰した。
「オイラの勝ち!!!」
ティラミス週2だ……
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211 :げらっち
2024/06/08(土) 11:24:31
キーンコーンカーンコーン。
私は今日の分のティラミスをファイブイレブンで購入し、階段に戻った。
「ナニコレ、階段が壊れてるぅー!」
「道なき道を進めという先生方からの試練か?」
等とうたぐっている生徒たちはともかく、凶華の姿が無い。私をパシらせといて雲隠れするとは大した度胸だ。
私は犬を探した。
「凶華ー!! ティラミスが冷めちゃうよー!!」
ちなみに私は黒糖や黄な粉のような甘ったるい物が嫌いだ。洋菓子のティラミスも例に漏れない。
校庭に出ると、花壇ではモンシロチョウとモンキチョウが追いかけっこをしていた。
その傍で犬が見つかった。
凶華は仁王立ちし、ズボンを下ろし、白昼堂々、花壇に向けて立小便しようとしていた。
「オラァ!!!」
私は凶華の背中に激烈なキックをお見舞いした。凶華は花壇に頭から突っ込み、お花まみれになった。
「何すんだよナナ!」
「こっちの台詞だ! まずはズボンを穿け。次に自省しろ。人間として、してはいけないことをするな!!」
凶華はズボンを穿き、花壇から出てきた。
「マーキングだよ。ここはオイラの縄張りだって、嗅覚でのメッセージを残すんだ。外の世界でもやってたんだぜ?」
コイツ本当に犬だったのだろうか。
「郷に入っては郷に従ってよ。学園では人間らしく振舞って?」
「とは言ってもな……」
凶華は人差し指を咥えた。
「トイレは男用と女用しかねえんだもん」
私と凶華は1階のトイレにやってきた。
確かに、ピクトグラムは青と赤しか無い。人間は黄も緑も紫も居るのに、これは変だ。
紅白歌合戦のどちらの組にも入れない凶華は、どこで用を足せばいいというのか。
「じゃあ男用を使うとするかな!」
「それで良いの?」
「だって女用はあんなに混んでるんだもん」
女子トイレにはずらーり長い列ができていた。
男子トイレは小便器があるため人捌けが良いが、女子トイレは有無を言わさず個室を使う必要があり、しかも女子特有のクッチャベリ・化粧という文化があるため非常に人が滞留しやすい。女子の大腸に便が詰まりやすいのと同じだ。
「じゃ、行ってきま~す」
凶華は青いピクトグラムの方に進軍しようとしたが、私が止めた。
「待ってよ。妥協は嫌いだ。自分の道は自分で選ぶ物だけど、選択肢は多い方が良い。私なら女子トイレを空かせられる」
私は赤いピクトグラムの方に武力侵攻。
「キャー! 白玉ちゃんよ!」
「あんこちゃんこっち来ないで! 白がうつっちゃう!」
「逃げてー!!」
無知でムチムチな女子たちは散り散りに逃げて行った。きっと天堂茂が、私が相手の色素を抜き取る怪人である、というような噂を流したのだろう。お陰で行列に並ばずに済む。ちなみに白玉あんことは女子による私を現す隠語だ。
「空いたよ、行こう」
私は凶華と共に女子トイレに入った。
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212 :げらっち
2024/06/08(土) 11:24:47
人っ子1人居ない女子トイレ、凶華は個室に入って用を済ませた。
すると女子トイレに奇人が入ってきた。
角ばったシルエット、広い肩幅、ごつい顔、無精髭まで生えていてどう見てもおっさんなのだが、髪はツインテールで、ダメージジーンズならぬダメージ受けまくり、肩も袖も裾もビリビリに破けている露出度の高い服を着て、おまけにスカートを穿いている。
私は甲高い声で叫んだ。
「女子トイレにおっさんが入るな!」
「あたしは性自認が女子高生なのよ!! 女子トイレに入って何が悪いの!!」
なんじゃそりゃ。
「ていうかおっさん何歳だ? 生徒の年じゃねえだろ」と凶華。
「生徒よ! 私は淵藤終(えんどうしゅう)、スペシャルクラス・Gペン戦隊マンガマンのマンガピンクよ。自分の納得のいく漫画を描き上げるまで留年していたら、3年生を12回やる羽目になったわ」
という事はこのおっさんは29か。40代に見える。
そもそも戦隊養成所であるこの学園で、芸術の為に何年も留年できるというのが謎だ。
すると淵藤は騒ぎ出した。
「ちょっと! 何で女子トイレには小便器が無いのよ!! あたしは性自認は女子高生だけど体は男なのよ!! 女子トイレにも小便器を設置しなさいよ!!」
私は呆れつつ、「もう男子トイレに行ってくれる?」と言うと、
「あたしは体は男だけど性自認は女子高生なのよ!? 私の存在を否定するの? どんな風に生まれた人にも人権はあるし、個人が尊重されないような世の中は平和にならないわ!! 戦隊学園の要綱を見つめ直しなさい!!」
と言われた。
11回留年した人には言われたくない。
もう何が何だか狂ってる。
凶華が言った。
「そもそも男子女子の境があるのが間違ってるんだよな! こんな壁は、破壊してしまおう!!」
「あら良いこと言うわね!」
凶華は思い切り壁を突いた。
「壁ドーーーーン!!!!」
ベルリンの壁は崩壊し、隣の男子トイレとの境が崩れ去った。男子たちは用を足しながら呆然としていた。
「よくやったわね!! あらあなた!」
淵藤は凶華に掴み掛かった。
「よく見ると、変身祭に居たキュートなわんちゃんね! あのダンスには痺れさせてもらったわぁ! あなた芸術のセンスがありそうね、ねえあたしのスペシャルクラスに来てみない?」
「ティラミス週3ならいいぜ」
「週3でも4でもいいわよ! あなたみたいな優秀な新入生をゲットできたら半部首席はさぞお喜びになるでしょうね。行くわよ!!」
淵藤は凶華の手を引いて、猛ダッシュでトイレを出て行った。破壊された雪隠だけが残された。
ダメだ、戦隊学園は奇人変人が多過ぎて、自分が「普通」に思えてしまう……
取り敢えずティラミス週2の運命は回避できそうだから、それは喜ばしい。
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213 :げらっち
2024/06/08(土) 11:25:20
私は凶華の後を付いて美術室にやってきた。
凶華をコボレに誘うのは辞めると言ったものの、淵藤のような奴に取られるのは釈然としないのだ。
淵藤は私にシッシッした。
「ちょっと、あなたは来ないで良いのよ? 芸術のセンスなんて一欠片も無さそうですものね!」
余計なお世話だ。
美術室の前の廊下に差し掛かると、教室から黒縁眼鏡を掛けた女の先生が出てきた。書類の山を持っていて前が見えなかったのか、私に突っ込んできた。
「ちょ!」
私はぶつかられた。
「おしくらまんじゅうか? オイラも混ぜろ!!」
凶華はお尻からぶつかり、先生を吹っ飛ばした。先生は少女みたいな悲鳴を上げ尻餅を突き、書類は国技館の座布団のように舞った。
「大変です、大事な書類が!!」
先生は書類を掻き集める。
「淵藤さん! この子たちは一体!?」
「期待の新入生とそのツレよ。スペシャルクラスの新風になるかもしれないわ?」
「成程、それならいいのですが……」
先生は書類を纏めて立ち上がり、ズレた眼鏡を直すと、改めて自己紹介した。
「スペシャルクラス担任の水掛葵子です」
黒いボブカット。紺のスーツにパンツスタイルの、ほっそりした女性。
ぶつかってきたことへの謝罪が無いとは、少しムカついたので軽く煽る。
「スペシャルクラスは《その他》のクラスと聞いたけど?」
「ち、違います!!!」
予想以上の反応、水掛先生は書類を撒き散らし、ヒスを起こし怒鳴った。
「スペシャルクラスは他のクラスでは割り切れない、特殊な技能を持った子たちの集まりなのです!! 少数派だから他のクラスに分類されていないだけで、決してその他などという曖昧な扱いではないのです!! そこを履き違えないで下さいね!! 芸は身を助ける、この時代、生き残るには一芸が必要なんです!! 私だってここに来る前は調理戦隊として働いていたんですからね……まったく……!」
水掛先生は書類を踏ん付けて去って行った。
「ま、あの先生は無視して頂戴。7年前に赴任してきたばかりの新顔ちゃんなのよ。私とは同い年だわ」
「!?」
最後の情報は聞き捨てならない。
だが凶華は気にせず美術室に入ってしまったので、その後を追う。
「うわ~、絵の具臭えなあ!」と凶華。
美術室は、床も壁も天井も、絵の具で埋め尽くされていた。赤青黄、金銀銅、様々な色で空間が派手カラフルだ。
ゴッホやピカソの絵が上下逆様に掛けられており、そこにも絵の具がベタベタと塗られていた。過去の芸術をひっくり返してやるとかそういう陳腐な意味が込められているのだろうか。
空間内では数人の生徒がキャンバスに向かって筆を動かしていた。
淵藤はそのうち1人の肩を叩き、尋ねた。
「ドガレッド、調子はどうかしら?」
「順調っス! 才能爆発しまくっちゃってますよ! おらおらぁ!!」
ドガレッドと呼ばれた赤いベレー帽を被った生徒は、絵筆をキャンバスからはみ出させ、空中にまで着色した。
「ふぅん、あたしにはまだまだ不燃に見えるわよ。牢に入ってみる?」
「い、いえ!! 滅相も有りません。これからもっともっと爆発しますので……」
「まあいいわ」
牢? とは何だろうか。
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214 :げらっち
2024/06/08(土) 11:25:36
「こっちよ」
淵藤に導かれ、私と凶華は奥に向かった。絵の具が何層にも塗られ、床は凸凹としており、山のようになっている所もあった。しかも室内なのに川が流れていた。
最奥の部屋に着くと、広い室内に、戦隊が1組くらい入れそうな大きさの黒と白の球体が浮いていた。それぞれ四角い穴が開いている。
「あたしが開発した、〆切守牢(しめきりまもろう)よ」
なんだその、編集者の口癖みたいな施設は。
「スペシャルクラスに入った生徒には様々な才能を持った子が居るけど、〆切を守らない、それ以前に、自分の表現を1つも形にできないような困ったちゃんも居るのよ。そういう子は、ここに閉じ込めます。この牢は作品を完成させるまで、絶対に開かない。入った人は、作品が完成するまで、絶対に出られない」
お、恐ろしい。
「死んじまうな?」と凶華。
「言ったでしょう。作品が完成するまで、絶対に出られないと。死による解放も無いの。ここに入ったら餓死も衰弱死も起こりえない。自死もできない。寿命は存在しなくなる。ここに居る間は不死となるのよ」
その技術をもっと別のことに使った方が良い。
「あれを見て頂戴」
淵藤は部屋の隅を指さした。絵の具で塗ったくられた壁に引っ付いて同化しかけているが、カラフルベタベタの球体があった。
「8年前、マンガグリーンは、1200pの漫画を完成させると言ってあそこに入ったきり、今もまだ出てこないわ。彼が作品を完成させない限り、内側からも外側からも開けることはできない」
ブルッと悪寒が走った。死ぬより辛いではないか。
凶華は「トイレはどうするのかな……」と吞気なことを言っていた。
「今からあたしはここに入るわ」
淵藤は黒い球体を顎で示す。その中には小さな机があり、電灯と漫画の原稿、インク瓶が置かれていた。
淵藤はGペンを取り出し、私の目の前に突き付けた。
「芸術っていうのはね、時間との戦い。芸術家は、どんなに時をかけても自分の満足いく作品を完成させたいものよ。でも現実は残酷だわ。あたしの肉体は、来年で三十路を迎えてしまう! これ以上の留年はできないわ。真の芸術家は、〆切を守る者なのよ。あと1コマで、あたしの漫画は完成するの。でもその最後のコマが描けないの!! あたしはその1コマを何としても描き切るために、ここに入るの!!」
淵藤は黒い球体の入り口に入った。
私と凶華は「さよ~なら~」と言った。
「あなたたちも入るのよ!!」
淵藤は魔法を使った。インクの塊が飛んできて、私と凶華は白い球体に押し込められた。
「ちょ!!」
白と黒の球体の出口は、同時に閉じた。
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215 :げらっち
2024/06/08(土) 11:25:55
「開けて!!」
私は真っ白い壁を叩いた。だが出入り口は完全に消失してしまい、虚しいガンガンという音だけが響いた。
唯真っ白い空間。直径3メートルくらいの球。こんな狭い空間に閉じ込められていたら閉所恐怖症になってしまう。暗所恐怖症が付加されない分、黒い球体の方じゃなくて良かったが。
「落ち着けよナナ。あいつはちゃんと出方を教えてくれたぜ? 作品を完成させりゃ良いんだ」
凶華にそう言われ、空間の真ん中を見た。小さな机があり、その上に1枚の白紙が置かれていた。
まっさらな紙。今までの私の人生と同じだ。
これをどうしろと。
「取り敢えず何か作ればいいんだよ!」
凶華は何か爪のようなもので、シャッと、私の唇を引っ掻いた。
「イタッ! 突然何する……」
ポタ、ポタ、赤い血が垂れ、私の白いYシャツに染みができた。
凶華は笑顔で、私の唇の血を指に取ると、白紙にドローイングを始めた。
「まーるかいてちょんっ、あーかいーやつー」
何の断りも無しに乙女の顔に傷付ける犬野郎には怒り心頭だが、この方法で絵が描ければ、ここから出られるかもしれない。
凶華はスラスラと何かを描き切って、紙を掲げて私に見せた。
「じゃーん! これは何でしょう」
私の鮮血で、何か顔のような物が描かれている。目は丸く縁取られている。メガネザルだろうか。
「ヒントは?」
「ゲロ」
「天堂茂だ!」
「当たり!!」
私と凶華は腹を抱えてギャハハと笑った。
だが変だ。絵はできあがったのに、出入り口は一向に開かないのだ。私の流血は無駄になった。
「ちっとも笑えないぞ!!」
凶華は紙をビリビリに破き捨てた。
「あーっ、馬鹿凶華!! 紙を破いたら作品を完成させられないじゃん! 私たち死ぬまで、いや、死ぬことも無くずっと、この中で暮らすんだ!!」
「何だと! 無臭の女と永遠に2人きりなんて絶対やだ!!!」
無臭の女?
「無臭の女って言うな!!」
「無臭に無臭って言って何が悪いんだ。そもそもお前がオイラをしつこく誘うからこんなことになったんだろ? オイラは無臭の戦隊なんか入りたくないの!!」
無臭の戦隊?
カチンときた。
私だってこんな所にコイツと2人きりなんて嫌だ。楓や公一や佐奈や豚やいつみ先生と、二度と会えないなんて嫌だ!!!
「あんたなんかが転校してくるから、こんなことになるんだ!!!」
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216 :げらっち
2024/06/08(土) 11:26:08
私と凶華は肩で息をしながら、睨み合って主張をぶつけ合う。
「私はね、ずっとカラフルに憧れてきた。学園に入って、嫌な思いもしたけど、それ以上に仲間ができて嬉しかった。私の白紙の人生に、青が、緑が、黄が、桃が塗られた。七色の虹を作るんだ。今までの空白を埋めるんだ。素敵な匂いや美味で一杯にするんだ。白い私でもどんな未来でも描けるって示すんだ!! あんたに私の虹を、仲間を、否定はさせない!!!」
凶華は何と言い返すか。何も返さなかった。
その代わり、ひくひくと、鼻を動かした。
「……何のつもり?」
「いや、何か感じた気がしてな。何だろう。無臭の匂い」
無臭の匂い?
それは矛盾ではないのか。
「身体が、本能が刺激されるような。これはフェロモンという物か」
凶華は目を閉じてしばらく空気を嗅いだ後、目を開けて、歯を見せてニヤッと笑った。
「お前、イイ匂いだな!!」
私の虹論が凶華の支持を得たのか?
「それはありがとう。でも後の祭りだ。私たちはここらでケジメをつけておくべきだ」
「いいねえ。遊ぼう遊ぼう!」
私も凶華も戦隊証を取り出した。
「ブレイクアップ!!」
「コボレホワイト!!」
「コボレスター!!」
凶華は紫の戦士と成った。全身がブドウのような宇宙のような紫で、ゴーグルの下の目が、星のようにきらりと光る。
あーあ、変身祭でこの息の合った変身ができていれば、こんなことにはならなかったのにな……タラレバは御法度か。
「オイラの技を喰らわしてやる。例えこの空間でも、オイラならお前を殺せるかもしれないからな!」
「それはありがとう。私には死の解放を与えて、あなたはこの先宇宙が終わるまで永遠にここで1人で生きるつもり?」
「ドッジボール!!」
会話の途中で何の前置きも無く攻撃が飛んだ。紫の球体が飛んでくる。
「アイスバリア!!」
咄嗟に氷の守りを展開し防御。紫は砕けたが、私のバリアもひび割れた。やるな。
「守りだけじゃつまらねえぜ!」
「わかってる! 氷河ランチャー!」
「レーザードッジ!!」
白と紫がぶつかり爆。攻撃と攻撃は相殺された。狭い空間で音と衝撃、そしてイロが飛び散る。
なかなかの強さだ。やはりコボレの一員に加えたい、なんて今更思っても無駄だ。覆水は盆に返らないし、初期化したデータは復元できないし、壊れた友情は元に戻らない。
時間はたっぷりある。私たちは、何度も何度も何度も技をぶつけ合った。不死の空間ではお互い傷付かないが、徐々に疲弊してきた。
「ふぅ、ふぅ、」
次が最後の一撃だ。
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217 :げらっち
2024/06/08(土) 11:27:06
「ニジミタイ」
私は真白い光りを飛ばした。凶華は「かくれんシェルター!」と唱え防ごうとするも、守り切れず、光りの突進を受け、きゃうんと吹っ飛び、壁にぶつかり転げた。変身が解けた。
「私の勝ちだ」
私は息を整えながら、変身を解く。
「オイラの負けだ」
私は凶華に歩み寄った。
「私の仲間に入れてやっても良い。今更だけど」
凶華は倒れたままニヤついた。
「お前に付いてくよリーダー。今更だけど」
すると凶華は何かに気付いたようで、恍惚とした表情で、何処かを見上げた。
「見ろよ、ナナ。綺麗だぜ……」
私も上を見た。無機質な天井しか見えないはずだが、
そこには宇宙が広がっていた。
私と凶華のぶつかり合い、紫と白のぶつけ合いで、それぞれのイロが飛び散り、空間全体を染め上げたのだ。真っ白だった空間は紫に塗られ、更に私の白がぽつぽつと模様を作り、複雑に溶け合い絡み合って、星空を描いていた。
イロによる描画。私の視覚にも凶華の嗅覚にも、美しく輝いて感じられた。
『ゲイジュツ カンセイ』
突如空間が開き、私たちは外界に排出された。元のあの教室だ。
「で、出れた……」
仰向けに倒れる私の上に、凶華が覆い被さっていた。あまり重くは無いが。
「ちょっと、不可抗力とはいえいつまで乗っかってんの、早くどいてよ!」
だが凶華は下りるどころか私を抱き締め、私の胸に鼻を近づけてくんくんと匂いを嗅ぎ出した。
「く~ん、やっぱりナナはイイ匂いだな!! 気付けなくてごめんよ! ナナの刺激が、オイラの嗅覚を更に強化してくれたみたいだ!」
「分かったからどけ!!」
私は無理矢理起き上がって凶華を跳ね飛ばした。
にしても、出れてよかった。一時はどうなるかと思ったが。
「淵藤はどうなったかな?」
「ああ、あのおっさんならい~やな匂いがしてたので、Gペンをくすねといた」
凶華はGペンを取り出した。私の唇を引っ掻いたのもこれだったのか。凶華はクルンとペン回しした。
「あなた、やるね」
これで淵藤は絶対に漫画を仕上げられない。絶対に牢から出られないわけだ。
私と凶華は、もう二度と開かない黒い球体を見て、2人でほくそ笑んだ。
つづく
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